新作『八つ墓村』9月18日公開!清水崇が令和に蘇らせた“祟り”と、1977年・野村芳太郎版の衝撃

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頭に二本の懐中電灯。
手には猟銃と日本刀。
満開の桜の中を、血にまみれた男が走ってくる――。
映画を観たことがなくても、この異様なビジュアルをどこかで目にしたことがある人は少なくないのではないだろうか。

横溝正史の代表作『八つ墓村』。

1977年、野村芳太郎監督によって映画化された同作は、山崎努演じる多治見要蔵の“32人殺し”や「祟りじゃ〜」という強烈な宣伝によって社会現象級の大ヒットとなった。
そして約半世紀を経た2026年9月18日、『八つ墓村』が再びスクリーンへ帰ってくる。

監督は『呪怨』シリーズなどで日本のみならず海外にもその名を知られる清水崇。

なぜ今、『八つ墓村』なのか。
そして、2026年に新たな映画が作られるほど、1977年の野村芳太郎版はなぜ特別なのか。
今回は、新作『八つ墓村』から、今なお日本映画史に異彩を放つ野村芳太郎監督版まで、二つの“八つ墓村”をたどってみたい。
※本稿では物語の核心となる犯人や結末には触れません。

2026年9月18日、『八つ墓村』が再び映画館へ

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA

新たな『八つ墓村』でメガホンを取るのは清水崇。
金田一耕助を尾上松也、物語の中心人物となる青年・井川辰弥を奥智哉、森美也子を堀田真由が演じる。
さらに、高島礼子が田治見家の双子・小竹と小梅を一人二役で演じ、滝藤賢一も田治見要蔵と久弥という二役を担当。
磯川警部に小籔千豊、矢島巡査部長に中村莟玉と、個性的なキャストが顔をそろえた。
脚本は尾ヶ井慎太郎と清水崇。
上映時間は117分。
横溝正史の同名小説を原作としながら、舞台は現代へと置き換えられている。
主人公・井川辰弥は、就職活動がうまくいかず将来も定まらない大学生。
疎遠だった母の死をきっかけに、自分の出生にまつわる秘密を知った辰弥は、自らのルーツが存在する「八つ墓村」へ向かうことになる。
そこで知らされるのが、自分が田治見家の莫大な遺産を相続する立場にあるという事実。
しかし辰弥の帰郷を境に、村では次々と不可解な事件が起こり始める。

「八つ墓村」という土地に封印されていた過去が、現代に生きる青年を飲み込んでいく。

新しい金田一耕助は、辰弥と行動する“バディ”

2026年版で興味深いのが、金田一耕助と辰弥の関係だ。
従来の金田一ものでは、事件の当事者たちから一歩離れた場所に探偵が立ち、複雑に絡み合った人間関係をほどいていく構図も多い。
ところが今回は、辰弥が八つ墓村へ向かう過程で金田一と出会い、二人がともに事件の深部へ入っていく。
新作ではこの二人の“バディ感”も、大きな見どころになっている。
尾上松也が演じる金田一も、過去の名優たちによる金田一像をそのまま再現したものではない。
和装に山高帽というおなじみのイメージを単純に現代へ持ち込むのではなく、2026年の風景の中に存在していても不自然ではない、新たな金田一像が模索されている。
約80年前に生み出された名探偵を、現代にどう存在させるのか。
その試み自体が、今回の『八つ墓村』の面白さのひとつだ。

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA

清水崇が『八つ墓村』に持ち込む“フォークホラー”

そして何より気になるのは、やはり清水崇が監督しているということだろう。
『呪怨』をはじめ、日本のホラー映画を世界へ届けてきた監督が、横溝正史の『八つ墓村』を撮る。
それだけ聞けば、かなり恐ろしい映画を想像してしまう。
だが今回、清水監督が目指しているのは単純な恐怖描写の増量ではない。
原作や過去の映像化が持つ怪奇性を引き継ぎながら、仮面や御神楽などオリジナルの要素も加え、“フォークホラー”の感触を作品へ持ち込んでいる。

