傑作『存在のない子供たち』が観客の絶賛を呼ぶ「3つ」の理由!

©2018MoozFilms

中東の貧民街で暮らす人々の厳しい暮らしと、その過酷な現状を子供たちの視点から描いた話題作『存在のない子供たち』が、7月20日から日本でも劇場公開された。今年のアカデミー賞とゴールデングローブの外国語映画賞にノミネートされた作品だけに、その内容とクオリティの高さへの大きな期待を持って鑑賞に臨んだ本作。

気になるその内容と出来は、果たしてどのようなものだったのか?

ストーリー

わずか12歳で自分の両親に対して裁判を起こしたゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)。裁判長から、「何の罪で?」と聞かれたゼインは、まっすぐ前を見つめて「僕を産んだ罪」と答えた。中東の貧民窟に生まれたゼインは、両親が出生届を出さなかったために、自分の誕生日も知らないし、法的には社会に存在すらしていない。学校へ通うこともなく、兄妹たちと路上で物を売るなど、朝から晩まで両親に劣悪な労働を強いられていた。唯一の支えだった大切な妹が11歳で強制結婚させられ、怒りと悲しみから家を飛び出したゼインは、エチオピア移民のラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)親子に助けられるが、彼らを待っていたのは、さらに過酷な“現実”だった。果たしてゼインの未来は―。

予告編

理由1:俳優の実人生を反映した役柄がすごい!

自身もレバノンで生まれ育ったこの映画の監督、ナディーン・ラバキー本人が女性弁護士役で出演しているのに加えて、実は殆どの役柄に映画初出演で演技経験の無い素人をキャスティングしていることでも話題の本作。

しかも、主人公の少年ゼインや彼を助けるエチオピア移民のラヒルなど、実際に映画の中の役柄とよく似た境遇にいた人々が選ばれて演技しているというから驚きだ。

その中でも特に強烈な印象を残すのは、主人公である12歳の少年を演じたゼイン・アル=ラフィーアの遠くを見つめる様な視線と、過酷な経験を物語るその表情だろう。

もちろん彼以外の出演キャストも、皆、映画初出演とは思えない素晴らしい演技を見せてくれるのだが、実際彼自身が10歳の頃からスーパーマーケットの配達をして家計を助けていただけに、幼くして現実の厳しさを知った者にしか出せない表情の素晴らしさは、やはり本作の大きな魅力の一つとなっている。

この様に、敢えて演技の経験が無い出演キャストに過去の自分の経験を反映した役柄を演じさせることで、プロの役者や通常の脚本では出せないリアリティを映画にもたらした、ナディーン・ラバキー監督の見事な演出が光る本作。

ちなみに、現在ゼイン・アル=ラフィーアは無事にノルウェーへと移住し、家族と共に暮らしているとのこと。

今後も俳優として活動するかは不明だが、その天才子役としての片鱗は、是非劇場でご確認頂ければと思う。

理由2:少年の最後の選択が、観客の心を打つ!

幼い子供が両親を相手に訴訟を起こし、法廷で争うという内容の映画には、コメディ映画として作られた『ペーパー・ファミリー』が過去にあったが、幼くして親に絶望する主人公の気持ちと、中東の過酷な現実が観客の目の前に突きつけられる本作は、両親が悪い、貧困や戦争がいけないなど、そんな単純な理由では割り切れない内容が描かれる、本当の意味での問題作となっている。

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何故なら3年にわたるリサーチ期間の間に、ナディーン・ラバキー監督が見聞きした実際のエピソードを反映させて作り上げた本作は、観客の想像を遥かに超えた中東の厳しい現状が、大きな現実味と説得力を持って観客に迫ってくるからだ。

それだけに、ゼインが最後に決断した両親への訴訟という行動も、12歳の少年が大人や社会に対して取れる最後の抵抗だったのだと、観客が充分に納得・共感できることになるのだ。

更に、ゼインには実の妹に対して兄としての感情以上のものがあったことが匂わされることで、彼の決断が妹のそばにいてやれなかったことへの償いだったと、観客に伝えてくれるのも見事!

加えて、ゼインの両親と同じような境遇にあるエチオピア移民のラヒルの存在により、両者の子供に対する愛情や関心の度合いの差が明らかにされることで、中東地域における子供たちの残酷な現実を、更に浮き彫りにしていく本作。

愛する妹と自身の将来への希望を奪われたゼインが、衝動的に起こした行動とは何だったのか?

妹に対する愛情、そして兄としての責任感から、遂に実の両親に訴訟を起こすに至ったゼインの決断が、単なる親への逆恨みや責任転嫁では無いことが観客にも理解できるだけに、この悲劇の元凶がどこにあるのか? 観賞後に考えずにはいられないこの『存在のない子供たち』。観客の心に深い余韻を残すその結末は、是非劇場で!

理由3:過酷な彼らの生活に、きっとあなたも衝撃を受ける!

