傑作『坂道のアポロン』が教えてくれる「私のお気に入り」

(C)2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 (C)2008 小玉ユキ/小学館

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)で歌われる、「私のお気に入り(My Favorite Things)」。劇中では、雷におびえる子どもたちが気を紛らわすために、大好きなものを思い浮かべる楽曲となっています。

ジャズのスタンダード・ナンバーとしても知られているこの曲は、1960年代の佐世保を舞台に、ジャズと友情、初恋に彩られた青春映画『坂道のアポロン』でも印象的に登場します。

そんな『坂道のアポロン』の魅力を紐解きながら、生きていく支えになってくれる「私のお気に入り」を見つけるヒントを探してみましょう。

ジャズの魅力、二人が輝く瞬間を映し出す演奏シーン

マンガが原作である『坂道のアポロン』の実写化にあたって重要な要素は、なんといっても登場人物が心を重ねていく触媒となるジャズ音楽。音を画力で伝えるマンガに対して、音をダイレクトに表現できる映画では、その音楽の魅力を遺憾なく発揮できます。

本作では、薫(知念侑李)と千太郎(中川大志)たちが演奏するレコード店の地下スタジオ、淳一(ディーン・フジオカ)とのジャズバーでのセッションシーンはもちろん、薫が家でジャズピアノを練習するシーンに至るまで、演奏シーンや楽器そのものが魅力的に映し出されています。ジャズの楽しさを音楽面でも視覚的にも伝えており、まさに音楽マンガを実写映画化する意義を果たしていると感じました。

これは、元々ミュージックビデオを手掛けており、過去作では『ソラニン』(2010年)でバンド、『くちびるに歌を』(2015年)で合唱、『青空エール』(2016年)で吹奏楽を題材にした作品がある本作の三木孝浩監督ならではと言えます。

なんといっても、クライマックスとなるのが文化祭のライブシーン。2012年にフジテレビで放映されたアニメ版「坂道のアポロン」でも、最高潮に盛り上がるエピソードでした。本作でも二人が輝く瞬間、言葉ではなく音楽で語り合うひとときを数々の楽曲のメドレーとともに描いた、必見の演奏シーンに仕上がっています。

これらの演奏シーンを、二人のキャストは吹き替えなしで演じたとのことで驚き…!

劇中のジャズ音楽は、誰もがどこかで聞き覚えのある楽曲ばかりなので、ジャズになじみのない方も大丈夫。こうした音楽映画は、劇場ならではの音響体験が出来る映画館での鑑賞がおすすめでしょう。

(C)2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 (C)2008 小玉ユキ/小学館

恋愛ははかなくても、友情は「一生もの」

薫、千太郎、律子(小松菜奈)の3人が全員片想い、というせつない恋模様もあるものの、本作は一生ものの友情にフォーカスを当てています。ある種の「ラブストーリーでもある」と監督が言うほどの薫と千太郎の関係性において、恋愛はまるで二人の絆を強めるためのイベントのようなもの。

まったくタイプが異なる薫と千太郎の二人が、それぞれを補うように深めていく友情。そして、孤独だった二人が居場所を見つけていく様子は普遍的なものがあります。

イエスかノーかで関係性が変わりやすい恋愛よりも、友情は壊れにくく、長年会っていなかったとしても昨日まで一緒だったようにまた笑い合える。

その尊さには、「ありがとうございます…ありがとうございます…」と、二人の関係性に友情以上のサムシングを感じる女性層もいらっしゃることでしょう。

(C)2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 (C)2008 小玉ユキ/小学館

原作との相違点、映画のためのストーリー構成

映画『坂道のアポロン』は、全9巻(+番外編1巻)の原作のストーリーを、2時間の上映時間に凝縮しています。そのため、原作では高校3年間を描いたストーリーが本作では1年の間の出来事になっているほか、キャラクターの設定も改変されています。

これにより、ストーリーがすっきりとまとまっている上に、居場所のない二人が居場所を見つけていく物語がよりストレートに届くようになっているのです。原作を忠実になぞることにこだわらず、そのエッセンスを汲み取るという映画ならではの脚色が、功を奏したと言えるでしょう。

(C)2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 (C)2008 小玉ユキ/小学館

過ぎ去った「あのころ」を振り返る視点、時が過ぎても変わらないもの

ストーリー面でもう1点、『坂道のアポロン』で意識されているのは、千太郎や律子と過ごした頃から10年の時が経ち、大人になった薫からの視点。

一緒に笑い合える友達がいて、のめり込める音楽があって、まだ何者でもないし心が痛いこともあったけど、輝きに満ちていたひとときは、過ぎた日のこと―。これがまず前提として描かれる構成になっているのです。

この構成により、前述のような登場人物の描写のひとつひとつをかけがえのないものと感じさせ、時代設定である1960年代の情景と相まってノスタルジアを呼び起こすだけではなく、ラストシーンでの「時が流れても変わらないもの」を効果的に描き出すという仕組みとなっています。

個人的なことですが、先日、高校時代にともに音楽を楽しんできた友人たちと、再び人前で演奏する機会がありました。時が経っても変わらずに笑い合える友達と、打ち込める好きなことがあれば、何歳になっても楽しいことはあり続けるのではないかと思わせてくれます。

そんな「私のお気に入り」が、生きていく上で支えになるはず。『坂道のアポロン』はこの春、そんな気持ちにさせてくれる作品です。

(文:藤井隆史)

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