自閉症を描く『500ページの夢の束』、観る前に知ってほしい「3つ」のこと



©2016 PSB Film LLC 



9月7日より公開の映画『500ページの夢の束』は、『I am Sam アイ・アム・サム』や『マイ・ボディガード』などで天才子役の代名詞的な存在となったダコタ・ファニング主演の最新作です。すっかり大人になった彼女の活躍と演技だけでも、確かな魅力のある作品と言っていいでしょう。

本編にはさらにユニークな魅力がたくさんあり、とある予備知識があるともっとおもしろくなる映画でもありました。大きなネタバレにならない範囲で、以下に解説してみます。

1:自閉症を描いた意味とは? 旅を通じた“可能性”が描かれていた!


本作の物語は、ある有名作品の脚本コンテストが開催されることを知った主人公の女性が、渾身の作品を書き上げたものの、郵送ではもう締め切りに間に合わなくなってしまったことを知り、愛犬とともにハリウッドまで数百キロの旅をするというもの。旅を通じて人生の意味を問い直したり、人として成長をしていく、いわゆる“ロードムービー”になっています。

その主人公は、自閉症を抱えています。自閉症をごく簡単に説明するのであれば、周りの人とコミュニケーションがうまく取れなかったり、会話の意図を読み取ることが難しかったり、“自分なりのこだわり”や習慣的な行動を好んだりする特性のことです(自閉症はとても広い範囲の性質を示しており、それらの特性の程度にも幅があります)。

そんな彼女が誰にも内緒で旅をするとどういうことになるのか……当然、バスのチケットもスムーズに買えないなど、他のロードムービーよりも多くの困難に遭遇し、「本当に大丈夫なの?」と良い意味でハラハラしてしまう事態になるのです。

とは言え、その旅を通じて自閉症そのものを否定的に見たりはしない、“足かせ”だけにしていないということが、本作の美点です。自閉症の“強いこだわり”がプラスに働くこともあり、旅を通じて「彼女にはこんなこともできるんだ」と、その人の“可能性”を肯定する内容にもなっているのですから。

ちなみにダコタ・ファニング自身、自閉症について大量のリサーチをしたものの、演じるキャラについては「自分だけの解釈を残していた」と語っています。例えばバスのチケット代を探すシーンでは、自分自身が誰かをイライラさせていないか、きちんとお釣りをもらっているかといった、普段から感じている不安を引き出して強調させたのだとか。このおかげもあり、主人公はステレオタイプな自閉症のキャラではない、1人の人間としての魅力を持っているのです。

自閉症を理解するための教材としても本作はうってつけです(実際に文部科学省特別選定もされています)。主人公が旅立つ前の“曜日ごとに決まった色のセーターを着る”というこだわりや、アルバイトもしっかりこなせるだけの技量など、自閉症の1つの例としての確かなリアリティを備えつつ、自閉症の特性や能力を画一的に見てしまうこともない、その人が予想以上のこともできるという可能性も示されているのですから。



これは自閉症に限らず、すべての人へ大切なメッセージを投げかけている物語とも言えるのかもしれません。例えば、「これくらいのことしかできないよな」とその人を過小評価したり、またはその人の可能性をとやかく理由をつけて認めようとはしなかったり……そうした価値観がなぜ間違っているかを、物語を通じてわかるようになっていると言っても良いでしょう。

また、『シックス・センス』や『リトル・ミス・サンシャイン』などのトニ・コレットがソーシャルワーカーの女性を演じており、彼女とその息子との関わりも物語に重要な知見を与えています。彼女とその息子との関わりにも、ハッとさせられることがあるはずですよ。



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2:『スター・トレック』を題材としたことにも重要な意味があった!