両親が不法移民だったために出生証明書を持たず、自身の誕生日すら知らない少年ゼインが辿る、あまりに過酷な現実が描かれる本作。

特に、本人の意志に関係なく11歳で結婚させられるゼインの妹の境遇や、学校に行くことも許されず、家計を助けるために労働しなければならないゼインの姿など、本作に登場する子供たちを次々と襲う社会の暗部には、観ていて心の痛みを感じずにはいられなかった。

特に、自分と同じ年頃の子供たちが学校に通う姿を横目で見ながら働いていたゼインが、勇気を持って両親に「学校に行きたい」と告げたにも関わらず、非情にもそれを却下する父親の描写には、単に生活の貧しさだけが理由ではなく、本作のタイトルにも込められた重大な理由が存在することに、きっと多くの観客が衝撃を受けたのではないだろうか。

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実際、12歳のゼインが夜の街の道路で寝ていても誰も気にかけない状況や、赤ん坊のヨナスに粉ミルクをそのまま舐めさせるシーンなどは、映画の中とはいえ現在の日本では若干問題になりそうなものだったからだ。

実は本作の中で一番印象的だったのは、日本と違い水道の蛇口をひねっても飲み水を得ることが出来ない状況で暮らすゼインとヨナスを救ったのが、ゼインが両親から学んだある”生活の知恵”による商売だったという、実に皮肉な展開の部分だった。

お互いに遠く離れた状況であっても、自分が捨てた親から教わった経験と知恵が結果的に彼の命を生き永らえさせるというこの描写にこそ、親の教育が子供の成長の基礎となることや、離れていてもお互いを結びつける”親子の絆”の存在が込められていると感じたからだ。

それだけに、やっともたらされた将来への希望を胸に両親の元を訪れたゼインに知らされた”ある事実”が、現実の残酷さをより強調することになるのだ。

本来は子供が一番に頼るべき両親が、子供の無限の可能性や将来を蝕む様な存在だったとしたら?

日本でもこうした事件をニュースで目にすることが多くなってきているだけに、本来は固い絆であるはずの血縁関係や、親子の情といった部分が崩壊するまでを描く本作こそ、正に今観るべき内容の映画だと言えるだろう。

最後に

親が不法移民だったため、生まれながらにして出生証明書などの記録が存在せず、病気になっても医者にかかれず命を落としていく子供たち。

幼い頃から大人に混ざって働かざるを得ない彼らが辿る過酷な運命と、将来への希望すら無いその生活に、文字通り心を打ち砕かれた思いで劇場を後にした方も多かったのではないだろうか。

例えば、映画中盤に用意された”ある展開”により、突然ゼインとヨナスの幼い二人にふりかかる災難は、邦画の『誰も知らない』を連想させるものとなっているのだが、無責任な親の身勝手な育児放棄で置き去りにされた『誰も知らない』とは違って、いくら子供に対して愛情があっても、国の法律がそのささやかな幸せをある日突然奪い去る可能性があることが描かれる本作は、より過酷で救いが無い状況を作り出すことに成功しているのだ。

誰も知らない

更に、11歳の女の子が持参金目的や口減らしのために嫁に出されるという、あまりに女性の人権を無視した慣習や、同じ年齢の子供でありながら、学校に通える富裕層と大人に混じって家計を助けるために働かなければならない貧困層が混在する描写が、中東の厳しい現実をリアルなものとして観客に伝えてくれる本作。

もっともらしい理由や大人の事情を匂わせて、ゼインの両親は妹の婚姻を正当化しようとするが、幼いゼインの正直な考えや行動の方が正論であることは、誰の目にも明らかだ。

それだけに、ゼインが両親に対して訴訟を起こすに至った原因と、映画の冒頭で描かれるゼインの境遇に対する理由が判明する終盤の衝撃は、鑑賞後に深い余韻をもたらしてくれるものとなっている。

妹の結婚の件で家出してしまったゼインが出会った、エチオピア移民のラヒルと息子のヨナスが、ゼインに疑似家族的な生活と幸せな日々を与えてはくれるが、実はそれもヨナスの世話という労働と引き替えに得られるものに他ならない。

それを象徴する様に、映画の終盤でラヒムが真っ先に気にするのが我が子ヨナスの行方であり決してゼインの無事ではない点も、現実の残酷さと彼の行き場のない孤独を象徴していて、実に見事!

実の両親と暮らした日々よりも、赤の他人であるラヒム母子との生活の方が遙かに幸せそうに見える描写から、果たして家族や親子にとって重要なのは血縁関係なのか、それとも確かな愛情やお互いへの思いやりがそれを越えるのか? そんな考えが頭に浮かんで仕方がなかった本作。

不法移民の存在や貧困も確かに原因の一部かもしれないが、やはり一番の原因は他者への無関心や現状へのあきらめの気持ちであることを、12歳のゼインの行動から教えられた気がしたと言っておこう。

CG合成や派手なアクションは無いが、衝撃的な題材と出演キャストの見事な演技が観客の心を掴んで離さない傑作なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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