『暁に祈れ』が良い意味で地獄映画である「3つ」の理由

(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS 

12月8日より公開されている『暁に祈れ』は、とっても良い意味での“地獄のような映画”でした……(ゲッソリとした表情で)。映画評価サイトRotten Tomatoesでは現在92%の評価を記録しており、R15+指定大納得の刺激的な描写が目白押しの本作、いかなる部分に“規格外”かつ“エッジが効いている”のか……事前に知って欲しい情報を合わせ、その特徴を以下にたっぷりとお伝えします。

1:史上最悪のタイの刑務所を疑似体験!
監獄も囚人も“本物”だ!

本作が舞台としているのはタイの刑務所です。主人公は人生の再スタートのためにタイにやって来たものの麻薬中毒者になってしまい、ボクシングの試合で稼いだファイトマネーをドラッグにつぎ込み自堕落な毎日を送り、ついには警察に逮捕され刑務所に収監されてしまうのですが……そこは文字通りの生き地獄でした。何しろ、房内は多くの囚人で溢れかえっていて寝る場所すらおぼつかず、それどころか囚人同士のリンチや殺人やレイプまでもが横行、刑務官への賄賂も日常茶飯事という有様なのですから……。

あらすじを聞いただけでもキツいものがありますが、驚くべきなのは撮影に使われたのが本物の刑務所であるということ。しかも、主要キャスト以外は全て本物の元囚人(!)を起用しているのです。さらに、その元囚人たちが(時には全身に)入れているタトゥーも本物で、(彼らには台本を渡していないため)会話の内容が“罪状”を含めてこれまた本物!

もちろん、これらの“本物志向”はリアリティを極限にまで高めるための手段……と言うよりも、もはや本作は“リアルそのもの”なのです。ジメジメとした劣悪な環境の監獄の雰囲気、パッと見だけでも近寄りたくない囚人たちの威圧感、しかも言葉が通じない(タイ語の字幕がほとんど出ない!)という不安も相まって、「こんな所には1秒だっていたくない!」とこれ以上なく思わせてくれるのです(もちろん良い意味で)。

その“疑似体験”に拍車をかけるのは、長回しでの撮影です。各シーンを1カットのリアルタイムで撮影(後に編集で分割)することで“その場所にいなければならない”主人公の暗澹とした気持ちや疲労感や奮闘をより感じやすくなり、時に主人公の後ろに回り込むカメラワークはさらなる没入感を与えてくれます。(このカメラワークは、ゲームの『バイオハザード4』や、アウシュビッツ刑務所を舞台にしたハンガリー映画『サウルの息子』を彷彿とさせました)

しかも、本作はイギリス人のボクサー、ビリー・ムーアのベストセラー自伝小説をベースとして作られています。この信じられないような地獄の刑務所を描いた映画は、なんと“実話もの”でもあるのです。

とにかく、『暁に祈れ』の一番の特徴であり魅力は、「とことんリアルを撮影する」ことで実現した「生き地獄の刑務所を疑似体験できる」ことに他なりません。劇場で鑑賞すれば、さらなる恐怖と緊張感のある、忘れられない映画体験になることでしょう。

ちなみに、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督は、本作について「“観客”にある意味で“能動的”になってほしい」と願っているのだそうです。それは「一定の距離から映画をただのエンターテインメントして眺めるのではなく、ボクサー(囚人)の視点から感じ取り、主人公の“中毒”を経験して欲しかった」というのが理由なのだとか。確かに主人公は劣悪な環境にいるも、自ら進んで後述する“格闘”にのめり込んでいき、(麻薬という意味でなくても)アドレナリンが出てくることが中毒になっているような……良い意味で危険な感覚を得ることができました。

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2:金メダリストの伝説的ボクサーも参加!
ド迫力の試合シーンと主演俳優の熱演は必見!

本作がムエタイを描いた“格闘映画”であることにも触れなければならないでしょう。希望を失いかけた主人公は、刑務所内のムエタイチームの一員となり、練習に励みムエタイの技を習得していくことはもちろん、精神的な強さをも手にしていくのですから。そのムエタイの試合はド迫力かつ“痛み”をも感じさせるリアルさで、クライマックスではなんと約3000人(!)の囚人エキストラを集結した圧巻の格闘シーンも展開します。

主演のジョー・コールは何ヶ月も肉体改造をして鋼の肉体を手にし、30日の過酷な撮影をこなしました。撮影前の彼はボクシングの知識はあってもムエタイについては無知で、前述した通り周りはプロの役者ではないタイの元囚人であったこともあり、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督は「元囚人との交流は彼自身の演技にとってのチャレンジだった」「孤独であったかもしれません」「感情的にも肉体的にも自分の一部を捧げなくてはいけなかった」などと、ジョー・コールの俳優としての経験を振り返っていました。その甲斐あって主人公の姿は、鋼の肉体はもちろんのこと、“最悪な場所でも希望を見失わない”という物語上の行動原理までもが、俳優としてのジョー・コールのチャレンジにもシンクロしているかのような感動がありました。

さらに、劇中にはアトランタ五輪のボクシングで金メダルを獲得した、映画『七人のマッハ!!!!!!!』や『SPIRIT』(2006年)にも出演しているソムラック・カムシンも登場! 彼が“くわえタバコ”のまま指導するのは、彼本人がヘビースモーカーであることも反映しているのだそうです。

