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2015年07月28日

戦後70年の今、戦争を改めて考える―半藤一利&原田眞人監督フォーラム全文

戦後70年の今、戦争を改めて考える―半藤一利&原田眞人監督フォーラム全文



この昭和4年から8年というのは、日本が満州事変とか上海事変とか熱河作戦とかいろんな意味でどんどん大陸のほうへ侵攻していって、日本の国が攻撃的な国になり、そして昭和天皇が最も悩まれた時なんです。

その時の昭和天皇を、後ろからきちっと支えたんです。阿南惟幾というのは、謹厳実直、寡黙ということで有名だったようです。昭和天皇がこういう方が大好きなんですね。

つまり、阿南さんから4年間、侍従武官をやったということ。これが実はその『日本のいちばん長い日』が終戦へ向かって、とにかく戦争をやめるということを成功させた一番大事なことだったんじゃないかと思います。

で、さらに大事なことは、阿南さんが侍従武官をやっていた時に鈴木貫太郎が侍従長(じじゅうちょう)をやっているんです

貫太郎さんは昭和のもっと早くに侍従長になっています。二・二六事件で、重症を負って侍従長を辞めざるを得なくなるということになって、昭和11年の終わりに辞めるんです。

阿南さんが侍従武官をやっている時に貫太郎さんは、侍従長として、同じように天皇のもとに仕えていた。この3人が、昭和がもめ出した時に天皇と一緒になっていたという、一番の偶然というか、面白さがそこにあるんです。

この3人が終戦の時の最後のところで、非常にお互いがお互いの人格を分かり合っていた。「この男は、こういう男だ」ということを非常に理解していたと。ここが実は一番大事なところじゃないかと思います。

いずれにせよ、阿南惟幾という陸軍大臣は、最後になって全責任を負って、昭和の時代に犯した陸軍のいろんな間違いに対して「自分は責任を持って、その罪を国民にお詫びして、腹を切る」といって腹を切るわけなんですね。いずれにしても、こういう誠実な人間が最後に残っていたというのは、日本の国にとって非常に幸運なことであったと、私はそう思います。

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