篠田正浩の映画を観ると、奇妙な感触が残る。
画面は端正で、構図は静かで、人物の動きもどこか節度がある。
なのに、胸の奥にだけ“ざらつき”が残っていく——その違和感こそが、篠田映画の快楽だ。
国立映画アーカイブは、篠田正浩が1960年の第2作『乾いた湖』で「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」の旗手として注目を集めた、と解説している。
そして、その乾いた感覚は1964年の『乾いた花』で鋭利なスタイルへ結晶し、1979年の『夜叉ヶ池』で伝説と特撮の“水量”へと姿を変える。
今回はその流れを、公開年順にたどっていきたい。
『乾いた湖』——60年安保の空気を、青春の「冷え」で撮る

『乾いた湖』は榛葉英治の新聞連載小説を寺山修司が脚色し、篠田正浩が監督、武満徹が音楽を担当した青春映画で、公開年月日は1960年8月30日、本編尺は87分。
篠田の監督第2作であり「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」の代表作の一つと位置づけ、60年安保闘争で揺れる大学を背景に、運動を軽蔑し自堕落な生活に溺れる青年(三上真一郎)の破滅を描く、と解説している。

ここで篠田が面白いのは、「政治」を正面から叫ばないことだ。
むしろ、政治の熱が若者の生活へ染み込み、理想と虚無が同居してしまう“空気”を撮る。
テロリストを夢見る学生が刹那的な遊戯に耽り、ある出来事をきっかけに政界の黒幕を追い詰めようとする——という輪郭を示している。
俳優の見どころも明確だ。
岩下志麻が本作で映画デビュー。
“まだ何者でもない顔”が、そのまま時代のノイズになる。
学生・初心者が観ても、ここには「青春映画が社会の体温を背負う瞬間」が確かにある。
『乾いた花』——虚無が美しい。だから恋は痛い

『乾いた花』は石原慎太郎原作の短編を篠田正浩が映画化した作品で、公開年月日は1964年3月1日、本編尺は96分、モノクロ。
主演は池部良、ヒロインは加賀まりこ。
音楽は武満徹。
本作が「難解」を理由に8ヶ月公開を延ばした後、「反社会的」という理由で成人映画に指定された、と言われている。

物語は“やくざ映画”の骨格を持ちながら、決して分かりやすい勧善懲悪へは行かない。
主人公・村木が生を実感するのは「賭けの緊張感とその後の虚脱感」だ。
つまりここで描かれているのは、情熱ではなく、情熱の“代用品”に取り憑かれた孤独。
だからこそ、冴子(加賀まりこ)の危うい魅力は、恋というより「落下」に近い速度で迫ってくる。
そしてこの作品は“篠田映画らしい”。
第72回ベルリン国際映画祭のクラシック部門で『乾いた花 4Kデジタルリマスター版』が2022年2月14日にワールドプレミア上映された。
公開当時“問題作”として扱われた作品が、時間を経て、スタイルの鋭さそのものとして甦っている——この事実が、『乾いた花』の凄さをいちばん端的に証明している。
『夜叉ヶ池』——伝説は、映画の「水量」で蘇る

『夜叉ヶ池』は泉鏡花の原作を篠田正浩が1979年に映画化した意欲作で、坂東玉三郎が百合と竜神白雪姫の二役を演じた。
本作の圧巻は、幻想世界を“見世物”ではなく“運命”として成立させた物量だ。
特撮監督・矢島信男の指揮のもと、セットで50トンの水を使い大洪水シーンを実現し、クライマックス撮影のためにブラジルのイグアスの滝やハワイなど海外ロケも敢行した、と紹介している。
マーティン・スコセッシが篠田へ宛てた手紙の中で、玉三郎の演技と演出手法を称賛した旨を記している。

“女形”という日本独自の美が、映画のスクリーンで妖しく変貌する瞬間。
そこに冨田勲の音が重なることで、幻想は単なる古典の翻案ではなく、現代の観客の皮膚に触れる体験へ変わっていく。
さらに、作品の「現在性」も確認しておきたい。カンヌ公式は、Cannes Classicsとして『Demon Pond(夜叉ヶ池)』の修復版を紹介し、篠田を日本ニューウェーブの先駆者と位置づけたうえで、本作を“最も特異な作品の一つ”と述べている。
3本を続けて観ると見える、篠田正浩の“核”
『乾いた湖』が捉えたのは、時代の熱に触れながら、心だけが冷えていく若者の破滅。
『乾いた花』が突き詰めたのは、生の実感を賭けの緊張と虚脱にしか見いだせない孤独の美学。
『夜叉ヶ池』が到達したのは、日本の伝統・演劇・特撮を総動員し、幻想を“実在する災厄”として立ち上げる映画の水量。
乾いた時代を撃ち抜いた目が、そのまま神話の深部へ潜る。
この振れ幅は、器用さではなく執念だ。
篠田正浩の映画は、いつも美しい。
けれど、その美しさは人を救うためではなく、目を逸らしてきたものを“見える形”にするためにある——この3本は、そのことを最も鮮烈に教えてくれる。
配信サービス一覧
『乾いた花』
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『夜叉ヶ池』
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