村。
祭祀。
閉ざされた共同体。
外からやってきた人間。
代々受け継がれてきた何か。

こうしたモチーフは『八つ墓村』そのものと非常に相性がいい。

しかも清水監督自身、1977年の野村芳太郎版を高く評価しており、あまりにも完成度が高いため、「今、新たに作る必要があるのか」と監督を引き受けることに迷いもあったという。

つまり2026年版は、1977年版をなかったことにして作られた『八つ墓村』ではない。

むしろ巨大な先行作品の存在を真正面から意識しながら、それでも“現在の『八つ墓村』”を作ろうとした映画なのである。

辰弥を「現代の大学生」にした意味

今回、特に重要なのが辰弥の設定だ。
2026年版の井川辰弥は大学生。
就職活動に苦戦し、将来がまだ定まっていない。
そんな青年が突然、
「あなたはどこから来た人間なのか」
「あなたの親は誰なのか」
「あなたには何が受け継がれているのか」
という問題を突きつけられる。

『八つ墓村』という作品にはもともと、“自分では選べなかった血筋や過去に人生を揺さぶられる人間”というテーマがある。
それを2026年の若者へ置き換えたことで、「自分は何者なのか」という物語がより前面へ出てくる。
奥智哉自身も、辰弥について単に事件に巻き込まれる人物ではなく、その経験を通して変化していく“成長物語”として捉えている。
昭和の因習ものをそのまま復活させるのではない。
現代の若者が、過去と血と共同体に出会ったらどうなるのか。

そこに今回の映画化の意味がありそうだ。

約50年前と“同じ田治見家”で撮影

さらに映画ファンにとってたまらないのがロケーションだ。
2026年版は岡山県内各地で撮影されており、そのひとつが高梁市にある「広兼邸」。
巨大な石垣を持つ、江戸時代末期に建てられた庄屋屋敷である。
実はこの広兼邸、1977年の野村芳太郎版『八つ墓村』でも、田治見家の屋敷として使用された場所だ。
約50年前に『八つ墓村』を撮影した場所へ、新しい『八つ墓村』が帰ってきた。

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA

さらに2026年版に農夫役で出演する五頭岳夫は、1977年版にも当時の芸名「小林直二」で村人役として出演している。
しかも製作陣はキャスティング時、その事実を知らなかったという。
場所だけではない。
人まで、半世紀を越えて八つ墓村へ戻ってきたのである。
こうなると、少々「祟りじゃ〜」と言いたくなる。
そしてここまで来れば、当然気になってくる。

清水崇がそこまで強く意識した、1977年の『八つ墓村』とは、一体どんな映画だったのか。

1977年、野村芳太郎が作った『八つ墓村』

©1977 松竹株式会社

1977年版『八つ墓村』。
監督は野村芳太郎。
脚本は橋本忍。
撮影は川又昂。
音楽は芥川也寸志。
主演は萩原健一。
森美也子を小川眞由美、多治見要蔵と久弥を山崎努、そして金田一耕助を渥美清が演じている。
ここでスタッフの名前を見て、映画ファンなら気づくだろう。
野村芳太郎、橋本忍、川又昂、芥川也寸志。

1974年の名作『砂の器』を作り上げた主要スタッフである。
社会派サスペンスの金字塔を世に送り出したチームが、次に横溝正史の怪奇ミステリーへ挑んだ。

上映時間は実に151分。
完成までに費やされた期間は2年3カ月。
120人を超えるキャスト、延べ2000人以上のエキストラが参加し、日本各地で大規模なロケーション撮影が行われた。
現在ではなかなか考えにくい規模で作られた、文字通りの大作だった。

