『映画監督・佐藤純彌 映画よ憤怒の河を渉れ』が示唆する大作請負人の美学とは?

映画には超大作からプログラムピクチュアまでさまざまな形態がありますが、そのどちらも職人(アルチザン)的にこなしつつ、その中にさりげなく実験的手法を駆使することを怠らず、さらには自分なりのメッセージをひそかに盛り込みながら映画を作り続けてきた映画監督がいます。

佐藤純彌。

この名前を知らなくても、『新幹線大爆破』(75)や『人間の証明』(77)『敦煌』(88)『男たちの大和/YAMATO』(05)などなど、彼が監督した映画のタイトルを1本も知らないという日本の映画ファンは皆無に等しいでしょう。

そんな佐藤監督の半世紀以上にわたる映画人生を綴った書籍『映画監督・佐藤純彌 映画(シネマ)よ憤怒(ふんど)の河を渉れ』がDU BOOKSより刊行されました(2800円+税)。

これは映画評論家・野村正昭氏と不詳・私が佐藤監督に2011年から長期取材させていただき、2017年から2018年にかけて『キネマ旬報』誌でおよそ1年半にわたって連載させていただいたものに追加再編集を施し、完成させたもの……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街346》

今回は佐藤監督の業績などをざっとご紹介していきたいと思います!

組織と個人の対峙を通して
人間を見据える姿勢

佐藤純彌監督は1932年生まれ。56年に東映東京撮影所に助監督として入所し、63年に『陸軍残虐物語』で監督デビューしました。
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これは戦時中の日本陸軍一部隊の過酷な内情を通して、軍隊という名の組織がもたらす暴力と個人との関係性を鋭く見据えたものです。

組織暴力と個人との対峙、これがすべての佐藤監督作品に通じるモチーフです。

人が数名集まると何某かの組織が生まれ、その中から抗争や差別、迫害などさまざまな暴力が生じていく。

佐藤監督は戦時中の小学校時代、疎開先の田舎で地元の子供たちから壮絶なイジメを受け、そこから逃れたいがために映画館へ駆け込み、その結果、映画の道を志すようになりました。

まるで東映実録ヤクザ映画さながらの子供たちの組織暴力、そして終戦後の日本が従来の軍国主義からいきなり民主主義へ180度転換していったことでの国家に対する不信感など、組織に対するペシミスティックな想いは『陸軍残虐物語』および、廓の非情な世界を描いた『廓育ち』(64)で早くも炸裂。
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そしてタイトルからして、そのものズバリの『組織暴力』(67)『続・組織暴力』(67)『組織暴力・兄弟盃』(69)へと連なっていきます。
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『組織暴力』はヤクザと警察、実はどちらも同じ組織であることに変わりはないという概念のもと、双方の熾烈な攻防戦を描いたもので、1970年代の東映実録ヤクザ映画路線の先駆けとなったものです。

そして『続組織暴力』はヤクザ世界の中でしたたかにのし上がろうとする若者エリートらの顛末を描いたものですが、これには戦後まもない銀座を根城に、戦争帰りの若者たちが徒党を組んで大暴れしていた私設銀座警察をモデルにしたものでした。

私設銀座警察そのものは暴力組織として決して許してはいけない存在として全面否定しつつ、その中で必死に生き延び、戦後の日本を駆け抜けようともがき苦しんでいた若者たちの想いそのものには、どこかシンパシーみたいなものを佐藤監督は胸に抱いていることがわかります。

そして『組織暴力 兄弟盃』は私設銀座警察そのものの成り立ちを堂々描いたものでした。

この後さらに佐藤監督は『実録・私設銀座警察』(73)を撮りますが、これは前2作から一転、戦争から帰ってきて転落していく男(渡瀬恒彦)と私設銀座警察の興亡を通して、戦後の混沌とした闇を描出したカルト映画として広く認知されています。
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今こそ明かされる
大作請負人の真実

こうした流れを汲んで時速80キロ以下になると爆発する爆弾を仕掛けられた新幹線をめぐる超大作『新幹線大爆破』を見ますと、これが単にパニック・スペクタクル映画としての面だけではなく、なぜ犯人グループがこのような罪を犯すに至ったか、また事件に対する警察や国鉄の対応はどこまで適切なものであったか、さらにはその中で真摯に対応しようと腐心し続けた人々の労苦は? こういった三つ巴の熱い人間ドラマが過剰なまでのサスペンス設定の中から醸し出されていきます。

