『細い目』が描くマレーシアの、そして世界共通の初恋のみずみずしい輝き!

ひと月ほど前の連載(No407)でも書いたことですけど、今の日本は世界各国の映画が見られるという点においてはかなり恵まれた環境にあるかと思われます。

本作『細い目』はマレーシア映画です。

邦題だけではピンとこない方も多いかと思われますが、これは多数の民族や宗教、言語が混ざり合う多民族国家の中で繰り広げられる若い男女の初々しくも切ない初恋ストーリー。

恋そのものに国の云々など全く関係なく、しかしながらその国独自の風土に即した展開などに驚嘆させられたりもします。

マレーシア・アカデミー賞グランプリ&東京国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞した2004年度製作のこの名作……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街413》

『細い目』という邦題(マレー人から見ると中国系は概して目が細いという揶揄的な表現)自体が、マレーシア独自の民俗的思想や偏見なども巧みに物語っているのでした。

マレー系少女と中国系少年の
出会いと恋

『細い目』の主人公は、香港映画スター金城武の大ファンである少女オーキッド(シャリファ・アマニ)。

ある日彼女は香港映画の海賊版ビデオCD(DVDではないところがミソ)を売る中華系の少年ジェイソン(ン・チューセン)と出会い、たちまち恋に落ちていきます。

民族も宗教も文化も異なるふたりの恋ではありますが、双方の親たちは不安がないわけではないものの割かし容認で、もっともそんなことなど最初からお構いなしに、ふたりは初々しくも瑞々しく想いを寄せ合っていきます。

しかし、海賊版を販売する集団の下で働くジェイソンには、できればオーキッドに知られたくない秘密があるのでした……。

マレーシアの人口はおよそ3200万人で、そのうち69%がマレー人で、中国系が23%、インド(タミル)系が7%、その他の諸民族1%で成り立っています。

主たる宗教はイスラム教ですが、仏教やキリスト教、ヒンドゥー教に儒教や道教の教えまで混在し、日常で使用される言語もマレー語に中国語、タミル語、またかつてイギリス植民地であった過去から都市部では英語を使う人も多いとのこと。

こういった中で言葉も文化も異なるふたりの恋は成立するのか? 

またオーキッドは比較的裕福な家庭環境にありますが、ジェイソンはやや猥雑な下層的環境に育ち、いわば半グレ系ギャング集団の一味でもあります。

お嬢様とチンピラの恋というモチーフは日本映画『泥だらけの純情』を彷彿させるところもあり、その点でも日本の映画ファンには入り込みやすいものがあるでしょう。

またちょっと可笑しかったのが、最初オーキッドとの交際に反対していたジェイソンの友人が、オーキッドが香港映画ファン(ジョン・ウー監督作品も大好き!)だと知るや、一転して意気投合し、ジェイソンを嫉妬させるまでに至るといったくだりで、やはり映画には民族も思想も越えて互いを理解させる力を持っているという、こちらの持論を代弁する描写足り得ていました。

ヤスミン・アフマド監督
その伝説的世界

本作の監督ヤスミン・アフマドは、コピーライターやCMディレクターを経て2003年に初めて撮った長編映画『ラブン』(もともとテレビ映画として制作されたもの)がシンガポール映画祭で上映されて高い評価を得て、続いて撮った本作『細い目』が正式には映画デビュー作となります。

実は彼女の作品は『ラブン』にオーキッドなる役名の少女が登場し(もともと実の妹の名前)、『細い目』以降も『グブラ』(05)『ムクシン』(06)とオーキッドをヒロインの名に据えた作品を連打し、前者はマレーシア・アカデミー賞、後者はベルリン国際映画祭入賞と国際的に注目されていきます。
(本作のヒロイン、シャリファ・アマニも『グブラ』『ムクシン』『ムアラフ』と出演し、ヤスミン映画のミューズと讃えられています。『タレンタイム』ではサード助監督を担当)

しかし『ムアラク―改心』(07/東京国際映画祭アジア映画賞スペシャルメンション賞受賞)を経て『タレンタイム~優しい歌』(09)をマレーシアで公開した直後の2009年7月26日、脳内出血により51歳の若さで亡くなりました。

実は母方の祖母が日本人であったヤスミン監督は、17歳で亡くなったシンガポールのトライアスロン選手の映画と並行して、祖母をモデルにした映画『ワスレナクサ』を準備しており、脚本も書き上げ、プロデューサーに杉野希妃を迎えて藤竜也のキャスティングも決まっていたとのことで、その事実を知るになおさら早逝が惜しまれてならないものがあります。

『男はつらいよ』シリーズが大好きで、小津安二郎&ダグラス・サーク監督を敬愛し、一番好きな映画がチャップリンの『街の灯』だったという嗜好からも、彼女の作品が人情肌の親しみやすいものであることを想像できるのではないでしょうか?

これまで日本では映画祭上映以外になかなか触れることのできなかったヤスミン・アフマド監督作品ですが、ようやく初の全国劇場公開が成し得ました。

ぜひこの機会に彼女の紡ぐ映像世界を堪能しつつ、マレーシアはもとより世界中の国々にどのような諍いがあろうとも、“初恋”そのものの輝きに何ら変わりはないことに改めて気づいていただけたら幸いです。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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