『軍中楽園』が描く軍隊の中の“楽園”の真実とは?



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『軍中楽園』というタイトルに、まず「?」となります。

はて、軍隊の中の楽園とはこれいかに?

わかる人にはわかるでしょう、これは軍隊の中の慰安所のことです。

今もなお確執が続く中国と台湾ですが、第2次世界大戦後から1970年代にかけて、双方は大陸からわずか2キロほどの距離にある金門島を最前線とする激戦を繰り返していました……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.309》

本作は、その金門島に置かれた台湾の部隊の中にある“楽園”の哀しくも狂おしき真実を描いた、倫理を越えた叙事詩です。

最前線の軍隊の中に
設置された娼館内の愛憎



1969年の金門島、大陸からの砲弾が降り注ぐこの島の台湾エリート部隊に配属された青年兵ルオ・バオタイ(イーサン・ルアイ)。

しかし彼はカナヅチであることが判明し、急遽831部隊に転属させられます。

831部隊の任務は、「特約茶室」と呼ばれる軍隊内の娼館を管理することでした。

「特約茶室」では、それぞれ事情を抱えたさまざまな女たちが、性に飢えた男たちを日々相手にしています。

一方、男たちも兵士として生と死のはざまに立つ極限状況に置かれた精神状態の中、女たちにそれ以上の“何か”を求めようとする者も出てきます。

そんな中、バオタイは謎めいた年上の娼婦ニーニー(レジーナ・ワン)と妙に気が合い、次第に友情関係を築き上げてゆくのですが……。

本作はずばり慰安婦をモチーフにした作品ではありますが、現在国の内外で騒がれている問題提起的な告発作品ではなく、あくまでも戦場と娼館という、一種異様な世界の中に閉ざされた男女が、世間一般の常識や倫理を越えた狂おしき愛憎の世界を繰り広げていくさまにスポットを当て、人間の愛と性について慈悲深く問いかけていく作品です。

ドラマの縦軸となるのはバオタイとニーニーの関係で、婚約者のために純潔を守ろうとしていたバオタイの愚直なまでの純情もさながら、ニーニーがなぜここにいるのかといった理由にも驚愕させられるとともに、軍はおろか国家がこういった政策を一昔前までごく当たり前に行っていたという事実にも愕然とさせられるでしょう。

また横軸として、ここでは数組の男女のドラマが綴られていきますが、中でも幼い頃に大陸から台湾に連れ去られ、今はベテラン台湾兵となって久しいラオジャン(チェン・ジェンビン)と、小悪魔のように可愛いアジャオとのエピソードは、見る者の心をえぐるほどのインパクトがあります。

ちなみに、第51回金馬奨でレジーナ・ワンが最優秀助演女優賞を、チェン・ジェンビンが最優秀助演男優賞を受賞していますが、当然の帰結ともいえる好演です。



国家と軍隊と男女の性を
真摯に見据えた秀作



本作の監督は『モンガに散る』(10)などで知られるニウ・チェンザー。

彼は戦後の台湾で公然の秘密とされていた軍隊内娼館を舞台に、不条理な運命の波に呑まれつつも愛と幸福を欲し続けた男女の世界を甘美に、そして残酷に描出しています。

当時、要塞化されていた金門島の最前線や軍施設、町並みなどを完全に再現した大規模なオープンセットや、耽美な色彩感覚で捉えられた映像美も出色。

そして台湾映画界の巨匠ホウ・シャオシェンが本作の趣旨に賛同して編集に協力。
(子役出身のニウ監督は、10代の頃にホウ監督の出世作でもある『風櫃の少年』に出演し、金馬奨に最年少ノミネートされています)

こうしたバックアップにも助けられ、本作は声高にメッセージを発することなく、永遠の謎ともいえる男女の機微にスポットを当てながら、ひいてはそこにまとわりつく国や世間の心無い思惑などにもさりげなくメスを入れています。

慰安婦問題をはじめ、国と軍と性の問題は常に複雑に絡み合っては激しい思想の対立を生んだりもしていますが、実際のところ、理屈だけでは割り切れない人と人との間に醸し出される“想い”を秀逸に描出し得た本作のような映画を見ることで、すべての解決の糸口はつかめるのではないかと思えることもあります。

かつては日本映画もこういった題材と真摯に対峙した作品が普通に作られていたものですが、こんなご時世だからこそ、今一度勇気をもってチャレンジする映画人が出てきてもいいような、本当はそんな時期に来ているような、そんな気もしています。

(文:増當竜也)

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