新幹線大爆破

なお『新幹線大爆破』はフランスで大ヒットして、後にアメリカ映画『スピード』の元ネタにもなりました。

これは『荒野の渡世人』(68)でオーストラリア、『旅に出た極道』(69)の香港、『ゴルゴ13』(73)のイランと、この時期の日本の映画監督としては異例なほど海外ロケ作品を撮っていた佐藤監督だからこその国際的センスの賜物かもしれません。

『新幹線大爆破』を最後に東映を離れ、フリー第1作として手掛けた『君よ憤怒の河を渉れ』(76/「憤怒」は本来「ふんぬ」と呼びますが、プロデューサーの意向で「ふんど」と呼ばせています)は、冤罪を着せられた検事が逃亡しながら真相を究明していくさまを荒唐無稽なロードムービー仕立てで描いたサスペンス映画ですが、これが中国で何と10億人が見たという超ウルトラ大ヒットを記録し、今でも50代以上の中国人はみなこの映画のテーマ曲を口ずさめるほどの伝説的人気作となっています。

これを機に、佐藤監督は戦後初の日中合作映画『未完の対局』(82)を撮るなど、中国映画界からの信頼も厚い存在となっていきます。

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同時にアメリカ・ロケの『人間の証明』『野性の証明』(78)といった角川映画初期の超大作を立て続けに発表し、以後は国際的超大作監督として君臨していくようになりますが、その中でも「組織と個人」といったこだわりのモチーフが作品内から消えうせることはありませんでした。

人間の証明

ただし、こういった超大作に着手する場合、膨大な予算がかかることもあって、製作サイドの意向やら何やらさまざまな口が入ってきますし、また撮影現場のスタッフの数も多くなるとともに仕掛けも大きくなり、いわば大所帯ゆえになかなかスムーズに物事が運ばなくなりがちで、その中でどこまで自我を通せるかというのが映画監督としての大きなポイントにもなってきます。

そこで佐藤監督が貫いたのは「自分のやりたいことが6割達成できるかどうか」、つまり自分のやりたいことが6割叶うのならオファーされた企画を受ける、しかしそれが1厘でも満たされないのであれば潔く断る。

この信念をもって佐藤監督は『空海』(84)『植村直己物語』(86)『敦煌』などの国際的超大作を演出していき、6割どころか8割以上の想いを確実に込めた快作群をモノにしていきました。

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ただし、北京原人のクローンを現在に再生させたSFファンタジー『北京原人Who are you?』(97)のように、生来の生真面目さが災いして、あまりありがたくない形でのカルト映画化してしまったものもありますが、それでも「北京原人がいた時代には国境なんてものはなかった」というメッセージは佐藤監督ならではのもの。また、ここでは日本と中国、さらにはアメリカまで加わっての北京原人の所有権争いが描かれますが、意外に現代の日中米関係を先取りしたものになり得ていることも訴えておいていいでしょう。

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『未完の対局』の日中戦争に続いて太平洋戦争に挑戦した『男たちの大和/YAMATO』、幕末テロの顛末を描いた『桜田門外ノ変』(10)、どちらも組織暴力を許すまじという佐藤作品ならではのメッセージの中から、そこに携わった人々の想いまでムゲにしてはいけないという、慈愛にも似た想いが醸し出されているあたりも見逃せないところです。

男たちの大和/YAMATO

こうした佐藤純彌監督作品の魅力を本人の口から語ってもらった著書の発行に伴い、東映ビデオから『組織暴力』3部作がDVD化、また旧作群も廉価版が現在発売されています。

また12月21日にはKADOKAWAから『君よ憤怒の河を渉れ』と『未完の対局』がBlu-ray発売。特に『未完の対局』は長らく権利元の所在が不明で幻の映画と化していたものだけに、今回のリリースは画期的であるとともに、日中平和友好条約締結40周年となった2018年の最後を飾るものとして、現代の日中関係などを鑑みながら観ていただきたい作品です。

12月11日には書籍の発行を記念してのトークイベントも開催されますので、以下をご参照ください。

https://diskunion.net/dubooks/ct/news/article/2/78186

長年、日本映画界の大作請負人として知られてきた巨匠の真実を、この機会に触れていただけたら幸いです。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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