主役は渥美清の金田一ではなく、萩原健一の辰弥

野村版を初めて観る人が驚くポイントがある。
金田一耕助役は渥美清。
それだけ聞けば、「寅さんが金田一?」という驚きもあるが、それ以上に意外なのは、金田一が映画の中心人物ではないことだ。
主人公は、萩原健一演じる寺田辰弥。
東京で暮らしていた辰弥は、ある日突然、自分の出生にまつわる秘密を知らされる。
やがて森美也子に導かれ、自らが生まれた八つ墓村へ。
そこには、約400年前に殺された8人の落武者にまつわる伝説と、数十年前に発生した多治見要蔵による“32人殺し”の記憶が残っていた。
そして辰弥が村へ帰ってきたことで、再び人が死に始める。
村人たちは言う。
「辰弥が帰ってきたからだ」
「祟りだ」
渥美清の金田一は、その狂騒の中心で派手に動き回るのではない。
人々から話を聞き、村を歩き、事件を見つめる。
松竹が金田一を「語り部に徹している」と説明しているように、物語の中心にいるのはあくまでも辰弥だ。
だから野村版『八つ墓村』は、単純な“名探偵もの”とはまったく違う。

自分の過去を知らなかった一人の青年が、突然巨大な因縁の中へ放り込まれる映画なのである。

©1977 松竹株式会社

山崎努の“32人殺し”が、いまだに怖すぎる

そして『八つ墓村』といえば、やはり山崎努。
多治見要蔵である。
頭には二本の懐中電灯。
猟銃と日本刀。
夜の村。
そして桜。
文章だけなら奇妙な装いに思える。
しかし映画で目にすると、恐ろしくて仕方がない。
暗闇の向こうから二つの灯りが近づいてくる。
そこに浮かび上がる男。

血。
銃。
刃物。
舞い散る桜。

惨劇であるはずなのに、異様なほど映像が美しい。
むしろ、美しいからこそ怖い。
この多治見要蔵の“32人殺し”は映画の一場面を超え、『八つ墓村』そのものを象徴するイメージとなった。
山崎努は本作で、要蔵とその子・久弥を一人二役で演じている。
過去の狂気と現在。

親と子。
血。
このキャスティングそのものが『八つ墓村』という物語を象徴しているようにも見える。

©1977 松竹株式会社

「祟りじゃ〜」は、映画を観ていない人にまで届いた

もうひとつ、野村版を伝説にしたものがある。
「祟りじゃ〜」
である。
公開当時、この言葉を前面に出したテレビスポットが大量に流れ、一種の流行語にまでなった。
特に強烈なのが、
山崎努演じる要蔵。
舞い散る桜。
そして、
「祟りじゃ〜」
という声。
この組み合わせである。

映画を観ていない人まで『八つ墓村』を知っていた。

現代なら、予告編のワンシーンや短尺動画がSNSで爆発的に拡散した状態に近いかもしれない。
そして、その巨大な宣伝効果もあって映画は大ヒット。
松竹の社史には興行収入40億円を超える成功を収めたことが記録されている。
ちなみに当時使われていた別指標の配給収入では約19億8000万円とされる。
数字を見る際は「興行収入」と「配給収入」を混同しないよう注意したい。
いずれにせよ、『八つ墓村』が1977年を代表する大ヒット映画の一本だったことは間違いない。

原作者・横溝正史が望んだ「渥美清=金田一耕助」

現在では変化球のようにも見える渥美清の金田一。
しかし実は、このキャスティングを強く望んだのは原作者の横溝正史だった。
『男はつらいよ』の車寅次郎として国民的人気を得ていた渥美清。
その人物が金田一を演じる。
だが映画の中に寅さん的な陽気さが前面に出てくるわけではない。
飄々としている。
どこか人間くさい。
しかし人々の言葉を静かに観察している。
辰弥が村の中で翻弄される“当事者”なのに対し、金田一はほんの少し外側にいる。

