『母と暮せば』が日本代表、アカデミー外国語映画賞についてのあれこれ

母と暮せば 吉永小百合

(C)2015「母と暮せば」製作委員会

 今週、日本映画製作者連盟が、第89回アカデミー賞外国語映画賞の日本代表として、山田洋次監督の『母と暮せば』を選出した。

昨年の12月に公開された同作は、井上ひさしの戯曲『父と暮らせば』(黒木和雄が2004年に映画化している)の舞台を長崎に置き換え、原爆で死んだ息子の霊と、残された母親の対話を描いた感動作だ。今年3月に発表された第39回日本アカデミー賞では二宮和也が最優秀主演男優賞、黒木華が最優秀助演女優賞を受賞するほか、作品賞をはじめ主要部門の優秀賞に輝いた。

そして、満を持して映画界最高峰の舞台である、米国のアカデミー賞の舞台に日本代表として臨むのである。

アカデミー賞外国語映画賞とは

第29回アカデミー賞から始まったこの部門は、米国以外の、英語を主言語としない作品を讃える部門として、例年各国から錚々たる作品が顔を揃える。昨年は81ヶ国がエントリーし、最終的にはハンガリーの『サウルの息子』がその頂点に輝いた。10月にエントリー作品が出揃い、12月に最終選考に進む作品(通常9本ほど)が選ばれ、年明けに5本のノミネートが決定するという流れだ。

この部門ができる前から、同様の趣旨の賞は存在しており、第20回から第22回までは「特別賞」、第23回から第28回までは「名誉賞」という名前で、受賞作のみが発表されていた。その9年間(1回だけ受賞作なしの年があったが)の内訳はフランス3回、イタリア2回、そして日本が3回と、その時点から日本映画の世界的評価が始まっていたことが窺える。

まずは、初めて日本映画がこの名誉賞に輝いた、有名な作品から紹介しよう。

『羅生門』

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国際舞台で高い評価を与えられた日本映画の話をすると、まずこの映画について語らなくてはならない。日本を代表する巨匠・黒澤明が1950年に大映で制作した本作は、アカデミー賞のみならずヴェネツィア国際映画祭の最高賞を獲得するなど、日本映画の力強いイメージを確立し、世界的存在感を示した最初の映画だ。

芥川龍之介原作で『羅生門』のタイトルとなると、国語の教科書で誰もが一度は読んだことのある、若い下人が羅生門の2階で、積まれた遺体から髪を抜いて集める老婆に遭遇するという恐ろしいエピソードをイメージするだろうが、この映画はまったく違う内容である。

飢饉や戦乱、疫病や天災などに見舞われて荒廃した京の都という舞台設定、そして廃墟と化した羅生門のイメージを残し、主な筋書きは同じく芥川の短編『藪の中』を描いている。

複雑に絡み合う主観的プロットの交錯と、美術造形の美しさは、日本国内では当時まずまずの評価に留まったが、ヨーロッパで大絶賛。当初カンヌ国際映画祭に出品される予定だったらしいが、辞退。結果ヴェネツィアに渡り、前述した通りの結果を出したわけだが、もし仮にカンヌに出品していたら、二つの映画祭で受賞することも充分有り得たのかもしれない。(当時は二つの映画祭のコンペを受賞することもあったのだから)

作品としても数多くの映画に影響を与えた本作は、何よりもその後の日本映画のイメージを覆した。本作以降、国際映画祭で絶えず日本映画が高評価を獲得してきたのは、本作の功績に他ならないのだ。

その後、衣笠貞之助の『地獄門』(参照記事:http://cinema.ne.jp/recommend/cannes2016051107/)、稲垣浩の『宮本武蔵』が続けて名誉賞に輝くと、その翌年から外国語映画賞に変わり、12作品の日本映画がこれまでノミネートされてきた。これは各国のノミネート回数で第6位という偉大な記録である。しかし、同時に11作品連続してノミネート止まりとなる、悔しい記録でもある。

その11作品の中でも、最も日本らしさが出されている作品が、1963年の第36回にノミネートされた中村登の『古都』であろう。

『古都』

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タイトルからもわかる通り、古都・京都を舞台にした本作は、ノーベル文学賞をのちに受賞する川端康成の同名小説を原作に、自分が捨て子であると知った由緒正しき呉服問屋の一人娘・千重子が、生き別れになっていた妹・苗子と出会う物語だ。国際的に高い評価を得た小林正樹の『切腹』での好演が記憶に新しい岩下志麻が、一人二役で身分の違う双子の姉妹を好演しているのだ。

監督の中村登はこの4年後にも、名作『智恵子抄』でも外国語映画賞にノミネートされており、複数回候補に上がったのは黒澤明と二人だけということになる。数年前の東京フィルメックスでレトロスペクティブ上映が行われるなど、近年再評価が高まる中村登の代表作として、今なお愛され続ける本作。

のちに、山口百恵主演のリメイク映画をはじめ、幾度となくドラマ化もされた、川端文学の映像化作品ではおなじみの一本だ。ちょうど今年の12月から松雪泰子主演の再リメイク版が公開される。

低迷期間を経て、ついにアカデミー賞の頂点に

第54回にノミネートされた小栗康平の『泥の河』を最後に、20年以上ノミネートを逃していた日本映画。しかし2003年に、今回エントリーする山田洋次の『たそがれ清兵衛』が22年ぶりにノミネートされ、当時大きな話題を読んだが、結局受賞には至らなかった。

しかし、その5年後、滝田洋二郎の『おくりびと』が日本映画12度目のノミネートにして初めて外国語映画賞を受賞したのである。

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例年、下馬評通りの結果となることが多いこの部門で、ある種サプライズとして頂点に輝いた本作。この年はかなり異例な年で、前哨戦を圧勝したのがアカデミー賞受けし難いジャンル映画の『ぼくのエリ、200歳の少女』だったこと。そしてノミネート作品の中で有力視されていたのが、今まで一度も評価されたことがなかったアニメーション作品の『戦場でワルツを』だったことから、かなりの混戦となった。

だからと言って、棚ぼた式に受賞にこぎつけたわけではない。現代的な問題を取り上げた2作品(『パリ20区、僕たちのクラス』『Revanche』)と、自国の歴史に目を向けた2作品(『戦場でワルツを』『バーダー・マインホフ 理想の果てに』)という強力なライバルに対して、『おくりびと』が描き出したのは、時代性も国柄も問わない「死」という普遍なテーマ。それを、日本の民族的儀式を用いて描き出た多様性が評価されたのであろう。

今回エントリーをする『母と暮せば』も、日本の歴史である戦争と原爆に目を向けると同時に、生きて愛する人の死を乗り越える母親、死して愛する人を見守ろうとする息子の、万国共通のドラマ性が、映画らしいファンタジー描写で映し出される。

今年は例年にも増して、強力な作品が世界中から集まり始めているようだが、その中でどこまで健闘することができるか、見守っていきたい。

(文:久保田和馬)

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    久保田和馬

    久保田和馬

    久保田 和馬 1989年生まれ。映画評論家/映画ライター/映像作家。フランス映画とアジア圏の映画をこよなく愛する。大学時代からの自主制作の延長で映像制作を行い、2013年から文筆業を開始。「図書新聞」へ映画評の寄稿、「リアルサウンド映画部」への寄稿など。

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