映画ビジネスコラム
「主役不在」の時代にピリオド!主役しかいない第90回アカデミー作品賞のゆくえ
「主役不在」の時代にピリオド!主役しかいない第90回アカデミー作品賞のゆくえ
作品自体や批評文化の多様化によって、毎年のように大混戦となるアカデミー賞。なんだかんだ言っても、12月に賞レースが始まってすぐに、ある程度の本命作品が見えてくるのが通例ではあるが、今年は一筋縄ではいかない様子だ。
というのも、今年は頭一つ抜けた作品が一本も存在していない。また昨年の『ラ・ラ・ランド』と『ムーンライト』のように競り合っている作品もなく、それでいて現時点の賞レースでかろうじて先頭を走っているのが、これまでのアカデミー賞の雰囲気とは程遠い『ゲット・アウト』なのである。
(C) 2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved
果たして、映画界最高の権威であるアカデミー賞は、時代の流れとともに変わっていくのか否か。今年のゴールデン・グローブ賞のノミネートを見ながら考察していきたい。
<〜幻影は映画に乗って旅をする〜特別篇:「主役不在」の時代にピリオド!主役しかいない第90回アカデミー作品賞のゆくえ>
まず初めに、ゴールデン・グローブ賞がアカデミー賞の最重要前哨戦であることに変わりはない。アカデミー賞の次に注目度が高く、歴史もある。とはいえ、投票する会員が異なることや、そもそも娯楽性に特化している賞という傾向が強く、各地の批評家協会賞よりは直結するが、直前に発表される各組合賞よりは直結しない、といったところだ。
<ドラマ部門>と<コメディ・ミュージカル部門>に分けられたゴールデン・グローブ賞の作品部門。アカデミー賞の作品賞の候補枠が5本以上に増えて以降、前者の候補に入った作品は高確率でアカデミー賞にも駒を進めている。一方で、後者の作品は毎年2本前後。やはり娯楽性の強さやコメディというジャンル自体が、アカデミー賞からは敬遠されがちなのである。
そんな今年、<ドラマ部門>でノミネートされた5作品は、スティーブン・スピルバーグ監督の王道社会派ドラマ『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』に、アメリカ社会に根付くあらゆる問題を浮き彫りにした『スリー・ビルボード』、同性愛を描いた青春ドラマ『君の名前で僕を呼んで』といった、アカデミー賞で評価されるタイプの作品が並ぶ。
©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.
そこに、ヴェネツィア国際映画祭で最高賞を受賞したファンタジー『シェイプ・オブ・ウォーター』と、なかなかアカデミー賞とは縁がないクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』が追随。
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
5作品ともそのままアカデミー賞へ駒を進める可能性は高いが、やはり気になるのは『ダンケルク』の存在だ。賞レース向きとされていない夏公開に加え、物語性を排除して、映像で「戦争」を描き出した革新的なプロット。そもそも『ダークナイト』が作品賞候補にならなかったから枠が拡大されたという噂まで出ていながら、『インセプション』では何とか作品賞に滑り込み、『インターステラー』は技術部門に留まったノーラン。またしても涙を飲むことになるのか、それとも堂々と雪辱を晴らすことができるのか。
一方、<コメディ・ミュージカル部門>の5作品では、キャスリン・ビグロー以来となる女性監督の躍進が期待されるグレタ・ガーウィグの『Lady Bird』と、前述した『ゲット・アウト』がアカデミー賞に駒を進める可能性が高いという見方が強い。
もっとも、『The Disaster Artist』は自ら監督も務めたジェームズ・フランコの主演男優賞、『I,Tonya』はマーゴット・ロビーの主演女優賞参戦が有力視されており、『グレイテスト・ショーマン』はオリジナル歌曲賞の有力候補の一角でもあり、いずれも侮れない作品ばかり。
それにしても、『ダンケルク』と同様上半期に話題をさらった『ゲット・アウト』。公開時期といい、ブラックコメディタッチの作風といい、あの終盤のトンデモ展開といい、この映画にアカデミー賞という冠が似合うかと言われれば、なかなか疑問が残るところだ。
しかしながら、そんなイメージの裏側にある本作の最大のテーマは“人種問題”であり、その点ではこれまでも『夜の大捜査線』や『ドライビングMissデイジー』、『クラッシュ』、そして昨年の『ムーンライト』と、アカデミー賞では鉄板のテーマだ。
すでに多くの批評家協会賞で作品賞に輝き、ほとんどの前哨戦で作品賞に顔を出すという、もはや主役級の活躍。もっとも、作品賞枠の拡大後は、今までのアカデミー賞のイメージを覆す作品が数多くノミネートされてきた実績がある。『第9地区』や『オデッセイ』、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と、いずれもノミネートの一角に過ぎなかった。しかし今回は、主役の一本として、90回目のアカデミー賞に大きな風穴を開けそうな勢いだ。
いずれにしても、最初に書いたようにまだ“主役不在”。いや、むしろ上記で挙げた7作品に、インディペンデント作品の『The Frolida Project』を加えた8作品が、主役として受賞の可能性を秘めたまま年を跨ぐことになりそうだ。
まずは年明け早々、現地時間1月7日に発表されるゴールデン・グローブ賞の結果によって、またしても大きく揺れ動き、そのまま史上最大の混戦が加速していくことは間違いない。
■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」の連載をもっと読みたい方は、こちら
(文:久保田和馬)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。