他キャストにも触れておくと、所長を演じたのは映画『オンリー・ゴッド』や実写映画版『ルパン三世』に出演したヴィタヤ・パンスリンガム。主人公が惚れるヒロインを演じたのは本物のレディーボーイ(男性から女性へと性転換した人を意味するタイで使われる俗称)の方。顔面全てがタトゥーで覆われている囚人のリーダーを演じたパンヤ・イムアンパイは釈放後にオンラインビデオのスター選手となりFacebookのフォロワーが200万人を超えているなど大成功を収めているのだとか……ムエタイの試合はもちろん、それぞれのキャラクターも忘れられないインパクトを与えてくれるということも、『暁に祈れ』の大きな魅力です。

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3:タイのムエタイの立ち位置とは?
実は希望もある映画だった!

タイにおけるムエタイの立ち位置を知っておくと、さらに本作が面白くなるでしょう。タイでのムエタイはギャンブルを目的として観客が集まることが多く、そのために“貧乏人のスポーツ”であると捉えられやすいそうですが、一方で “貧困層の救済”や“更正の手段”としても奨励されているのだそうです。

事実、貧しい家庭の子を養うムエタイのジムはタイの至る所にあり、幼い子供でもジムで生活し自立していく姿はよく見られていて、そこでは礼儀作法や共同生活や食事の作り方を学ぶことができ、親から十分な愛情を受けてこなかった子供もジムの仲間が家族のような存在にもなっていくのだとか。いわば、ジムが子供のための社会福祉のような側面を持っているのです。さらには、「アマチュアボクシングの選手になることを条件に、懲役15年の罪をわずか2年半で社会復帰した」という記事もあったのだそうです。

『暁に祈れ』の劇中でも、ムエタイは地獄にいる主人公が人間らしさを取り戻すための、ある種の希望そのものにも見えてきます。事実、本作の原作を執筆したビリー・ムーアは少年時代から札付きの不良で、実際に22か所の刑務所で人生の15年を過ごし、その後も簡単には麻薬中毒から抜け出すことができませんでしたが、自伝がベストセラーとなり、現在はドラッグのリハビリセンターで働き苦しんでいる人々をサポートしているそうです。本作の主人公も、そのような救われる未来へと向かうという想像ができるようになっていました。主人公が最後に出会う“ある人物”も、そのことを意味しているのでしょう。

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おまけその1:“A24”という制作スタジオを要チェック!

本作『暁に祈れ』が、映画制作スタジオ“A24”の作品であることも重要です。その作品群を見渡すと、『ウィッチ』、『手紙は憶えている』、『パーティで女の子に話しかけるには』、『レディ・バード』、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』、『アンダー・ザ・シルバーレイク』などなど……メジャー公開ではない低予算作品が多いものの、新進気鋭のキャストやスタッフが集結した、エッジの効いたユニークな作品や、超大作顔負けの高評価を得ている映画を続々と世に送り出しているスタジオなのです。

しかも、A24の作品はアカデミー賞の常連にもなっており、『エクス・マキナ』ではアカデミー賞視覚効果賞、『ルーム』では主演女優賞、『ムーンライト』ではアカデミー賞作品賞と助演男優賞と脚色賞も受賞しています。

ムーンライト(字幕版)

映画が好きという方であれば、今後もA24の新作映画はチェックしておかなければならないでしょう。現在は、『イット・カムズ・アット・ナイト』と『ヘレディタリー/継承』という、A24制作のホラー映画も公開されていますよ。

おまけその2:原題に“A”がついている意味とは?

本作『暁に祈れ』の原題は「A Prayer Before Dawn」と不定冠詞の“A”が付いています。この“A”が意味するのは、「(その他にもたくさん)ある1つの」ということ。“THE”であれば指しているものがただ1つだけに限定されますが、“A”ではそうでなくなるのです。

つまり、“A”のつくタイトルは、「(作品内世界において)他にも同じような物語がどこかにあるのではないか」と言う含みを持たせていると言っていいでしょう。

原題に“A”が付いている映画を少し挙げると、『シングルマン(A Single Man)』、『クワイエット・プレイス(A Quiet Place)』、日本では2019年3月公開予定の『シンプル・フェイバー(A Simple Favor)』、そして『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー(Rogue One: A Star Wars Story)』などがあります。それぞれの作品を観てみると「たくさんある中の1つの物語を描いているんだな」と、“A”が付いている意味を感じられるのではないでしょうか。

なお、日本版タイトルにも“A”が付いている『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』も現在公開中です。

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こちらも制作スタジオ“A24”の作品で、「ずっとその場所に居続けるしかない幽霊の悲哀」を描きつつ、「生きている人間とは違う時間経過を疑似体験させる」という独創的な内容になっていました。

『暁に祈れ(A Prayer Before Dawn)』を観た後は、「このような人は(現実の)他にもいるのかもしれない」と思いを馳せてみるのもいいのかもしれません。原題の“A”が意味しているものに沿うように、作品で描かれたこと以上のことに想像を巡らせてみるのも、映画の醍醐味の1つなのですから。

(文:ヒナタカ)

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