この距離感が、野村版独特の味になっている。

『八つ墓村』は「犯人は誰?」だけの映画ではない

もちろん『八つ墓村』はミステリーだ。
事件には犯人がいる。
動機がある。
そして金田一は謎を解いていく。
しかし野村版がすさまじいのは、犯人が分かればすべてが終わった、という気分にならないことだ。
人間による犯罪だった。
ならば「祟り」は存在しなかったのか。
それほど単純ではない。
400年前に殺された8人の落武者。

多治見要蔵による大量殺人。
そして現在。

誰かが誰かを傷つけ、その記憶が土地や家に残り、次の世代にまで影響していく。
それを祟りと呼ぶのか。
因果と呼ぶのか。
人間の業と呼ぶのか。
松竹自身、野村版について、単なる謎解きを超えて「怨念の実在」を描いた作品と位置づけている。
ここが、野村版『八つ墓村』を普通のミステリーとは違う映画にしている。

©1977 松竹株式会社

実は野村版も「当時の現代版『八つ墓村』」だった

そして今回、新旧の『八つ墓村』を並べてみると、非常に面白いことが見えてくる。
1977年版もまた、原作をそのまま時代劇的に映像化した映画ではなかった。
横溝正史の原作本編は戦後を舞台としている。
しかし野村芳太郎は、物語を映画公開当時の1977年へ移した。

つまり野村版もまた、

1977年の観客に向けて作られた“現代版『八つ墓村』”

だったのである。

科学が発達しても。
社会が変化しても。
人は「祟り」を恐れる。
家や血や土地に縛られる。
だから1977年版の八つ墓村は、遠い昔の出来事ではなかった。
そして2026年。
清水崇もまた、横溝正史の物語を現代へ移した。
1977年の寺田辰弥。
2026年の井川辰弥。
約半世紀の時間が流れても、自分の知らなかった過去を突きつけられ、自分は何者なのかを問われる青年の姿は変わらない。
ここに、今回あえて『八つ墓村』を再び映画化する意味があるのではないだろうか。

1977年と2026年――二つの『八つ墓村』を見比べたい

2026年9月16日には、野村芳太郎版『八つ墓村』の4Kデジタル修復版が4K UHD/Blu-ray/DVDで発売された。
さらに9月23日には新宿ピカデリーで、1977年版4Kデジタル修復版と2026年版の二本立て上映も予定されている。
新作が公開される。
その一方で、約50年前の『八つ墓村』も鮮やかな映像で蘇る。
こんな機会はめったにない。
2026年の清水崇版を観たあとに、1977年の野村芳太郎版を観てもいい。
逆でもいい。
二本を続けて観れば、単なる「旧作と新作」という関係ではないことに気づくはずだ。
二人の監督がそれぞれの時代に横溝正史を読み、
「今の観客にとって『八つ墓村』とは何なのか」
を考えた二本の映画なのだ。

「祟りじゃ〜」だけで知った気になるには、もったいない

野村芳太郎版『八つ墓村』は、あまりにも有名だ。
山崎努。
懐中電灯。
32人殺し。
桜吹雪。
「祟りじゃ〜」。
だが、それだけでこの映画を知った気になってしまうには、あまりにも惜しい。
ミステリー。
ホラー。
怪奇幻想。
巨大な地下洞をめぐる冒険。
そして、自分のルーツと向き合う一人の青年の物語。
あらゆるジャンルが151分の中で混ざり合っている。
そして2026年。
清水崇が、再び八つ墓村の扉を開く。

新しい金田一耕助。
新しい辰弥。
新しい恐怖。

しかし、その奥に潜んでいるものは、約50年前とそれほど変わっていないのかもしれない。
血。
土地。
家。
共同体。
そして、人間の心に残る過去。
9月18日、新しい『八つ墓村』が始まる。
その前でも、そのあとでもいい。
ぜひ1977年の八つ墓村にも足を踏み入れてみてほしい。
そして二つの映画を見比べてみてほしい。
おそらく最後には、こう思うはずだ。
――八つ墓村は、まだ終わっていない。

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