映画コラム
イギリスから見た2017年『ダンケルク』、フランスから見た1964年『ダンケルク』
イギリスから見た2017年『ダンケルク』、フランスから見た1964年『ダンケルク』
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
9月9日よりクリストファー・ノーラン監督の最新作『ダンケルク』が日本公開されます。
第2次世界大戦が勃発して間もない1940年㋅のイギリス軍によるダンケルクからの撤退“ダイナモ作戦”を描いたこの作品、今年度を代表するばかりかアカデミー賞の呼び声も高い傑作として、戦争映画ファンのみならず、すべての映画ファンに見ていただきたい作品ですが……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.254》
今回は“ダンケルク”というキーワードから、いくつか連想できることなどを書き散らしていきたいと思います。
撤退作戦をサスペンス映画として
スリリングに描出する『ダンケルク』(17)
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
まず映画『ダンケルク』の背景から行きましょう。
1939年9月1日、ドイツ軍のポーランド侵攻によって第二次世界大戦がはじまり、翌40年5月10日、ドイツ軍はオランダ、ベルギー、ルクセンブルグに侵攻。
5月17日には北フランスに入り、イギリス・フランス連合軍がこれを迎え撃つも、ドイツ軍は戦車や軍用機を駆使した電撃戦でこれを圧倒し、ついに連合軍はフランス本土最北端の港湾都市ダンケルクまで追い詰められました。
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
イギリス首相チャーチルは英仏両軍およそ35万人を、本国からおよそ18キロ離れたダンケルクから救出するよう命令。
イギリスから軍用艦はもとより民間の漁船やヨットなど、ありとあらゆる船舶を総動員しての撤退作戦を実行に移しました。
これがダイナモ作戦であり、映画『ダンケルク』はこの作戦を描いたものです。
しかしこの映画は、単なる史実の再現映画ではなく、また特定の主人公を設けてヒロイックなストーリーを構築することもなく、ではドキュメンタリー・タッチかというとそうとも言い切れない、まさにクリストファー・ノーラン監督の映画作家的資質にのっとって撮られたサバイバル・サスペンス映画として見事に屹立しています。
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
ノーラン監督は本作を撮るにあたって影響を受けた11本の名作映画を挙げていますが、その中に戦争映画は『西部戦線異状なし』(30)『アルジェの戦い』(66)くらいで、大半は『海外特派員』(40)『恐怖の報酬』(53)『スピード』(94)『アンストッパブル』(10)といったサスペンス映画なのです(79年のSFホラー映画『エイリアン』も、ここではサスペンス映画と捉えていいでしょう)。
つまり、ここでノーラン監督はダイナモ作戦がいかにして成功したかという事実よりも、作戦を実行する際の緊張そのものを軍人や民間人、救出する側、される側、生き残る側、死んでいく側といったさまざまな立場から複合的に描いていきます。
映画は大きく陸・海・空の立場での攻防が展開されていきますが、それぞれの時間軸が微妙にずれているのも、映画の中の時間を縦横無尽に扱うことに長けたノーラン作品ならではの味わいで、これによって映画として魅惑度も高まっていきます。
もちろん戦争映画マニアも既に大絶賛するほどディテールにはこだわっているようで、特にイギリス軍戦闘機スピットファイヤーのファンはもう感涙必至の描写もあります(最後まで見ればわかります!)。
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
上映時間がおよそ1時間40分と、今どきの大作には珍しい短さというか、実は映画にとって実に程良い上映時間に設定されているのも特筆すべきで、これによって見る側も集中力を持続させながら見続けることもできます。
また本作はIMAXキャメラで撮影されており、ノーラン監督はぜひIMAX上映で見てほしいと訴えています。
日本でのマスコミ試写は通常上映のみでしたので、私もこれはぜひIMAXで見直したいと思っています(フィルムにこだわるノーラン監督ゆえに、35ミリフィルム上映もあるとのことです)。
母国フランスに取り残された兵士の愛と悲劇を
フランス映画界の名匠が謳う『ダンケルク』(64)
さて、映画『ダンケルク』では多数のイギリス軍将兵が撤退し祖国へ帰還していくわけですが、では共闘していたフランス軍の兵士たちはどうなったのでしょうか?