本作のもう1つの大きな特徴は、主人公が『スター・トレック』の知識なら誰にも負けない“オタク”であることです。『スター・トレック』は世界中で熱狂的な支持を受け続けているSFシリーズであり、観たことがなくてもその名前は知っているという方は多いでしょう。

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そもそもの旅に出る動機も『スター・トレック』のオリジナル脚本を届けに行くというものであり、物語と不可分なものになっています。しかも、『スター・トレック』を題材としたことが、本作に多層的な構造を持たせることに成功していました。

その『スター・トレック』は、アメリカ社会で目指すべき“多様性”を表していると論じられることも多くあります。劇中に黒人女性やゲイの人物がいる他、主人公たちが属する惑星連邦はさまざまな人種や民族が集うアメリカという国家そのもののメタファーのようなのです。(最新作の『スター・トレック BEYOND』では“悪役”がドナルド・トランプを彷彿とさせるキャラにもなってもいました)

もう1つ重要なのは、その『スター・トレック』に登場する“スポック”という人気キャラが“感情をうまく表現できない人物”であり、発達障害または自閉症のような傾向もある(コミュニケーションについて悩みを持っている)ということです。いわば、『スター・トレック』という題材およびスポックというキャラが、(近年ではその理解も深く広くなっている)自閉症の主人公の姿と重なっているのです。

さらに補足をするのであれば、本作の原題となっている「PLEASE STAND BY」は「そのまま待機」を意味しており、『スター・トレック』では状況が読めない時に、乗組員への指示によく使われる言葉なのだそうです。これもまた、決まったルーティンの生活から抜け出した自閉症の主人公が、旅の道中でパニックにならずに“落ち着こうとする”主人公の姿にもシンクロしているかのようなのです。(さらには、本国版のポスターでの、片手をあげて、人差し指と中指、薬指と小指をくっつけて、その間を離すという仕草は、『スター・トレック』における「長寿と繁栄を」を意味する挨拶であったりします)

劇中ではこの他にも『スター・トレック』のファンであれば大いに納得ができたり、クスリと笑える小ネタも多いのですが、実のところ『スター・トレック』を観たことがない方でもまったく問題なく楽しめるでしょう。なぜなら、大切なのは“主人公にとって大切な作品がある”ということと、前述したように『スター・トレック』がアメリカ社会の多様性を表していることと、その劇中に自閉症のような傾向のあるキャラクターがいるということなのですから。

また、本作では「フィクション(娯楽)がその人の現実を救うことになるかもしれない」というメッセージも投げかけられているのかもしれません。実際に主演のダコタ・ファニングも、主人公が『スター・トレック』を“現実とつながるための方法”にしていて、それを通して日々の生活にフィルターをかけて見ていると分析していたようです。最近で言うのであれば、映画ファンの間で大いに話題となった『ブリグズビー・ベア』で提示された価値観に似ているかもしれませんね。(こちらでも『スター・トレック』の小ネタがあります)

※『ブリグズビー・ベア』はこちらの記事でも紹介しています↓
□『ブリグズビー・ベア』が大傑作である5つの理由!『スター・ウォーズ』のあの人が誘拐犯にキャスティングされた理由とは?



3:実話からインスパイアを受けていた! 作り手が込めた想いにも注目して欲しい!



本作の監督、脚本、プロデューサーそれぞれが、本作に“適任”であったことも語らねばならないでしょう。

何しろ、脚本を手がけたマイケル・ゴラムコ自身も、『スター・トレック』の熱狂的な大ファンであったのですから。そのゴラムコ氏はニューヨーク・タイムズの記事にあった、“自閉症の女の子が『ロード・オブ・ザ・リング』の流れに沿った楽しいフィクションを書くことが趣味だった”という記事からインスパイアを受け、その女の子が“社会と繋がりたかったと思っていた”ことから、主人公キャラの核の部分を育てていったのだそうです。本作のプロデューサー陣も、そのゴラムコ氏の脚本への愛情を原動力として、企画を進めていったのだとか。

さらに、監督のベン・リューインは幼少期にポリオを患い、ずっと障害とともに生きてきた人物で、過去には『セッションズ』という障害者のセックスを題材とした一見してセンセーショナルのようで、実はその人の魅力や可能性を見ていた尊いドラマ映画を手がけていました。本作『500ページの夢の束』も障害を持つ方への優しさに溢れつつも、“お涙頂戴”的な安易な演出をしていない、極めて映画として堅実に作られている作品になっていました。

そのベン監督は、ゴラムコ氏が手がけた『500ページの夢の束』の脚本を大いに気に入り、自閉症はあくまで二次的な問題であり、物語には活気を感じさせ、自分の居場所を探す主人公を応援でき、達成感と啓発をもたらす“人生の旅”になっていたことに特に感銘を受けていたのだとか。

