『五億円のじんせい』日本映画の躍進を感じさせる「3つ」の理由!



(C)2019 「五億円のじんせい」NEW CINEMA PROJECT



7月20日(土)より、渋谷ユーロスペースと仙台チネ・ラヴィータで『五億円のじんせい』が公開、以降も順次全国公開となります。詳しくは後述しますが、本作は物語の面白さもさることながら、製作体制や若手俳優の活躍などにも、日本映画の躍進と希望を感じさせる素晴らしい作品だったのです。その魅力を大きなネタバレのない範囲で以下にお伝えしましょう。

1:五億円で命を救われ窮屈な青春を送る少年が主人公!
人生とお金の寓話になっていた!


『五億円のじんせい』は主人公の設定がまず特殊です。彼は幼少時に心臓の病気で危うく命を落とすところだったのですが、五億円のも募金が集まったことで手術に成功します。そして、彼は17歳の少年に成長してからも、望まずして「五億円にふさわしい人生」を周囲に期待されてしまい、窮屈な青春を送らざるを得なくなっているのです。

自分は五億円という莫大なお金のおかげで生きている。建前で将来の夢は医者であると言っているが、とても医者になれるほどの成績じゃない。定期的に“救う会”にも出席することも余儀なくされ、とにかく“立派”でなければならない……そんな風に、主人公は五億円で救われたことがほぼ“呪縛”になってしまいました。

「自分に価値がない」と思うことは不幸ではあるけれど、「自己評価をはるかに超える価値があると周りに思われてしまう」こともまた苦しい……『五億円のじんせい』はその普遍的な事実を描く“寓話”になっていると言っていいでしょう。特殊な境遇のようでも、主人公の持つ悩みは「人目を気にして生きなければいけない」という、大小はあるにせよ誰もが持ち得るものでもあるのです。

そして、主人公はSNSの裏アカウントで自殺を宣言するのですが、見知らぬアカウントから「死ぬなら五億円返してから死ね」というとんでもないメッセージが届きます。彼はその言葉のために「五億円稼いでから死んでやる!」と奮起してしまい家を飛び出すのですが、高校生でもできる時給1000円のアルバイトで1日8時間365日働いたとしても、五億円を貯めるためには171年もかかることに気づきます。

その五億円の重みを改めて実感した彼は、日雇いの肉体労働どころか、添い寝カフェや、ワケありの清掃など、怪しい闇バイトへ次々に従事することになります。とは言え、本作は決してインモラルな内容ではなく、お金を自分の力で苦労して手に入れる喜びや、その逆に簡単に手に入ってしまったり、はたまたあっけなく失ってしまうお金の危うさなどをもって、やはり寓話的に“お金の価値”や生きる意味”を相対的かつ総合的に描いていきます。そこには、今のすべての人、特に生きる意味を模索している若者にこそ観て欲しいと願える、尊いメッセージもあったのです(ネタバレになるので詳しくは秘密にしておきます)。



(C)2019 「五億円のじんせい」NEW CINEMA PROJECT



2:新時代を担う実力派のクリエイターを発掘し、
その企画を実現させるプロジェクトにより誕生していた!


本作は、新時代を担う新たな才能の発掘を目指し、企画、出演者、ミュージシャンをオーディションで選出しながら映画を完成させるという「NEW CINEMA PROJECT」により誕生しています。動画サイトを運営するGYAOと、芸能事務所のアミューズがタッグを組んだこの取り込みへの応募総数は343本にのぼり、その中から第1回グランプリに輝いた企画が、この『五億円のじんせい』なのです。

そのプロデュースおよび審査員の1人を務めたのは、『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ギャングース』など高い評価を得た日本映画を数多く世に送り出している遠藤日登思です。遠藤氏によると、『五億円のじんせい』がグランプリの決め手となったのは、応募者自身のオリジナリティが発揮されていること、個人プレーになりがちな企画を監督と脚本家が二人で話し合って考えていたこと、「物語の続きが気になる」という期待感があったこと、そして内容の明快さでもって「思いっきりバットを振ってきた」ことなどが理由だったのだそうです。

本作の脚本を手がけた蛭田直美は「子供の頃から生きるのがあまり得意ではなかった」「それでも生きることを嫌いにならずにここまで来れたのは、あまりに多くの人と“物語”に助けてもらったからであり、なんとかして恩返しがしたかった」という考えもあって、この仕事も選んだところもあったのだそうです。監督の文晟豪(ムン・ソンホ)は、そんなの蛭田氏の人柄と自分にはない遍歴に興味を持ち、一緒に企画を作りましょうと持ちかけたのだとか。

物語を振り返ると、蛭田氏の脚本は伏線の回収や物語のダイナミズムなどが存分に計算されていて単純に“良く出来ている”ことはもちろん、悩みを持つ若者(かつての自分)へのメッセージも説教くさくならないよう繊細に表現されていました。中盤に提示される「“旅行”と“旅”の違いとは何か」の答えにはなるほどと膝を打ちましたし、最終的な結論にも「この人の考え方が好きだなあ」と共感できる方はきっと多いでしょう。闇バイトという社会の暗部や、青少年が悩むであろう性的な話題にも少しだけ触れ、生きる上での障壁や後ろめたい感情を逃げずに描いていることも、実に誠実です。

