中年男とカタブツ美女、残酷で幻想的な恋『心と体と』



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中年男と若い女の恋物語などといったモチーフは、それこそ昔から映画やドラマでありがちなものではありますが、単にそういった憧れ(特に男からすると?)の世界からいかに逸脱し、年齢や性別を超えた人間同士の機微みたいなものを醸し出していくかがキモといえるかもしれません。

今回ご紹介するのは、2017年度のベルリン国際映画祭金熊賞をはじめ世界各国の映画賞を受賞、2018年度のアカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたハンガリー映画です。

古今東西、愛や心の行方といったものに変わりはないことを改めて痛感させられつつ……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.301》

孤独な方へ、傷つきやすい方へ、そしてすべての弱者へ、映画『心と体と』はちょっと不可思議で刺激的な、そして慈愛溢れるメッセージを贈ります。

同じ鹿の夢を見る
孤独な男女の出会い


『心と体と』の舞台は、ハンガリー、ブダペスト郊外の食肉処理場です。

片手が不自由な上司のエンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)は、代理職員として働くマーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)が妙にカタブツで他者との折り合いが悪いことを気にかけていますが、両者の言動はうまく噛み合いません。

そんなある日、牛用の交尾薬が盗まれる事件が起き、犯人を割り出すために全従業員が精神分析医のカウンセリングを受けることになります。

そこでエンドレとマーリアは同じ夢を共有していることが明らかになります。

その夢とは、ふたりが鹿になって出会い、交流するというものでした。

この事実をきっかけに急接近していくふたりではありましたが、やはり現実は夢のようにはいかず、なかなか素直になれないまま……。

ある意味、生き物が血を流しながら肉塊と化していく職場の中で心を閉ざしたかのように生きる男女が、鹿に変身した夢を通して頑なな心を解きほぐし、人としての豊かな感情を取り戻し、しかしそれゆえにまた傷つくことも起きてしまう。

片手が不自由であることを象徴的に、どこか人生に疲れた中年男エンドレには演劇制作から翻訳、出版編集者としても著名なゲーザ・モルチャーニ(日本でいうリリー・フランキーみたいな感じなのでしょうか?)。何と演技するのは本作が初めてとのこと。

氷のような硬い表情から、次第に人間味がうかがえてくるマーリアには、ハンガリー演劇界で活躍するアレクサドラ・ボルベーイ。本作で彼女は2017年度のヨーロッパ映画賞最優秀女優賞を受賞しています。

本作のぎこちなくもロマンティックな恋の発露には、両者の好演と存在感が大きくモノを言っているといっても過言ではないでしょう。



東欧の鬼才監督
18年ぶりの長編劇映画


鹿は昔から狩猟の対象であるとともに、その美しいフォルムもあってどこかしら神聖視されてきている動物でもあります。
ギリシャ神話では狩りの女神の持ち物であり、またキリストの象徴として扱われることもあるそうです。

さらに鹿の角は生え変わることから、死と再生の象徴ととらえられることもあるのだとか。

一方で鹿の夢は吉兆と判断されています。

鹿そのものは草食動物として繊細な人をあらわすようですが、角のあるオス鹿の場合、精力に満ちたエネルギッシュな人物による、才能やひらめきによるチャンス到来をあらわしているとのことで、ここではオスメスともに登場するわけですので、当然恋の成就を促しているとみてよいのかもしれません。

もっとも、そう言った夢のイメージ通りに本作の二人の現実の恋が成就するか否かは、実際にご覧になって確かめてみてください。

個人的に驚かされたのは、本作が『私の20世紀』(89)のイルコディコー・エニェディ監督による最新作ということです。

1980年代ミニシアター・ブームが到来し、当時その一翼を担っていた俳優座シネマテンが配給した秀作の監督による久々の長編映画。そのみずみずしい映像センスにいささかの衰えも感じさせないどころか、より美しくも静謐に、そして幻想的に映えわたっていることにも、大いに賛辞を贈りたいと思います。

一見クールな佇まいの中から、徐々にじわじわと人肌の温もりが蘇ってきて、やがてそれは相手に対する思いやりの心へと化していき、見る側の心まで柔らかく開放させてくれる素晴らしい作品です。

夢をモチーフにこそしていますが、決してユング的な難解な作品ではなく、むしろ人であれば誰しも共感できる日常の機微までも透明感あふれる映像センスで魅せてくれる素晴らしい作品です。

ぜひともご鑑賞をお勧めする次第です。

(文:増當竜也)

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