AV界の鬼才が80年代および現代日本の闇まで予見した名作『ゴンドラ』が30年の時を越えて復活!

写真提供:Teamゴンドラ

1988年、ある1本の小さな映画が封切られました。

それは1980年代の日本を象徴するバブルの華やかさとは無縁のまま、都会で孤独な生活を送る青年と少女の物語でした。

その映像は美しく、どこか幻想的、しかしながらその奥には心の空虚さや、それゆえの生きていく哀しみなど、人の世のはかない無常から決して目をそらさない力強さもみなぎっていました。

やがて青年と少女は出会います。

都会に居場所のないふたりの切ない存在感からは、今ふりかえると、まるで現代の日本の闇まで先取りしているかのようなものが感じられました……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.196》

知る人ぞ知る幻の名作『ゴンドラ』が、およそ30年の時を越えて、現代の日本においてついにリバイバル上映!

光が強ければ影も強い1980年代を真に象徴する作品

映画『ゴンドラ』は、名匠・森﨑東監督の代表作『黒木太郎の愛と冒険』(77)の脚本に参画し、映画監督志望の朴訥な青年・伊藤銃一役で出演(本名の伊藤裕一・名義)も果たし、その後もさまざまな映像分野で創作活動を続けてきた伊藤智生監督の映画監督デビュー作です。

1984年に企画を立ち上げ、85年に夏に撮影、86年春に完成しながらも、「スターが出演していない」「内容が地味」などの理由で国内での興行をことごとく拒絶され、それならばと海外の映画祭に出品したところ多大な評価を得て、同時に87年10月に東京の渋谷東邦生命ホールにて特別先行上映を敢行(これを勧めてくれたのは、川喜多記念財団の川喜多かしこさんだったとのことです)。そして作品を見た多くの映画ファンの支持と応援を受け、ようやく88年4月にテアトル新宿にてロードショー公開されました。

当時の日本映画界は、世間のバブリーな風潮を受け、明るく楽しいハリウッド映画と比較されては「暗い」「重い」「ださい」のレッテルを張られ、メジャー映画会社はその色を払拭すべく腐心していた時期で、ちょうど角川映画の勢いに陰りが見え始め、代わってフジテレビを筆頭とするテレビ局や一般企業が映画業界に参画することが当たり前になりつつある(というか、もはやそうしないと映画会社単独では映画制作のための資金繰りが厳しい)、そんな時期でもあったと記憶しています。

(当時、合コンの席などでうっかり「日本映画が好き」などと言った瞬間、その場が白けてしまう、そんな時代でした⁉ それが今では洋画を見るのは映画オタクで、邦画のほうが楽しいとされ、さらには「暗い」「重い」「ださい」と言われていたかつての映画たちがむしろ新鮮であるとして、若い映画ファンの支持を集めているのが、世代的にはこそばゆい感すらあります)

そういった時代背景の中で『ゴンドラ』が公開されたのは、ある意味奇跡だったのかもしれませんが、そういった奇跡を呼び起こすことができるほどの力を備えた作品であったのも確かです。

要はあの時代、皆が明るく楽しいものばかりを追い求め、暗く悲しいものを見て見ぬふりしている中、『ゴンドラ』は当時の哀しく暗い日本の一面を的確に捉えていたのです。

戦後の20世紀において自殺者の数が一番多い年は、バブルが弾けて長い不況期に入った1998年度の32863人(警察庁発表)ですが、それ以前は1953~1959年、そして意外にも1983~1986年にかけて、二度目の、そして前者以上のピークを迎えています。

前者の場合、社会保障が確立する前の老年層や、戦場から帰ってきた青年たちのPTSDや時代の変化に対応できないがゆえの自殺が多かったようですが(この時期の最多記録は1958年度の23641人)、明るく楽しかったはずの80年代のそれは、一体何を物語っているのでしょう?

この時期の最多記録は1986年度の25667人。

ちなみにこの年、ソ連ではチェルノブイリ原発事故が発生しています。

光が強いほど、影もまた強くなる。

それが1980年代の真実であると、私は自身の経験からも確信しています。

写真提供:Teamゴンドラ

世紀を越えて今なお続く
インナー・ウォーの時代に向けて

現在、2015年度の自殺者数は24025人と一時期に比べると低くなってきてはいますが、ただしこれらの数字に未遂などは含まれておらず、また遺族の意向で事故として処理されることも多々あるとのことで、実際はその数倍は自殺にまつわる事件が起きていると捉えてよさそうです。

また一方では、イジメや家庭内暴力などドメスティックな問題は年々露になってきており、ここにも深刻な心の問題とも、心の戦争ともいえるものが浮かび上がってきています。

作家の五木寛之は、これを「インナー・ウォー」と呼んでいますが、映画『ゴンドラ』は、そんな日本のインナー・ウォーを先取りした映画であるともいえるでしょう。

『ゴンドラ』でヒロインかがりを演じた上村佳子も、当時は周囲から心を閉ざす不登校少女だったとのことで、そんな彼女の心の闇ととことん真摯に向き合うことで、この映画は成立し、そこから不思議なまでに瑞々しくも透明感を伴う感動をもたらすことに見事成功しているのです。

なお、伊藤監督は本作の制作のためにこしらえてしまった借金返済及び自分が食っていくために、1989年からアダルト・ビデオ(AV)の世界に入り、TOHJIROなる監督名で数多くの作品を演出。今では自社メーカー「Doguma(ドグマ)」を設立するなど、AV界の巨匠として君臨して久しいものがあります。

伊藤智生監督

写真提供:Teamゴンドラ

そして昨年還暦を迎え、原点に立ち戻って映画監督としての第2作を撮るべく、デビュー作『ゴンドラ』のリマスター化を決心。
(そう、この作品、今までDVD化されていない、映画ファンにとって幻の映画でもあったのです!)

彼はAVを制作する際、女優や女優志望の女の子たちと面接するたびに、『ゴンドラ』の少女かがりが大人になってそこにやってきているような錯覚を覚えることが多々あるとのことです。

彼女たちもまたそれぞれ、どこか「空虚な心」を抱えつつ、それをひた隠しながら生きていこうとしているのかもしれません。

やはり『ゴンドラ』という作品が決して単なる過去の名作ということだけでなく、今の時代にも十分訴求するものであることを確信しております。

映画『ゴンドラ』は1月28日より東京ユーロスペースにて1週間限定レイトショー(35ミリ・フィルム上映)。

2月11日より東京ポレポレ東中野にて2週間(デジタルリマスター上映)。その後も大阪等で上映予定です。

何せ本公開以来見る機会のなかった作品ゆえ、私自身およそ30年ぶりに再会できることに身震いしています。

この作品と再び向き合うことで、あの時代を知る世代は当時の自分を、そして初めてこの作品に触れる若い世代も含めて、今の自分をも見つめ直すことになることでしょう。

映画『ゴンドラ』は、映画ファンを自認する人もそうでない人も、今を生きる人すべてに見ていただきたい作品です。

「涙で心が浄化される」などといった、メジャーの感動作の宣伝でよく使われがちな、時に歯が浮いた感のある照れ臭い言葉も、この映画に関しては素直に、そして真に美しく受け止められることでしょう。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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