俳優・映画人コラム
アッバス・キアロスタミの追悼を兼ねて彼の作品を紹介したい
アッバス・キアロスタミの追悼を兼ねて彼の作品を紹介したい
いつもであれば旧作を2本紹介するコラムをやるところですが、今週の火曜日の早朝に報じられた、アッバス・キアロスタミの訃報を聞いてしまっては、追悼を兼ねて彼の作品を紹介しないといけません。
Pascal Le Segretain
イランの映画史を遡ってみると、映画が誕生してわずか数年で映画製作を始めていたことがわかる。意外と長い歴史を持っている映画先進国だ。それでも、世界的に認知されるようになったのは、やはり80年代の後半ごろ。まさにキアロスタミや、モフセン・マフマルバフ、アミール・ナデリらの功績によるものが大きい。その後、90年代に入り、『運動靴と赤い金魚』などで知られるマジット・マジディや、アボルファズル・ジャリリといった作家が現れるようになるが、キアロスタミは変わらず第一線で活躍を続ける。この辺りに台頭した作家は、少なからず彼の影響を受けていると感じられるものがある。
キアロスタミが世界的に高い評価を得るようになったのは、87年に製作された『友だちのうちはどこ?』からだろう。日本でも「午前十時の映画祭」で上映されるなど、今なお高い人気を博している作品だ。
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主人公のアハマドは、クラスメイト・モハマドのノートを間違って持って帰ってきてしまう。ノートに宿題をやってこないと、退学になってしまうモハマドのために、隣村までノートを返しに行くのだ。タイトルの通り、友達の家を探している少年のちょっとした冒険が描かれるのであるが、ノスタルジイやスリルとも違う、少し不思議な感覚に囚われる作品だった。劇映画ではあるが、実際に村に住む人々に演じさせたという、半ばドキュメンタリーのようなリアリティ。まるで清水宏の作品を見ているかのように、子供が子供らしく、活き活きと映し出されているのだ。それは彼のデビュー短編である『パンと裏通り』で、犬に怯んでしまう少年も同じく、長編デビュー作の『トラベラー』や、のちのドキュメンタリー作品『ホームワーク』にも繋がる。
キアロスタミの初期の頃の作品を含め、前述したイラン映画界の作家たちの代表作はほとんどが、子供を主人公にして、きちんと彼らを活写することができているのだ。それだけ、純粋な視点でファインダーを覗くことができる作家と、映されても飾らない子供たちがいる国なのである。
この『友だちのうちはどこ?』に続く、『そして人生はつづく』と『オリーブの林をぬけて』は、いわゆる「ジグザグ道三部作」と呼称されている。ストーリーが続いているわけでも、同じキャラクターを描いているわけでもないが、紛れもなくこの3作は3部作と呼ぶに足る繋がりを持っている。1990年に起きたイラン地震の被災地に『友だちのうちはどこ?』の出演者の無事を確かめに行く、半ドキュメンタリーのテイストで描き出した『そして人生はつづく』は、イラン地震直後の光景と、地方都市の実情を目の当たりにすることができる。そして、その中で登場したエピソードに焦点を当てた『オリーブの林をぬけて』は、まさに映画と現実の境界を見紛うほどの神秘性を持った秀作となった。
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キアロスタミ作品の優れているところは、そのプロットが極めて簡潔なところにあるのだろう。どんな映画でも、簡潔に言い表わすことができるプロットを持ってこそ真に素晴らしいのであって、最近の大味の作品にありがちな、沢山の登場人物をこぞって描き出そうとしたり、物語の大胆な転換や、陳腐なドラマ性に依拠させたものは微塵もスマートではない。その点で彼の作品は、単純明快だ。「友達にノートを返しに行く映画」、「自称映画監督の男が引き起こす騒動」や、「自殺に協力してくれる人を探す映画」など、一言で映画の根幹を作り出す。そこに、社会の実情や、作家自身が描きたいテーマ性を足していくことで、わざわざ無駄な部分を削ぎ落とすことをしなくとも、シンプルで無駄のない作品が作られるというわけだ。
そんな徹底的なシンプルさが、最も顕著に現れたのは、残念ながら遺作となってしまった『ライク・サムワン・イン・ラブ』である。日本人キャストを集め、日本で製作された同作は、ここ10年間で5本の指に入るほど、完璧な映画だった。フレーミングの巧さ、作品世界から放たれる時間の安心感と、加瀬亮演じる悪役の怖さ。かすかな音や、光を冷静に捕らえた画面の中で、展開する愛のドラマは、一生忘れることのできない衝撃的なラストカットで幕を閉じる。
本当であれば、まだ準備されていた作品があったと聞く。まだ76歳、45年ほどのキャリアの中で40本以上の作品を生み出したアッバス・キアロスタミという作家は、イラン映画史だけでなく、世界の映画史にも間違いなく刻まれる重要な作家であった。改めて、ご冥福をお祈りいたします。
(文:久保田和馬)
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