『ムーンライト』の強靭な生命力:オスカーの歴史を変えたラブストーリー

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」

ムーンライト サブ1

(c)2016 A24 Distribution, LLC

今年のアカデミー賞で作品賞をはじめ3部門に輝いた『ムーンライト』が31日からついに公開される。当初は4月末の公開予定だったが、それを1ヶ月も前倒しして上映する異例の事態は、この話題作に少しでも早く出会うことができるという、洋画ファンには何よりも嬉しい話だ。

<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.24:『ムーンライト』の強靭な生命力:オスカーの歴史を変えたラブストーリー>

〝リトル〟という名で呼ばれる少年シャロンは、いじめっ子に追われ、逃げ込んだ廃屋で麻薬ディーラーのフアンと出会う。貧困地域に生まれ育ったシャロンの母親は麻薬中毒で、偶然にもフアンから麻薬を購入していたのだ。シャロンに心を許したフアンは、彼を我が子のように接し、彼もまたフアンに心を開き始める。

ムーンライト サブ11

(c)2016 A24 Distribution, LLC

やがて高校生に成長したシャロン。フアンはこの世を去り、母の様子も相変わらずで、いじめも続いており、ますます疎外感の中にいた。ただ一人、彼に優しく接してくれる友人ケヴィンに、シャロンは友情以上の感情を抱くようになるのだ。

ムーンライト サブ5

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今回のアカデミー賞で、前代未聞のハプニングによって、大きな注目を集めることになった本作。圧倒的本命だった『ラ・ラ・ランド』を破っての作品賞受賞は、前年度のホワイトオスカーや、トランプ政権への反発との見方も大きかったか、決してそれだけだとは思えない。111分間、スクリーン全体から生命力が滲み出ている。こんなにも力強くも繊細な物語があっただろうか。まさしく、生きた映画がそこに存在していたのだ。

貧困地域で生きる主人公が、麻薬と暴力の中で成長していくという、これまでも語り尽くされてきた題材でありながら、3つの時代を切り取って主人公とその周囲の人物を描き出すストーリーテリングの巧さ、そして極め付けとなるショットや大きな見せ場を排して、満遍なく心情表現に徹したスタンスが、この作品を輝かせていることは間違いない。

また、本作が「史上初めてLGBTをメインテーマとして扱った作品賞受賞作」と言われているように、少しずつ保守的なオスカー会員の見方が変わってきた時代の流れというものが、作品賞受賞の要因のひとつであろうか。

ムーンライト サブ2

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たしかに、これまでも作品中の要素の一つとして同性愛を描いた第42回の『真夜中のカーボーイ』や第72回の『アメリカン・ビューティー』が作品賞に輝いた歴史はある。しかし、両作ともそれを少し特殊なものとして扱われていたのである。

その点では、本作は他のどんなラブストーリー映画とも、何ひとつ違うことはない。「映画はすべてがラブストーリー」であるという前提を考慮に入れれば尚更に、この映画が描いているのは一人の青年が、人を愛し、想い続けるという、あまりにもドラマティックさとはかけ離れた普遍的な日常の風景なのである。ただそれだけのことであり、何も特別なことはない。そこに性別という垣根が存在していないだけにすぎないのだ。それが、従来のLGBT映画とはアプローチの仕方自体が異なっているのだ。

ところで、劇中には「月の光を浴びた黒人の青年の肌が青く見える」というくだりが登場する。作品の要所を海の場面で迎えるように、この映画のイメージカラーは〝青〟であり、この色は無限の生命力を想起させる。それを象徴するかのように劇中には様々な〝青〟が取り入れられ、ポスターの基調もそれに合わせられているではないか。しかし、このポスターが実に興味深いのは、3つの時代のシャロンを演じた3人の俳優の顔が、それぞれ違った色味で分割されていることだ。

ムーンライト ポスター

(c)2016 A24 Distribution, LLC

少年期のシャロンを演じたジャハール・ジェロームは紛れもなく瑞々しい青に照らされている。前述のくだりをマハーシャラ・アリ演じるフアンから聞かされたこの時代のシャロンは、フアンとの出会いにより、自分の将来に対して明るい希望的憶測を抱きはじめていたに違いない。自分はいずれ青々と輝けるのだと。

対照的に中央のアシュトン・サンダーズ、高校生の頃のシャロンは赤い光に照らされている。劇中で、この時代の主人公を照らし続けるのは月の光ではなく、人工の街灯の、赤々とした光ばかりなのだ。まるで自分の思うようにいかない、〝青〟になりたいのに、180度正反対の道に進まざるを得なくなっているというところだろうか。

そして、青年期のシャロン、トレヴァンテ・ローズはどうだろうか。瑞々しい青と突き刺さるような赤が交錯して、より一層深い青の色になっているではないか。これが意味するものは、あのクライマックスシーンを観れば誰もが判ることだろう。人との出会いが愛情となって、やがて生きる力へと変わっていく瞬間に、この映画と出会えたことを幸せに思えるはずだ。

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(文:久保田和馬)

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