『ジェミニマン』だけではない、ウィル・スミスが名演を示す『ALI/アリ』

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主人公VS主人公のクローン人間の息詰まる闘いを描いたSFアクション映画『ジェミニマン』が10月25日より公開されます。

“3D+IN HFR(3Dプラス イン ハイ・フレーム・レート)”によって紡ぎ出されるリアル映像も話題の名匠アン・リー監督作品、主演のウィル・スミスにとっても勝負作の1本として大いに注目に値するものがあります。

そこで今回は、ウィル・スミスの俳優人生の中でも最大級の勝負ともいえる2001年度の作品『ALI/アリ』をご紹介。

元世界ヘビー級チャンピオンとして君臨した伝説のボクサー、モハメド・アリの波乱の半生を描いた伝記映画です。

アメリカの差別社会に
抗し続けた伝説のボクサー

はじめにモハメド・アリのプロフィールを記しておきますと、1942年1月17日、アメリカ合衆国ケンタッキー州ルイビルの生まれ。アフリカ系アメリカ人ですが、イングランドとアイルランドの血も引いているとのことです。

本名はカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア。

小学校時代に父親からプレゼントされた自転車を何者かに盗まれて警察に通報した折、ボクシングジムのトレーナーも兼任していた担当警官から勧められてボクシングを習い始め、8週間後にはアマチュア・デビューして判定勝ち。

その後中学、高校と進学していく中、ケンタッキー州ゴールデングローブで6度優勝し、59年には全米ゴールデングローブのミドル級で2年連続優勝、またAAUボクシング競技ライトヘビー級でも59年から2年連続優勝。60年9月のローマ・オリンピックボクシング競技ライトヘビー級でも判定勝ちで優勝を決めています。

60年10月29日、18歳にしてカシアス・クレイのリングネームでプロデビューして6RTKO勝ち。

そして映画『ALI/アリ』は、カシアスのそれまでの思い出などをフラッシュバックさせたメインタイトルを経て、まずはプロデビュー以降無敗のまま進撃する彼が1964年2月にソニー・リストンに勝負を挑むさまが描かれます。

試合前の賭け率は7対1と圧倒的にリストン優勢ではありましたが、結果は6R終了とともにTKO勝ちとなり、WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンの座を獲得。

自ら「蝶が舞い、蜂が刺す」と公言するファイティング・スタイルや、一方では畳みかけるようなマシンガン・トークも相まって、一躍スーパースターとして人気を得ます。

しかし、まもなくして彼はイスラム教への入
信を発表し、本名をモハメド・アリと改名し、そのままリングネームとします。

さらにはアメリカの本格的参戦によってヴェトナム戦争が激化していく中、彼は徴兵を拒否したことでチャンピオンの座を剥奪され、3年7カ月後のブランクを強いられていきます……。

社会を見据えた
秀逸な人間ドラマ

本作は単なる英雄讃歌の美談的伝記映画ではなく、今なおアメリカ社会に根強く浸透し続ける黒人差別とその迫害に対する抵抗運動が激化していた1960年代に台頭し、敵ボクサーのみならず時代に対してもリングで勝利し続けながら、白人たちへの批判的言動を怠ることのなかったアリの生きざまをオーバーラップさせた、いわば社会を見据えたな秀逸な人間ドラマたりえています。

反権力の象徴でありつつ、あくまでも“庶民のためのチャンピオン”で居続けたアリを大いにリスペクトするウィル・スミスは、実は本作のオファーをずっと断り続けていたとのことですが、マイケル・マン監督の辛抱強い説得と、またアリ自身も彼の起用を望んでいることを知り、一大決心。
1年以上の肉体改造を経て役に臨み(彼をコーチングしたトレーナーは「本当にチャンピオンになれる」とまで太鼓判を押した!)、アカデミー賞主演男優賞候補に上る熱い名演を披露しました。

マイケル・マン監督の演出もノリの良い楽曲を連打させつつも過剰なヒートアップを避けて、アリのビッグマウス的外面ではなく静かなる闘志の炎を秘めた内面の信仰と信念にこそ肉薄しつつ、試合シーンでは一転して白熱のファイトを披露するといったメリハリが実に良く効いています。

本作が描くのは74年の“キンシャサの奇跡”と呼ばれるジョージ・フォアマン戦までで、この後彼は75年の初防衛戦で15回KO勝ちしますが、このとき相手のチャック・ウェプナーの意外なまでの善戦を目の当たりにした無名時代のシルヴェスター・スタローンが考案したストーリーが、映画『ロッキー』(76)として結実します(つまり『ロッキー』シリーズのアポロのモデルはアリということです)。

76年には日本武道館にてプロレスラーのアントニオ猪木と“格闘技世界一決定戦”なる異種格闘技戦を行い、15回時間切れで引き分けになったことも、日本のオールド・ファンなら記憶にまざまざと焼き付けられたビッグイヴェントでした。

78年にレオン・スピンクス戦に敗れて王座を剥奪され、78年に奪還しますが、かつてスパークリングパートナーだったラリー・ホームズと80年に闘い11回TKO負け。続く81年のトレヴァー・バービック戦の判定負けを最後に引退。

通算成績は56戦5敗(うち37勝がKO勝ち)。

引退後はパーキンソン病に侵されて闘病生活を送りながらも社会福祉やスポーツ界に貢献し、2016年6月3日、74歳で死去。

なおモハメド・アリの生涯を描いた劇映画の筆頭が本作であることに異論を挟む映画ファンは少ないとは思いますが、変わり種として1977年に何とアリ自身が主演したセルフ伝記映画『アリ/ザ・グレーテスト』も存在します。日本ではビデオテープのみの販売で、残念ながらDVD以降のソフト化は未だになされてませんが、監督は『ウイル・ペニー』(67)『軍用列車』(75)などの名職人トム・グライス、共演もアーネスト・ボーグナインにロバート・デュヴァル、ベン・ジョンソンなど時のアメリカ映画界の個性派勢揃いのこちらもぜひ見てみたいものです。

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(文:増當竜也)

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ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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