史実では、ダイナモ作戦でイギリス軍19万2226名、フランス軍13万9000名がダンケルクから救出されたとされています。
しかし、救出されなかった兵士たち、特に作戦の混乱の中、救出撤退はあくまでもイギリス兵優先で、実際は乗船を拒否されたフランス兵も多くいたと伝え聞くところで、ノーラン監督版でも、少しだけそれに関する赤裸々な描写がありますが、そんなフランス側の悲劇の一つのケースを描いた名作があります。
1964年に撮られたフランス&イタリア合作映画『ダンケルク』。
監督は『ヘッドライト』(55)『地下室のメロディー』(63)『エスピオナージ』(73)などの名匠アンリ・ヴェルヌイユ。
ここでの主人公は、フランス映画界を代表する大スターで、『冬の猿』(62)『太陽の下の10万ドル』(64)『華麗なる大泥棒』(71)『恐怖に襲われた町』(75)などヴェルヌイユ監督作品にも多数出演しているジャン=ポール・ベルモンドが扮するフランス軍兵士ジュリアン・マイア曹長。
激戦の果てにダンケルクまで追い込まれた彼は、英軍艦船に便乗してイギリスに赴き、祖国の窮状を訴える任を受けますが、なかなか事はうまく運びません。
(このあたりの描写から、祖国に一刻も早く帰りたがっているイギリス兵と、今まさに祖国を侵されているフランス兵との意識の違いや、それゆえの確執などもさりげなく露になっていることが読み取れます。イギリス人の夫とフランス人の妻のくだりも悲しいものがありました)
必死に待機している仲間たちの心もどんどん荒んでいきます。
やがてジュリアンは、現地で知り合い親しくなった娘ジャンヌ(カトリーヌ・スパーク)をレイプしようとしていた友軍兵を射殺。
仲間を殺したショックやジャンヌへの愛などを交錯させながら、ジュリアンは兵士を辞めてジャンヌとともにダンケルクから逃れようとしますが……。
ここでは単なる戦争映画というよりも、もともと優雅な避暑地であったダンケルクの海岸が死屍累々の地獄と化してしまったことに対するフランス人の焦燥や虚無的な諦念、またそれゆえの厭戦の想いなどが、無常観いっぱいに描出されていきます。
また、それでいて戦闘シーンなどのスペクタクル描写にも怠りはなく、ダンケルクそのものの悲劇性を描いている点においては、ノーラン監督版よりもこちらのほうが上と言っての良いでしょう。
思えばこの映画が製作された1964年は『史上最大の作戦』(62)をはじめとする戦争超大作ブームのさなかであり、本作はそのフランス代表としても大いに讃えられるものがあります。
ダンケルクの戦いの後、イギリスは深刻な兵器不足に見舞われながらも次第に体勢を立て直してアメリカ軍とともに反撃に出ますが、フランスは6月21日に降伏し、ドイツの占領下に置かれます。そしてフランス軍残党などはレジスタンスとして、1944年8月19日の連合軍によるパリ解放まで、ドイツ軍と戦い続けることになるのでした。
このパリ解放を描いた超大作が、『禁じられた遊び』(52)『太陽がいっぱい』(62)などの名匠ルネ・クレマン監督による、1966年度のアメリカ・フランス合作作品『パリは燃えているか』です。
祖国が占領されるに至る悲劇と、解放される歓び、フランスにとって大きな歴史的激戦を、フランスの映画人はそれぞれフランス人の目線にこだわりながら映画化していったのです。
現在、この『ダンケルク』はDVD絶版となっていますが、ノーラン監督版『ダンケルク』の公開に併せて、ぜひとも再発売を強く望みたいものです(できればブルーレイが良いけど)。
その他のダンケルクや
撤退作戦を描いた映画群
さて、これ以外にもダンケルクの戦いを描いた作品は、1958年にセミ・ドキュメンタリー・タッチでダイナモ作戦を描いたイギリス映画『激戦ダンケルク』(レスリー・ノーマン監督)があります。
ここでも撤退する英国軍と、彼らを救助しようとする民間人たちの苦闘が描かれていますが、まだ第2次世界大戦の傷が癒え切れてない時期で、当時を知るスタッフ&キャストも多かった作品なだけに、地味ながらもリアルなものがあります(残念ながらDVD未発売)。
2007年のイギリス映画『つぐない』(ジョー・ライト監督)では、少女(シアーシャ・ローナン)の嫉妬心からレイプ犯の濡れ衣を着せられ投獄された庭師の青年(ジェームズ・マカヴォイ)が、減刑と引き換えに海外派遣軍兵士としてダンケルクに赴き、そこで地獄を体験することになりますが、そこでの描写も実にしっかりしたものでした。
また、ダイナモ作戦の全貌そのものをNHKスペシャル風のドキュメントと再現ドラマで構築したイギリスBBCのTV作品『ダンケルク 史上最大の撤退作戦・奇跡の10日間』(04/全3話)は、ノーラン版『ダンケルク』のよき史実的補完ともなることでしょう。
もっとも、DVDのパッケージにはベネディクト・カンバーバッチが大写しで載っているので、彼が主演と勘違いする人もいるかもしれませんが、彼は第3話で友軍撤退の時間稼ぎのため後方で敵を食い止める光栄部隊のジミー・ラングレー中尉として登場するだけなので、ファンはあまり過剰な期待をもって見ないように!?
最後におまけですが、日本の戦争映画でも『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(65/丸山誠治監督)が、敵に包囲されたキスカ島日本軍守備隊5200名の撤退作戦を描いています。史実的にはほぼ負け戦しかない日本の太平洋戦争ものの中で、例外的に作戦の成功を描いたものとして(しかも撤退作戦なので、殺伐とした戦闘シーンなどは少ない)、静謐ながらもカタルシスにあふれた作品です。
最近だと韓国映画『国際市場で逢いましょう』(14/ユン・ジェギュン監督)の冒頭、朝鮮戦争の際に米軍が現地の民衆を救うべく敢行した奇跡の興南撤退作戦の混乱の中、一組の家族が離れ離れになっていく悲劇が描かれますが、そこでも当時の状況が実にスケール豊かに、そしてリアルに活写されていました。
クリストファー・ノーラン監督作品『ダンケルク』の予習復習として、こういった作品にも興味を示していただけたら幸いです。
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(文:増當竜也)
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