映像作家クロストーク

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2023年06月08日

【対談】カザフスタン出身の世界で活躍する25歳 アイスルタン・セイトフ 監督×『父と娘の風景』柳沢翔 監督 ┃「世界で活躍する映像作家になるには?」

【対談】カザフスタン出身の世界で活躍する25歳 アイスルタン・セイトフ 監督×『父と娘の風景』柳沢翔 監督 ┃「世界で活躍する映像作家になるには?」


重要なのは「自分の脳を信じないこと」

今年の春に公開した柳沢が制作した相鉄・東急直通線開業記念ムービー。父と娘の12年を“50人ワンカット”で描く

──アイスルタンさんから柳沢さんに聞いてみたいことはありますか?

アイスルタン:先のポカリスエットのCMや最近の相鉄のCMみたいに突拍子もないアイデアは、どうやって生まれるんですか? 例えば、最初から完成形が見えているのか、それとも時間をかけて少しずつ作られていくんですか?

柳沢:父親がエンジニアだったり家具職人だったりする変わった人なんだけど、よく「公式化しろ」って言われて育ちました。要約すると、脳には常に調子が良い時と悪い時があるから、それに振り回されるなって事なんだけど。脳味噌を使わなくても常に一定のクオリティのモノを出せる様に公式を作っとけと。それで今日は調子がいいな!って日にソレを客観的に見て本当に面白い物を作れって事なんです。

アイスルタン:なるほど。

柳沢:フレッシュなアイデアって、自分が作ったモノを批評家視点で「クソつまんねーな」と冷たく斬るフェーズが必要だと思うんですけど、その「斬られるベース」作りに脳とかあんま使うなよって事だと思います。アイスはどういう手段でアイデアを生み出しているの?

アイスルタン:そのときによっていろいろ変化はあるけど、例えばここ2週間くらいは普段と比べて面白い状況に立たされているから、いろいろなアイデアが浮かんできて、毎日のように10~15のアイデアを書き留めている状態。ジャンルの縛りがないからこそ、場合によってはろくでもないアイデアかもしれないけど、自分に制限をかけちゃいけない。それは最近気づいたことですけどね。

もっとも個人的なことは銀幕上で輝く

アイスルタンが制作した長編映画『QASH』のティザー映像

──ところで、アイスルタンさんの今回の来日の目的は?

アイスルタン:実は長編映画『QASH』を完成させたばかりで、疲れ切ってしまっていて。そこで、今年1年間は自分のインプットのためにいろいろ見てみたくて、そのうちのひとつに日本を観てまわることが含まれていたんです。

──なるほど。そういえば、SNSでVaundyさんと一緒にいる写真がアップされていましたよね。

アイスルタン:彼には仕事抜きで会って話をしただけなんだけど、すごくインスピレーションを受けました。まだ何も決まってはいないんですけど、そのうち一緒にやれたらと思っています。

──Vaundyさんのことは以前から知っていた?

アイスルタン:はい。「踊り子」という曲のミュージックビデオを通して知りました。僕の地元では有名ですよ。

──アイスルタンさん初の長編映画『QASH』は、柳沢さんもご覧になったそうですね。

柳沢:ちょっと前までユーロスペースで試写をやっていて、観に行きました。撮影は大変だった?

アイスルタン:映画学校時代に戻ったかのようで、すべてが大変でした。台本を書くところから始まり、何から何まで大変だったけど、一番難しかったのは編集。もちろんすべての段階が重要だとは思うけど、編集を行うことによって初めて映画が生を受けるから。

柳沢:2時間の長編映画とそれ以前に手がけた短編映像とでは、制作の向き合い方に違いはあった?

アイスルタン:短編はある一瞬の感情を表現することに特化できるけど、長編は数多くのシーンがあるので、それをすべてつなげてひとつの大きな世界観を作らなくてはいけない。とても大変な作業で、それ以前の考え方を変えなくてはいけませんでした。

『QASH』の場面写真より

──『QASH』はどういう内容なんですか?

