『世界から猫が消えたなら』の音楽の世界

■「映画音楽の世界」

みなさん、こんにちは。

先週末から、川村元気原作のベストセラー小説を映画化した『世界から猫が消えたなら』が公開となりました。



監督にはCM界で活躍する永井聡、脚本を岡田恵和が手掛け、主人公の青年役を佐藤健とその元恋人役を宮崎あおいが演じた話題作。今回の「映画音楽の世界」では、そんな『世界から猫が消えたなら』の音楽をご紹介したいと思います。

「失うこと」の意味に想いを巡らせる映画、「せか猫」


末期癌を宣告された青年が出会った、自分とうり二つの姿をした“悪魔”。

──世界から何かを一つ消すたびにあなたの寿命を一日延ばしましょう。

青年は“悪魔”の宣言通り、大切なものを延命と引き換えに一つ、また一つと失って行きます。それは物であり、記憶であり、人生であり。死に直面し、何かを喪っていくことで生きることの意味を改めて自分に問い掛ける青年。

そして──この世界から、猫を消しましょう。

一日寿命を延ばす代わりに、世界から一つ、なにかを消す。ファンタジックな設定のようですが、その「なにか」次第で喪われる価値は格段に大きくなり究極の命題にもなるかもしれません。その命題と向き合うことで「死ぬこと。生きること」を意識し人生を振り返る、青年。この映画では、青年はそれらを失うことで同時に「喪われていくもの」に想いを巡らせますが、同時に生きることを選択することで何かを喪わなければならない青年の痛みを、私たち観客も受け取ることになります。

この作品の中で、「映画」を消す、という映画好きからしたら考えただけでも恐ろしい取り引きも描かれます。映画プロデューサーを本業とする原作の川村元気さんがその「映画」を消すものの一つに選んでいるところもにも、テーマの奥深さが垣間見えるのではないでしょうか。

「せか猫」を包み込む、小林武史の音楽


本作の音楽を担当したのは、音楽プロデューサーやプレイヤーとしても活躍する小林武史さん。過去にはMr.Childrenのプロデュース、そしてMy Little Loverのメンバーとして有名ですが、実は映画音楽にも様々な形で多く参加しています。サザンオールスターズの桑田佳祐監督作品『稲村ジェーン』では[真夏の果実]や[希望の轍]といった映画の外にまで飛び出してヒットを記録した楽曲を制作し、岩井俊二監督の『スワロウテイル』、『リリィ・シュシュのすべて』では主題歌・劇中歌だけでなく劇伴も担当しました。最近の作品では昨年11月に公開された佐藤浩市主演の『起終着駅 ターミナル』があります。

「世界から猫が消えたなら」オリジナルサウンドトラック



この作品の音楽は全体的にはっきりとしたメロディラインで耳に馴染みやすい曲調となっていて、透明感のあるピアノを主旋律に「死ぬこと、生きること」をファンタジックな視点で描いたこの映画に、よりドラマ性を与えています。

中には[Film's spirit]や[Flag]のような、アコーディオンとドラムで構成された、一見すると映像と不釣り合いなようでいてそのミスマッチ感が逆に印象に残り映画にフィットした感覚になる楽曲もあります(久石譲さんが『かぐや姫の物語』で作曲した[天人の音楽]と似たような感覚かな、と)。

そして、予告編の段階から流れ話題をさらっていたのが、HARUHIさんの歌う主題歌[ひずみ]。劇伴を担当した小林武史さんがプロデュースした弱冠17歳の女性シンガーでこの曲がデビュー作となる新星です。その伸びのある声量とどこか哀愁を帯びた歌声が作品の世界観ともリンクしていて、何度も聴きたくなってしまう楽曲に仕上がっています。作詞・作曲とも小林武史さんによるもので、シングル盤発売と共にサウンドトラック盤にも同曲が収録されていますので、原作小説を読んで、映画を観て、引き続き「せか猫」の世界観に浸りたい方にはお勧めの一枚となっています。

まとめ


青年は劇中、世界から猫を消す、という命題に迫られます。それがタイトルにもなっている通りそれは彼にとって掛けがえのないものを失いかねず消えていったほかのものと向き合う中で、一層その意味を噛み締めることになります。ここから先はぜひ劇場で鑑賞してほしいのですが、青年の立場を自分に置き換えたときにふと、「世界から音楽が消えたなら」と考えてみました。

映画音楽を聴くようになってもう20年にもなるので自分の人生の一部とも言え、映画音楽を通して多くの出会いもありました。それが、消えてなくなるという時、私は何を得てそして何を喪うのか思い巡らせました。皆さんにも大切な「もの」がありそれに置き換えて映画を観ると、より作品の持つメッセージ性に触れることが出来るのではないでしょうか。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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(文:葦見川和哉)

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