『海街diary』実写映画化作品として理想的になった3つの理由



(C)2015吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ 


本日6月9日、映画『海街diary』が地上波で放送されます。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずという邦画界の(最強チーム的な意味で)アベンジャーズな女優陣が集結しており、かわいい4姉妹の生活をずっと観ているだけで幸せになれる、素晴らしい作品であることは言うまでもありません。

吉田秋生による原作マンガは、各エピソードがそれぞれ独立している“オムニバス”に近い作品でした。映画ではそれらを再構成およびアレンジすることで、映画としてのダイナミズムを感じられ、かつ「是枝裕和監督に実写映画化してもらってよかった!」と心から思える内容になっていました。どういったところに工夫があり、映画独自の魅力があるのか、以下より解説してみます。

※以下からは映画『海街diary』本編の内容に少しだけ触れています。核心的なネタバレはありませんが、まだ映画を観たことがないという方はご注意ください。

1:“初めて涙を見せる”シーンでの大きな変更点とは?


『海街diary』の映画と原作マンガとの違いで、最も大きいことの1つと言えるのが、末っ子のすず(広瀬すず)が初めて涙を見せるシーンです。原作の彼女は「降るような蝉の声をかき消すことができないほど、すずちゃんの泣き声は激しかった」と表現されるまで、絶叫するかのように泣いていたのですが、映画では“いつの間にかに涙が出ていた”というくらいに留めていました。

ここですずの感情を完全に表に出さなかったことが、映画全体に緊張感を与えています。一見すると“大人よりもしっかり者”のすずが、本音ではどう思っているか、どんな感情を“溜め込んでいる”のか、それが序盤でははっきりとわからないのですから。物語上は大きな事件がさほど起きないにも関わらず、興味が持続する、退屈することがないというのは、この“涙”の変更点が大きく働いているのです。

そのすずの本当の気持ちは、酔っ払ってしまった時につい口に出た“文句”や、花火の後に同級生の男の子へ告げた言葉などで、じわじわと示されていきます。そして、初めて涙を見せていたシーンに“似た場所”ですずが叫んだ言葉は、これ以上のない開放感に溢れていました(そのすぐ後に小さく口にする言葉には泣ける……)。

また、物語の“始まりと終わり”が似ている(しかし本質は異なる)というのは、ファーストシーンで次女の佳乃(長澤まさみ)がベッドで彼氏と寝ていて、ラストが海辺になっていることにも共通しています。性行為と海のどちらもが“命の始まり”と呼べるものなのですから。何気無い日常を淡々と描いているようでいて、実はこのように巧みな構成で物語が作られているというのも、是枝裕和監督作品の大きな魅力なのです。

2:アフロヘアをやめたことにも重要な意味があった!


細かいようでいて、原作からの大きな変更点であると感じたのが、三女の千佳(夏帆)がアフロヘアではなくなったことです(映画では原作マンガの初めの数ページだけだったお団子ヘアのままになっていています)。実は、この変更点は是枝裕和監督が映画化における“勝因”として挙げていたことでもあったのです。

是枝監督が原作のように千佳をアフロヘアにしなかったのは、「人間としてわかりやすくなりすぎてしまうから」というのが理由なのだとか。確かに、原作にあった“お葬式の前に彼氏の店長とお揃いのアフロヘアにしてしまう”という出来事だけで、彼女のつかみどころのない性格と破天荒さ、ある種の美意識や趣味さえも簡単に示してしまっていると言えますよね。

しかし、映画はそうした“わかりやすさ”がなくても、ほんの少しの言葉ややり取りから、その人となりや背景を知っていくことができます。自然な会話で構成される是枝監督作品では、その面白さや奥深さがさらに際立っていると言っていいでしょう。つまりアフロヘアをやめたことは、単にビジュアル的な違和感を無くしたことだけに留まらず、是枝監督作品にある“その人を知っていく”作家性にぴったりとマッチしていたということ、確かな意義があったということなのです。

余談ですが、映画での千佳がなぜか部屋の中で釣竿を出していて、佳世が“いつものこと”のように足早に跨いでいくというシーンがあります。「なんで千佳はこんなジャマなことをしているの?」と誰もがツッコミたくなりますが、終盤の店長の会話でやっとその意味がわかるようになっています。これもまた、“その人を知っていく”面白さですよね。

3:実写映画にすることで、さらに際立った魅力があった


マンガも映画も、どちらも物語を伝える素晴らしいものであることを前提として、“映画でしか出せない魅力”もあります。それは(言うまでもないことですが)生身の人間が演じるということ、実際の風景を切り取れるということなど。そして、それこそが『海街diary』の物語に通底するテーマや精神性にも大きく関わっているとも言えるのです。

そのテーマの1つと言えるのが、「生きてる者はみんな手間がかかる」「神様っていうヤツに腹が立つ」などのセリフに代表されるような、生きることの難しさや人生の“ままならなさ”です。しかし、同時に生きることは喜びにも満ちていること、そこにこそ人の尊さや愛おしさがあるように、映画を観終われば感じられるのではないでしょうか。

映画でそのテーマがさらに浮かび上がったようにも思えるのは、“食べる(食事を作る)”シーンが多いことも理由なのではないでしょうか。“しらすトースト”などは原作にもありますが、実写作品で描かれたことにより、さらに美味しそうでマネをしてみたくなります。何より、食べることは生きることに直結するだけでなく、(少し面倒くさかったとしても)喜びにも満ちている行為なのですから。

自転車の2人乗りをしながら“桜のトンネル”を通るシーンの美しさと爽快感も格別です。こちらも原作もあったものなのですが、実際の風景(ロケ地は愛鷹運動公園の外周道路)をクレーンで撮影したこと、音楽との融合もあって、やはり“実写でしか出せない魅力”に満ち満ちた、生きることの喜びそのものを表現する名シーンに仕上がっていました。

