戦後日本初の長編カラー映画『カルメン故郷に帰る』

実験精神旺盛だった
木下惠介監督

日本初のカラー映画は1937年に製作された『千人針』とされていますが、こちらは海外のカラー・フィルムを使用したもので、尺も39分(現存するフィルムは23分)の中編でした。

『マダムと女房』(31)で日本初のトーキー映画を成し得た松竹では戦後、日本初の国産フィルムを用いたカラー長編映画の製作をめざし、富士写真フィルム(現・富士フィルム)と提携して本作の撮影を敢行。

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もっとも当時のカラー・フィルムは技術面やコストなどさまざまな問題が多かったため、本作はまずカラーで撮影した後、モノクロ・フィルムでも撮影するという二重の手間をかけて制作(なお本作のカラー撮影は外型反転カラー・フィルムを用いており、ネガ・フィルムではありません)。

フィルムそのものの問題はもとより、大量の照明が必要とされ(そのためほぼ全編をセットではなく、昼間のロケで撮影)、さらにはカラー映像に見合ったメイクの開発など、撮影現場の労苦もかなりのものがあったようで、カラー撮影を終えてモノクロ撮影に切り替えるとスタッフもキャストも一気にリラックスしていたとのことです。
(そのせいか、役者の演技そのものはカラー版よりモノクロ版のほうが良好といった意見もあります。現在、モノクロ版もBlu-rayで見ることができます)

また上映用フィルムの製造にも手間がかかるという理由で、本公開時は東京や大阪など都市部ではカラー版、地方ではモノクロ版を公開しました。

木下惠介監督は『二十四の瞳』(54)『喜びも悲しみも幾歳月』(57)などヒューマニズムに根差した名匠として語られがちですが、実は実験精神旺盛な映画人で、全編の大半を占める回想シーンを卵型サイズの画面で構築した『野菊のごとき君なりき』(55)や、ラスト以外をオール・セットで撮影した『楢山節考』(58)、モノクロで撮影されたフィルムに部分着色していく戦国絵巻『笛吹川』(60)、ドキュメントとドラマとアニメを融合させた『父よ母よ!』(80)など、さまざまな技法を駆使して斬新な映像を発表し続けていきました(ちなみに、いちはやくTVドラマの世界に乗り込み、TVホームドラマの基礎を築いたのも彼です)。

本作の場合、まだ発展途上段階のカラーフィルムということで、結果論ではありますがどこか人工的で鮮やかな色味がヒロインらのかっとんだ言動などを見事に描き得ているように思えます(これが現在の自然な発光がなされたカラーだったら、面白さは若干薄れていたことでしょう)。

なお、こうした木下監督の最後の弟子となった本木克英監督はデジタル特撮を駆使した『ゲゲゲの鬼太郎』2部作(07・08)や『鴨川ホルモー』(09)、3D映画『おかえり、はやぶさ』(12)など新たな技術を導入しての作品を次々と打ち出しています。

鴨川ホルモー

師匠の実験精神が確実に後進に受け継がれていることがわかる嬉しい事象でもありますね。

(文:増當竜也)

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ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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