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2021-02-17

『RBG 最強の85才』のすすめ:内気で物静かな女性が「法律と人の心」を変えた

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ルース・ベイダー・ギンズバーグ。略してRBG。彼女は女性や少数派の権利発展に一貫して寄与し続けたアメリカの女性です。ドキュメンタリー映画『RBG 最強の85才』では、彼女の人間としての姿に迫ります。

ルース・ベイダー・ギンズバーグ



ルース・ベイダー・ギンズバーグ(以下ルース)は、1933年ブルックリンに生まれます。そしてコーネル大学を経て1957年にハーバード・ロースクールへ入学。

女性という理由で大学の書庫への入室を拒否され、弁護士となってからは職がない。ルースの前に性別による不平等が大きく立ちはだかります。

このときの経験がのちの女性や少数派の権利発展に尽力する土台となるのです。彼女は弁護士を経て女性として史上2人目の最高裁判所判事を27年間歴任しました。

1996年アメリカ合衆国対ヴァージニア州



このドキュメンタリーではルースが関わった人権に関するさまざまな裁判が紹介されますが、特に印象深いのは1996年のアメリカ合衆国対ヴァージニア州の裁判です。

150年以上の歴史を持つ最後の男子大学・ヴァージニア州立軍事学校(VMI)の女子学生排除に対して連邦司法省は訴訟を提起。
VMIに入学を希望する女生徒が起こした裁判は最高裁まで進みます。ルースには最高裁判事になって初めて扱う女性の権利でした。

彼女が男女は等しく扱わなければならないと書いた法廷意見は、男女平等に関する概念を社会に広めます。女生徒は晴れて権利を勝ち取り、1997年にVMIには女子生徒が加わります。

新しい法律、新しい価値観が導入される時、そこには軋轢が生じます。女子生徒の中には卒業生から威圧的な言葉をかけられた人もいたのです。ちょうどルースが1957年にハーバード・ロースクールに在学していた時のように。

その中にあっても、VMI女子学生1期生となった女性が学校の未来のためと4年間必死で努力を重ねたことが紹介されます。

新しい概念を社会に広めたルース、その概念の定着に邁進した女子学生。それから20年後、ヴァージニア州立軍事学校に惜しみない拍手を持って迎えられたルースの姿こそが、1996年に下された判決の是非をなによりもものがたっていました。

夫・マーティン、内気で控えめなルースを支え続けた存在



「最強の85歳」というタイトルや弁護士・最高裁判事という職業からは想像しにくいのですが、彼女を知る人々はその性格を評して内気で物静かだと言います。そんなルースと対照的な性格をしていたのが夫、マーティンでした。

ルースは「マーティンとの出会いは人生で一番の幸運です」と言い、夫に惜しみのない賛辞を送ります。ルースとマーティンの軌跡もルースという人間のあり方を語る上で欠かせない要素となっています。

最後に

ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事は、2020年にすい臓がんにより87年の生涯を閉じました。

哀悼の意を表すと共に生前、彼女が心に刻んでいたというラーニド・ハンド裁判官の言葉を引用して終わります。

“憲法に命を吹き込む自由の精神は何よりも尊重されるべきである。

それは偉大なる国を形成する男女の心の中にある。社会は小さな声にも耳を傾けるべきである。大きな声と同じくらいに”

(文:ささのは)

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