その他、女優陣たちが実年齢にマッチしたキャラクターを生き生きと演じていること、鎌倉という舞台全体が魅力的に撮られていること、季節の移り変わりも感じられることは言うに及びません。原作で印象的だったセリフをしっかり汲み取りながらも、実写作品でも違和感がないようにアレンジされたシーンも数多く、あらゆる点が“原作マンガの精神を忘れずに”、“映画(実写)でしか出せない魅力”を引き出している……もう、これ以上の工夫はできないとも言えるのではないでしょうか。

なお、是枝裕和監督は原作マンガを「過ぎ去った時間が、時と共に自分の中で形を変えていく話」と捉えていたそうで、筆者もこれに同意します。4姉妹にそれぞれどのような変化が訪れたのか、過去とどのように向き合い、これからどのように生きようと考えたのか……映画では説明的なセリフに頼ることなく、そのことが存分に伝わるようになっています。是枝監督が考えていた、原作の精神性やテーマを描くことに成功していることは間違いないでしょう。



(C)2015吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ 



おまけその1:『万引き家族』にもある、花火のシーンの意味とは?


本作では“花火を観る”シーンが象徴的に使われています。また子供のすずは“大人の助け”(漁船で海に出る)のおかげで打ち上げ花火を最高の環境で観ることができますが、“大人として”残業をしていた佳乃は会社の屋上から花火を観るしかなく、千佳は少しだけ花火の音に反応するものの彼氏の店長との会話を始めます。いわば、花火というものの向き合い方だけで、それぞれの性格や立ち位置がわかるようになっているんですね。

そして、すずが家に帰ってくると、長女の幸(綾瀬はるか)が、珍しく浴衣を着て「やろうよ花火、4人で」と誘ってくれます。4人姉妹が一緒に、“近く”の綺麗な花火を見つめているということが、彼女たちの幸せそのものを象徴しているようにも思えてくるでしょう。

そして、現在公開中の是枝裕和監督の最新作『万引き家族』でも、花火のシーンがあります。ネタバレになるので詳細は伏せておきますが、その家族の“花火の楽しみ方”が、『海街diary』と同様に(しかし正反対の)家族の姿を映し出しているようでもあるのです。ぜひ、この花火のシーンを観比べてみてください。

※『万引き家族』の記事はこちら↓
『万引き家族』モラルに問題のない3つの理由(ワケ)

おまけその2:合わせて観てほしい3つの映画はこれだ!


最後に、公開中の『万引き家族』の他に、『海街diary』と合わせて観てほしい3つの映画を紹介します。

1.『ファミリー・ツリー』






妻(母)がボートの事故に遭って昏睡状態になってしまい、家族崩壊の危機が訪れるという物語です。主人公が“過去”と向き合おうとしたり、“浮気”が物語のファクターになっていることなど、『海街diary』とは多くの共通点がありました。

ハワイの風景も魅力的に撮られており、観光気分が味わえるというのも大きな長所。悪く言えば地味な内容でもあるのに、計算し尽くされた構成のおかげで最後まで全くすることがないのも見事です。派手な展開がなくても、映画は演出・脚本・役者の魅力でここまで面白くなる、という1つの証拠とも言えます。『海街diary』と同様に(あるいはそれ以上に)「家族との向き合い方」も学ぶことができますよ。

2.『ホーホケキョ となりの山田くん』




『海街diary』の幸は怒っていることが多く、すずはあまり本音を言えなかったために苦しんでいました。それはひとえに彼女たちが“しっかりとしすぎた”ためでしょう。意地を張りすぎて家族の誰かと衝突してしまったり、はたまた悩みすぎて相談できなかったりといった経験は、誰もが思い当たることなのではないでしょうか。

そうした家族関係で悩みがちな方の一種の清涼剤となるのが、故・高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』です。こちらは「もっと楽に生きてもいいよ」「家族との向き合い方ももう少し適当でもいいのでは?」というメッセージを掲げた作品になっているのです。『海街diary』の精神性とも、けっこう近い内容になっていますよ。

※『ホーホケキョ となりの山田くん』の記事はこちら↓
高畑勲監督の最高傑作は『ホーホケキョ となりの山田くん』である! 厳選5作品からその作家性を語る

3.『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』




(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 



こちらは7月14日より公開の映画です。『海街diary』とは、マンガの実写映画化作品であることや、思春期の子供が“(学校での)居場所”を探す物語であることなどが共通しています。原作マンガでは山に囲まれた場所が舞台だったのですが、映画では海沿いの街に変えることで『海街diary』と同様に画の一つひとつが美しく仕上がり、若手女優の瑞々しい魅力を引き立たせることにも成功していました。

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、ほんの少しセリフや仕草からその人となりがわかる繊細な話運び、感動をさらに増すマンガからのアレンジなどの工夫もふんだんで、マンガでは表現できない“音楽”の魅力にも満ちているなど、実写映画化する意義を「これでもか!」と感じられる素晴らしい作品に仕上がっていました。2018年は他にも『ちはやふる -結び-』『ミスミソウ』『恋は雨上がりのように』と青春映画の、マンガの実写映画化の新たな大傑作と言える作品が次々と生まれて嬉しい限り! 『海街diary』もまた、時が経って繰り返し観たくなる名作として、多くの方に親しまれ続けることを願っています。

※『恋は雨上がりのように』の記事はこちら↓
『恋は雨上がりのように』は青春映画の新たな名作!その5つの理由を全力で語る!

(文:ヒナタカ)

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