アイスルタン:1931年にカザフスタンがソ連の一部になり、その後に悲惨な飢饉の時期を迎える。映画ではこの時代を生き抜こうとした人を描いています。この映画を通してカザフスタンがどれだけの悲劇に遭ったのか、どんな苦しみを味わってきたのかを世界中に伝えたかったんです。

柳沢:全体を通してフィルムの温度感が低く、音楽も最低限で荒涼としたカザフスタンの原風景に乾いた風の音が響く……まさにアイスの伝えたかった事を「体感する」非常に誠実な作品だと思いました。カットバイのレイアウトがライティング含めものすごく美しくてびっくりしたんですけど、この前飲んだ時に全体予算を聞いてびっくりした(笑)。ものすごいアイデアと努力であの重厚さを生み出してたんだなと思ったよ。

アイスルタン:翔さんにそう言ってもらえるのが、一番うれしいですよ。実は、今回のデビュー作品では黒澤明監督作品やスタジオジブリの『火垂るの墓』など、日本の映画から多大な影響を受けているんです。

柳沢:フィルムトーンに銀残し感があったね。


──先ほどのVaundyさんもそうですが、アイスルタンさんから見て日本のクリエイティビティには特別なものがあるんでしょうか?

アイスルタン:カザフスタンから日本を見て思うのは、自分のルーツを失わず、ちゃんと掴み取った状態で世界へ翔けるところが素晴らしいなと思っていて。クリエイターとしてどれだけ自分を変えることなく、世界に通用することができるというのが、すごく重要だと感じています。

──この映画は今後、一般公開の予定はあるんでしょうか?

アイスルタン:日本での配給がまだ決まっていなくて。できることなら『東京国際映画祭』に出展して、そこから配給につなげていきたいと思っています。

柳沢:ミュージックビデオやCMの世界に戻ることは考えているの?

アイスルタン:できることなら映画を撮り続けたいけど、ミュージックビデオや短編作品にもそれぞれの良さがあるので、できることなら僕も(柳沢が制作した)相鉄やポカリスエットのCMみたいな映像を作ってみたいです(笑)。

柳沢:ありがとう(笑)。



アイスルタン:翔さんは長編映画を撮らないんですか?

柳沢:僕は人が去っていくことに恐怖を感じていて。例えば、僕の両親が死んでしまうこともそうだし、失恋もそう。自分のもとからいなくなるくらいなら、最初からないことにしてしまおうと思うぐらいに怖いんです。何かを作るということはその恐怖を超えていくことだと思っているので、そういったテーマでいつか映画を撮れたらなと思います。

アイスルタン:長編映画を作るにあたって、僕はまず自分を分析していくことが必要だと思っていて。自分を細かいところまで知っていくことになるので、その中で自分が恐れているもの、自分に付きまとうものを全部理解することは大きな一歩だと思いますよ。もっとも個人的なものが銀幕上では一番美しく輝くと思うので、今から翔さんの長編映画を楽しみにしていますね。

柳沢:ありがとう! じゃあ、予算をどうにかしないとね(笑)。

Profile


アイスルタン・セイトフ(写真左)

1998年カザフスタン、アルマトイ生まれ。カザフスタンの人気アーティストのMVからキャリアスタート。現在は世界的に活躍するラッパーOffsetや21 Savage、88risingに所属するJojiなどのミュージックビデオを監督するディレクター。圧倒的な技術的才能と魅惑的なストーリーを作り出し、独特なメタファーと映画史を表現する一方で、反抗的で若く現代的であり続ける並外れた才能も持つ人物である。最近では、渡航規制の中、カザフスタンのアーティストMaslo Chernogo Tminaと協力し、彼らの歴史と文化を表現するミュージックビデオを撮影。

柳沢翔(写真右)
1982年鎌倉県生まれ。多摩美術大学美術学部油画専攻卒業。カンヌ広告祭金賞、ACCベストディレクター、アジア太平洋広告祭グランプリ、他受賞多数。海外ではリドリースコットアソシエイツ(イギリス,中国)、PRETTY BIRD(アメリカ)、DIVISION(フランス)に所属。

(撮影=澤田詩園/取材・文=西廣智一)

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