プロデューサーの1人であるララ・アラメディンは、「監督のベンは自身も障害とともに生きていて、だから障害を持ったキャラクターを日常のように扱い、特別な見方はしない。多くの困難を乗り越えるために、彼はユーモアのセンスを活用してきた。彼には子供のような心があり、人生に対しても一風変わった見方をしているんです」と語っています。

本作が、障害(自閉症)を持つ方を過度に特別視せず、それでいて誰かを傷つけてしまうような欺瞞もなく、無邪気で素直に笑えるユーモアもあり、誰にでも通ずる“人生”を描いた作品に仕上がったのは、監督、脚本、プロデューサーそれぞれが真摯に自閉症という特性、物語および企画に真摯に向き合ったからなのでしょう。



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おまけ1:『ファンボーイズ』も観てみよう!



『500ページの夢の束』は『スター・トレック』を題材としたロードムービーですが、それと双璧を成す人気SFシリーズ『スター・ウォーズ』を題材したロードムービーも存在しています。それは2008年に製作された『ファンボーイズ』。末期ガンにより余命3ヶ月が宣告されていた友達のために、半年後に公開を控えた『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』をいち早く観てもらおうと旅をするという内容になっています。

もちろん劇中には『スター・ウォーズ』のネタが盛りだくさんで、『スター・トレック』のファンと不毛な争いをしてしまうという場面もあったりします。故・キャリー・フィッシャーが重要な役で出演しているのも大きな魅力! 下ネタがちょっと多めではありますが、それ以外では誰もが楽しめる良い湯加減なコメディに仕上がっていますよ。

※『ファンボーイズ』はこちらの記事でも紹介しています↓
□R.I.P.キャリー・フィッシャー、その魅力がさらにわかる映画3選


おまけ2:この自閉症を扱った映画も観てほしい!



最後に、『500ページの夢の束』と同様に自閉症を扱った3つのオススメ映画を紹介します。

1.『レインマン』



自閉症を扱った作品の中ではトップクラスで有名な作品です。高級車ディーラーの男が父の残した遺産を手にするために、今まで存在すら知らなかった自閉症の兄を連れ出すというロードムービーで、“兄弟”を描いたドラマとしても抜群の完成度を誇っています。

秀逸なのは、他者への共感能力やコミュニケーション能力が乏しいと思われていた自閉症の兄よりも、傲慢な性格の弟のほうが“周りのことを考えていなかった”という描写があること。家族とうまくいっていないという方にとって、身につまされるところが多くあるのかもしれません。


2.『くちびるに歌を』



島に暮らしている中学生たちと、合唱の臨時教師とやってきた女性との交流を描いた青春音楽映画です。生徒の1人には、自閉症を抱えた兄を毎日送り迎えをしている男の子がおり、彼が宛てたとある“手紙”の内容には涙腺が決壊するほどの感動がありました。障害を持つ家族がいるということを、キレイゴトだけに留めずに、本質的な問題を交えて真摯に描いていたのですから。

合唱に青春のエネルギーを捧げ、ちょっとした挫折がありつつも、仲間達が絆を強めて、やがて大団円を迎えるという物語はどなたにも受け入れられることでしょう。アンジェラ・アキの主題歌の「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」も重要な意味を持っていました。もっと多くの人に観ていただきたいです。


3.『ザ・コンサルタント』



自閉症を持つ男が“昼は年収1000万ドルの会計士、夜は命中率100%のスナイパー”になるという異色のアクション映画です。重圧な雰囲気のようで実は笑えるシーンも多く、何よりベン・アフレック演じるシャイな感じのおじさんが心底カワイイと思える、意外にも親しみやすい要素も多い内容になっていました。

劇中では自閉症を持つ人を偏見の目で見てしまうことや、“他人よりも劣っている”という間違った価値観を持つ危険性が示されており、最終的にはその人の“可能性”を肯定する、『500ページの夢の束』と同様の尊いメッセージも投げかけられていました。結末で提示された驚きの事実には、誰もがハッとさせられるところがありますよ。

※『ザ・コンサルタント』はこちらの記事でも紹介しています↓
□『ザ・コンサルタント』バットマンとの“ギャップ萌え”がたまらない!絶対に観てほしい5つの理由

(文:ヒナタカ)

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