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映画コラム

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2023年09月22日

『アリスとテレスのまぼろし工場』の「6つ」の考察 いたくてやさしい、岡田麿里監督からのメッセージとは

『アリスとテレスのまぼろし工場』の「6つ」の考察 いたくてやさしい、岡田麿里監督からのメッセージとは



3:痛みやにおいを感じる意味は?

本作は何気ないシーンにもしっかり意味がある。例えば、冒頭でこたつで勉強をしてきた正宗たちが「おなら」を臭いと思ってこたつから出る、というシーンがある。たわいもないギャグに思えるが、これは「現実」であることもはっきりと示している。

何しろ、そこからすぐに工場が爆発し、みんなは「まぼろし」となるのだ。「気絶ごっこ」といった危険な遊びをしていたのも、後に「痛みをあまり感じない」ことが理由だと語られている。

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正宗の母が「生姜ではなくにんにくが入った生姜焼き」を作って「見た目が『おんなじ』ようであったらたいして変わんないよ」と言うのも、正宗たちが見た目はそのままでもまぼろしに変わってしまったことを示唆していたのだろう。小説版では正宗の叔父の時宗が、「変わらなくはない」「こいつ(にんにく焼き)のほうが、本物よりも上等だ」と、その見た目がおんなじもの=正宗を肯定するような言葉もあった。

そして、正宗が狼のような少女・五実のおまるを「臭い」と思ったのは、彼女が「現実の存在」であるからだ。そして、正宗と睦実はお互いのにおいがしないことを言いつつも、「心臓の鼓動が早い」ことを確かめ合いつつもキスをする。最後に五実を現実に送り届けた後、草むらを転がり落ちた睦実は、「ちゃんと痛い」とも言った。

これらは痛みやにおい、はたまた心臓の鼓動を「感じる」ことそのものが、「現実」である証拠という示唆だ。その物理的な痛みやにおいは不快感も伴うし、同時にやはり「生きている」という証拠にもなる、ということだろう。

正宗に恋をするも失恋した同級生の園部の身体にひびが入ったり、ラジオのDJになりたいと願っていた康成もまぼろしの町から消えてしまうのは、(精神的な)痛みに耐えきれなかった、(実際はまぼろしでも)現実を直視できなかったためとも言える。

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また、正宗は睦実に対して「好きな気持ちが大嫌いという気持ちとすごく似てて……」と自問自答している。恋愛に限らず、好きと嫌い、快感と不快感といった、相反する気持ちが同居している、矛盾しているのは、実はよくあることだ。それもまた「生きている」証拠だろうし、それは後述するクライマックスの精神的な「痛い(いたい)」にもリンクしている。

4:「悪口を聞いたことがない」の意味は?

五実は、正宗と睦実の長いキスを見て「仲間はずれ」にされた気持ちになり、そしてまぼろしの町に止まろうとまで考えていた。下世話な言い方をすれば、娘とその母による、父を取り合うバトルが勃発するのだ。

この「母親との対立」は、岡田麿里監督の実体験が確実に反映されている。自伝本『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』では、たとえばテレビアニメ『花咲くいろは』に登場する自由奔放な母親・皐月というキャラクターについて、「(私の母親と)圧倒的に違うのは『現状を打破できる力がある』こと」「自分の母親に『ここが足りない』と思っている要素を積み上げた存在」だと言い切っている場面もある。



そして、『アリスとテレスのまぼろし工場』の劇中では、睦実は義父である佐上に「母さんから、あんたの悪口を聞かされたことなんて、一度だってない」と言っているのだが、これとほぼ同じ「(岡田麿里自身の)母親は、一度も父親の悪口を言ったことがなかった」という文言が、自伝本の中にある

その岡田麿里の父親は、家からくすねた金を使って浮気をして、離婚後も養育費も払うはずがなかった。そんな父親に対して母親が悪口を言わなかったのは、彼女が裏表がなく、すぎたことをグチグチ言う性格ではなかったからだそうだが、岡田麿里自身も母親から父親との面会希望を問われて、「別に会いたくない」どころか、生まれて初めて「どうでもいいって感情は存在するんだ」と思ったらしい。

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つまり、睦実が佐上に言ったセリフは、「あんたなんか悪口すら言ってもらえない」、転じて睦実からの「あんたなんてどうでもいい」という、ある意味で「愛なんてまったくない」ことを告げる言葉だと言っていいだろう。

そんな佐上は、正宗の「父さん、なんでこんな奴と友達だったんだよ」という言葉に対し、驚いた様子で「昭宗氏が、僕のことそう言ってたの?」と聞いていた。佐上はカルト宗教の教祖のように不明確なことを並べて住人たちの支持を得ようとした(結果的に数人の信者がついてきた)ものの、彼が本当に欲しかったのは友達だった、その友達だと思ってくれた友達はもう消えてしまった、というのが切ない。

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