『麻雀放浪記2020』はぶっとび&オマージュを両立させた快作だった!



(C)2019「麻雀放浪記2020」製作委員会



阿佐田哲也の名作小説『麻雀放浪記』はかつて和田誠監督のメガホンで映画化されていますが、今回さらに大胆なアレンジでリメイクした話題作にして衝撃の問題作『麻雀放浪記2020』が4月5日よりついに公開となりました。

マスコミ試写は一切行わないという異例の宣伝方針、2020年の東京オリンピックが中止になっているという設定に対して国会議員から何やら物言いがあったとかなかったとか、さらには出演者のひとりピエール瀧の逮捕による一連の騒動などさまざまなスキャンダルに見舞われながら、ようやく公開初日を迎えることができたこの作品、昨年『孤狼の血』『止められるか、俺たちを』などで絶賛された白石和彌監督の最新作であり、主演の斎藤工が10年の歳月を費やして映画化実現までこぎつけたという執念の企画ということを知るにつけ、映画ファンとしてはいてもたってもられないものがあります。

というわけで……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街371》

初日の初回を見に行っちゃいました!

アナーキーかつ原作&
前作映画へのオマージュ


もう結論から先に書いちゃいますと、『麻雀放浪記2020』……

メチャクチャ、お!も!し!ろ!い!!!

いや、ある程度アナーキーな映画だろうとは予想していましたが、それ以上に本作は阿佐田哲也の原作及び和田誠監督の前作に対するオマージュが至る所に散りばめられていて、その意味でも映画ファンを大いに唸らせてくれる要素が大いにあります。

その意味でも本作を見る前、和田監督版を見ておいたほうが絶対的に得策ではあるでしょう。

なぜならば……(と、これ以上情報を仕入れたくない方は、ここから先は読まないでください)

要はこの作品、リメイクではあるのですが、同時に続編的資質まで内包しており、さらには原作から時空を越えてのパラレルワールド的世界観を確立させている優れものなのです。

主人公の坊や哲(斎藤工)は戦後間もない1945年11月5日の東京・浅草から、和田監督版のクライマックスとなる麻雀バトルを経て、とある理由で2020年の同地にタイムスリップしてしまうのです。

しかし、そこは我々が住んでいる今の世界とは微妙に異なり、マイナンバー制度が確立して国民の頭に認証チップが埋め込まれた管理社会で、しかもこの時期戦争が勃発して2020年3月3日に敗戦を迎え、そのあおりを受けて東京ゴリンピック(オリンピックではありませんので、悪しからず!)が中止になった、いわばパラレルワールドなのでした!
(いや、2020年までまだ半年以上ありますから、もしかしたらこういった未来が訪れるかもしれない!?)

さらに、まだ深くは書けませんが、奇しくもピエール瀧事件をめぐる世間の反応に対するアンチテーゼみたいなものまで盛り込まれているのは、偶然とはいえ驚かされるものがあります。

こうしていきなり未来に飛ばされて困惑する坊や哲ですが、彼に関わってくるのが地下アイドル(?)のドテ子(もも〈チャラン・ポア・ランタン〉)と彼女のマネージャー大恩寺クソ丸(竹中直人)です。

こうして映画は現代社会を大いに風刺し、笑い飛ばしながらも、坊や哲が元の世界に戻れるかというタイムスリップSFとしての情緒に加え、オマージュ精神までも巧みに混在させつつ、映画的ダイナミズムを発露させていくのです。



(C)2019「麻雀放浪記2020」製作委員会




秀逸な脚本&演出&撮影
キャスト陣の素敵な怪演!



今回、まず讃えるべきは佐藤佐吉・渡部亮平・白石和彌の連名による脚本の妙にあるといっても過言ではないでしょう。

何よりも、あの原作を基によくぞここまでぶっ飛びつつも現代社会のニーズに応えたものを構築できたもの!

白石監督の演出も、戦後昭和の描出に往年の東映ヤクザ映画的ギラギラしたものを彷彿させつつ、2020年のほうはポップで萌えも交えたオタッキーな要素、AIロボットまで登場する近未来観と敗戦の淀んだ空気が見事に同居しています。

劇中、坊や哲がネット麻雀に興じるシーンがありますが、そこでの彼が今のゲーマーと何ら変わらないオタク資質をむき出しにしていくあたりもケッサクで、斎藤工の硬軟交えた魅力は今回実に気持ちよく開花しています。
(多くは語りませんが、フンドシというキーワードも覚えておいてよいでしょう)

もも〈チャラン・ポア・ランタン〉と竹中直人をはじめとするキャスト陣の快(いや、怪)演によって作品世界はさらにアナーキーで奥深いものになっていきます。

特に竹中直人は今年『サムライマラソン』に続いての当たり年ではないかと思えるほど、彼ならではの才能を爆発させてくれています。

驚いたのはAIロボット役のベッキーで、その細かい設定は見てのお楽しみとして、彼女にこういったユニークな面があるのかと、特にクライマックスは大いに楽しませていただきました。

技術的に特筆すべきは全編iPhoneで撮られた映像美で、少しざらついた質感や縦横無尽のキャメラワーク(という言葉すらもう古く思えるほど)昭和と2020年の双方を見事に結びつけていま。

何よりもiPhoneでここまでの画質を成立させることができるということ自体に驚嘆するとともに今後の希望を抱かせてくれます。

音楽はヴァンゲリスの『ブレードランナー』をかなり意識しているように思えましたが、未来観を奏でる上での必定ではあったと思うと、さほど嫌な感じはありません。

いずれにせよ、本作はやはりSF&ギャンブル&ポップ&萌え&文明批判&風刺&痛切な青春映画として大いに堪能できる逸品です。

ぜひとも劇場で堪能していただきたい“映画”ならではの味わいに満ちた怪、いや快作であると強く訴えておきたいところです。

(文:増當竜也)

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