TOHOシネマズが生んだ至高の微妙メニュー「ちょびっとチキン」について

不味いものが食えなくなったこの時代に

そもそも、セブンイレブンでも松屋でも、今ではだいたいのものが美味すぎる。せっかく「松屋」というワードが登場したので、松屋のカレーがどのような味の変化を遂げてきたかを書きたいのだが、本題ではないので割愛する。

不味いものが食えなくなったこの時代に、店のオヤジが客席でタバコを吸いながら新聞紙を広げているラーメン屋などはもう都市伝説の類になっている。かつて高速道路のサービスエリアにあった、座って食うのに不味い蕎麦、モワッとした食感のフランクフルト、雑な味のアメリカンドッグなど、都会、とくに東京に住んでいては見つけることすら難しい。

現状、手軽に手に入るという点で、その不味さをかろうじてキープしているのが、美味いものしかないセブンイレブンのアメリカンドッグであるのは興味深い。アレが売られなくなったら、筆者はこの、不味いものが食えなくなった世界に対して暴動を起こす準備がある。

映画館の話に戻る。劇場のパネルに映し出されるメニューは、長年停滞しつつも微妙な変化を遂げている。その姿はまるで売上の少ない飲食店が何とか客単価を上げようとして、微妙なメニューを繰り出して失敗してしまう感じに似ていて、なんだか情けなく、憎めない。

その独特な「何とも言えない味」は、ガキの頃食ったなら、確実に思い出になる。味が口中に広がった瞬間「ああ、懐かしいな」と感じるのは、何よりも効くスパイスだし、観た映画のことも回顧させる。映画館に入った瞬間に香るキャラメルの香りのように、味もまた思い出の再生装置である。

ちょびっとチキンもまた、一口食べれば、今までに観た様々な映画を思い出すことができる。海外ロケをする前の山崎紘菜の姿を思い出すことができる。ウサギだかキツネだかわからない生き物が楽しそうにやり取りしている微妙なアニメーションを思い出すことができる。そして、あの日観た映画を回顧することができる。それは、口に放り込んだちょびっとチキンの数に比例して増えていく。

ちなみに、筆者はこのコラムを書くにあたって、TOHOシネマズ六本木ヒルズに足を運び、集中するためプレミア ボックスシートを購入し、ちょびっとチキンの時間による味の変遷を事細かにメモしていたところ、映画の内容がまったく頭に入らず、席料2,800円を払ってちょびっとチキンを食いに行っただけという、ちょびっとチキンの味のような思い出が追加された。食ってもいないのに今、口中に微妙なスパイスの香りが広がる。

(文:加藤広大)

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    加藤 広大

    加藤 広大

    フリーでグラフィックデザイナーを営む傍ら、音楽や映画のコラムを書いたりもしています。金は稼いでいませんが、文字数を稼ぐのは得意です。

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