映画コラム

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2016年02月20日

『大地を受け継ぐ』から受け継がれるべき福島原発事故がもたらした悲劇

『大地を受け継ぐ』から受け継がれるべき福島原発事故がもたらした悲劇

■「キネマニア共和国」

2011年3月11日の東日本大震災から、まもなく5年を迎えますが、果たしてその後の日本は真に復興を遂げているのでしょうか?
そう思わざるを得ないほどに落胆と怒りを繰り返すばかりのニュースなどが流れる中、福島を題材にした1本のドキュメンタリー映画が公開されます……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.109》

『大地を受け継ぐ』、それは“痛み”を持つ者の声を受け継ぐための映画でもあります。

大地を受け継ぐ


(C)「大地を受け継ぐ」製作運動体



原発事故の後、自らの命を絶った
農夫の家へ赴いた11人の若者たち


2015年5月、16歳から23歳までの、ごくごく普通の若者たち11人が、東京から福島へ向かいました。

まもなくして彼らは、福島第1原発から65キロほど離れた福島県須賀川市の一軒の農家へ到着します。

精悍そうな息子・樽川和也さんとその母・美津代さんがみんなを出迎えます。

そして和也さんは、自分の父親のことを語り始めます。

2011年3月11日、東日本大震災に伴う原発事故によって近隣一帯は放射能に汚染され、地元の農業団体から農作物出荷停止のファックスが届いた翌朝の3月24日、「いい土を作らないと、美味い野菜はできない」と言い続けてきた父親は自らの命を絶ったのです……。

本作は、およそ85分の上映時間の中、そのほとんどが和也さんの話によって展開されていきます。

原発事故の後、父親は和也さんに「お前に農業を勧めたのは、間違っていたかもしれない」と言い残して逝きました。

しかし和也さんは、今もその地に留まり、畑を耕しています。

いわゆる風評被害などによって、なかなか作物は売れず、生産者としての苦悩を語る反面、「今、福島ほど出荷する農作物の検査の厳しい県はないけど、近隣の他県はどうなんだ?」とも疑問を投げかけます。

政府や東京電力の対応や裁判の行方、放射能の除染もままならない大地などなど、さまざまな問題が山積し、何の解決策も見い出せないまま、和也さんは「これは風評ではなく、現実なんだ」と唱えます……。

痛みを知る者だけが持ち得る
言葉の説得力


本作の監督は『戦争と一人の女』(13)で戦争が人間にもたらす狂気を鋭く描き、また脚本作品『あいときぼうのまち』(14)では原発を誘致した福島の町に住む人々の半世紀以上に及ぶ営みを大河ドラマとして訴えた井上淳一。

今回は初のドキュメンタリー映画となりますが、原発事故の被害を被った人の話を聞くというシンプルな構成の中から、体制に翻弄される市井の苦しみなどを濃厚に描出していきます。

撮影は『ヘブンズストーリー』『軽蔑』『さよなら歌舞伎町』などの名手・鍋島淳裕。彼もまた福島県郡山市の出身で、本作の企画に並々ならぬ熱意をもって参加しました。

痛みを知る者だけが持ち得る言葉の説得力もさながら、何気ない言葉を時折はさむ母親から醸し出される人としての優しさなど、家族の温かい絆みたいなものまで自然と描出されており、しかしながらその温かさを奪い去ろうとする体制に対する怒りもまた自然と伝わってきます。

和也さんの話が終わり、それまで衝撃とともに涙を流しながら聞いていた若者たちの、帰りの光景の雰囲気は、確実に行きのそれとは違っています。

もはや、誰も、何も語りません。

東京へ戻ってきた後も、個々のコメントもあえて取られていません。

それは、本作を見ている私たち観客にも、若者たち同様に真実の告白に衝撃を受け、ひとりひとり考えてほしいというメッセージのようにも思えました。

正直、日本人の多くは、あの忌まわしき事故のことを忘れたがっているのかもしれません。

しかし、それで本当にいいのでしょうか?

震災からしばらくの間、東京では街や地下鉄などの灯りが節減され、当時はその薄暗さに嘆息する日々が続いていたものでしたが、今振り返ると、実はあの中にこそ、人が生きていく上での真実が見えていたような気もしてなりません。

映画『大地を受け継ぐ』の心をいかに受け継ぎ、未来を培っていくか、観客ひとりひとりに委ねられています。

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(文:増當竜也)

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