さらに、主題歌の「みらい」を担当したのは、同じく「NEW CINEMA PROJECT」のミュージシャン部門で、別の楽曲でグランプリを受賞した広島在住のラッパー・ZAOです。文晟豪監督からはただ1つだけ「最後のシーンで主人公が伝えようとしたことを表現してほしい」と要望があり、ZAOは自分なりに主人公の表情を理由を考え、それを歌詞に落とし込んでいたのだとか。その甲斐あって、「みらい」は「この映画のためにある」と心から思える、物語と見事にシンクロした主題歌に仕上がっていました。

つまり、『五億円のじんせい』は厳選した応募の中から生まれたオリジナル企画であると同時に、実力派のクリエイターを発掘し、その想いを1本の映画として完成させて世に送り出すという、誠実かつ意義のある制作経緯を得ているのです。特異な設定が決して奇をてらっただけのものではなく、前述したように“お金の価値”や生きる意味”を説得力のある寓話として見事に提示されていることも、賞賛されてしかるべきでしょう。



(C)2019 「五億円のじんせい」NEW CINEMA PROJECT



3:望月歩と山田杏奈がとにかく可愛くてすごい!
脇を固める大人や新鋭の俳優にも注目!


本作は、映画『ソロモンの偽証』やドラマ『3年A組 今から皆さんは、人質です』などに出演した若手俳優・望月歩の映画初主演作です。彼の存在感および演技が素晴らしいことも、訴えておかなければならないでしょう。



(C)2019 「五億円のじんせい」NEW CINEMA PROJECT



本作の主人公は「かつて五億円で命を救われた」という特異性とは正反対の、見た目も性格も“普通の少年”です。望月歩は俳優としての経験を積んできたからこその激しい感情、時には絶望をも表現しきる演技力を見せつけていると同時に、心から「こういう子は周りにもいるなあ」「友達になりたいなあ」と思わせる、親しみやすさと可愛らしさに溢れた17歳の少年を等身大で演じきっています。文晟豪監督は「等身大の危うさと瑞々しさを持っている」「同年代で役にシンパシーを感じてくれる」ことなどを求めてキャスティングを考えていたとのことですが、望月歩はポテンシャルを最大限に発揮して、その期待に応えていたと言っていいでしょう。

そして、『ミスミソウ』で主演を務め、『小さな恋のうた』での好演も記憶に新しい山田杏奈も、とても重要な役を熱演しています。



(C)2019 「五億円のじんせい」NEW CINEMA PROJECT



今回は主人公がかつて小児病棟で慕っていたお姉さんという、“可愛いらしく優しい聖母のような女性”に扮しているのですが……実は彼女には、それ以外にも意外な活躍が用意されていました。その時の演技こそ、“山田杏奈にしか出せない唯一無二の魅力”があったのです(ネタバレになるのでこれも詳しくは秘密にしておきます)。

さらには、『凪待ち』の西田尚美、『八日目の蝉』の平田満、『ジムノペディに乱れる』の芦那すみれ、『彼岸島 デラックス』の森岡龍、『シン・ゴジラ』の松尾諭、『ちはやふる』の坂口涼太郎など、脇を固める大人の俳優たちも実力派ばかり。それぞれ画面に出てきた時にインパクトがあるだけでなく、「もっとこの人が見たくなる」魅力的なキャラクターを生き生きと演じられていていました。

また、主人公の親友役を演じた兵頭功海は「NEW CINEMA PROJECT」の主演者部門でこれまたグランプリを受賞しており、今回の影のある役にぴったりでした。さらに、主人公の後輩を演じた小林ひかりもやはり同取り組みで審査員特別賞を受賞している新鋭で、自殺願望のある少女を繊細に演じているのです。出演者それぞれの、今後の活躍を追い続けたくなることは間違いないでしょう。

まとめ:10月公開の望月歩主演映画『向こうの家』も要チェック!


総じて『五億円のじんせい』は、特異な設定から寓話性と普遍性を打ち出しつつ、若手俳優たちはもちろん、脇を固める大人の俳優に至るまでキャスティングが完璧であり、青春映画およびエンターテインメントとして完成度を高めていると……新規で立ち上げた取り組みにまさに全力投球している作品であると言えるでしょう。既存の作品の知名度などに頼らずに、オリジナル企画により出来上がった作品そのもののクオリティで勝負してといることにこそ、日本映画の躍進と希望を感じさせるのです。

そして、本作で主演を務めた望月歩による、2作目の映画主演作となる『向こうの家』が、早くも2019年10月より公開予定となっています。



こちらは、ごく普通の幸せな家庭で育ってきたと思っていた少年が、父の不倫相手と別れることを手伝わされるという、“家庭崩壊もの”になっているのだとか……。『五億円のじんせい』で望月歩という俳優を知ったという方は、ぜひこちらもチェックしてみてください。

(文:ヒナタカ)

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