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『母さんがどんなに僕を嫌いでも』愛してやまない親子の絆

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 (C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会



『母さんがどんなに僕を嫌いでも』とは、いきなりドキッとさせられるタイトルです。

原作は人気ブロガーの歌川たいじによる同名コミックエッセイで、何と自身の壮絶な過去をつづった実話とのこと。

それが反響に反響を呼んで2015年には小説化され、今回の映画化に至るわけですが、一見衝撃的なタイトルのこの作品……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街342》

実は人間の深く、ときに醜い愛憎の念を隠すことなく、その上で親と子の絆を見事に描出した逸品ともいえる秀作なのでした!

自分に厳しくあたる
母を愛し続けた息子の過去と現在



本作の主人公タイジ(太賀)は、幼いころから美しい母・光子(吉田羊)のことが大好きでした。

しかし、母は外面こそ良いものの家の中では情緒不安定に陥ることがしょっちゅうで、そのたびにタイジにいらついては手を上げます。

姉に対しては何もしないのに、自分だけ厳しくあたる母に対し、当時肥満児だったタイジは自分のせいなのだと思い込んでいる節があるようで、決して彼女を憎むことがありません。

やがて母はタイジを児童保護施設に入れ、その間に夫と離婚。

一年後、再びタイジたちを引き取り、シングルマザーとして生きる母のタイジへの虐待は徐々にエスカレートしていきます……。

一方、本作は大人になったタイジが過去を回想するスタイルが採られており、彼は努力して一流企業の営業マンになり、ふとしたことから社会人劇団に入り、そこで金持ちの毒舌家キミツ(森崎ウイン)に興味を持たれ、同時に社内の同僚カナ(秋月三佳)やその恋人・大将(白石隼也)とも親しくなります。

どうもタイジはそれまで他人と腹を割って接することあまりなかったようで、それゆえか常に作り笑いしながらその場をしのいできたことも明らかになっていきます。

その作り笑いのきっかけも、幼い日の母と過ごした日々にあった……。

こうした現在と過去が錯綜していく中で、タイジは自分自身の人生と対峙する勇気を持つようになり、なぜ自分が孤独だったのか、なぜ母は自分に厳しく当たり続けていたのか、なぜそんな母を自分は好きだったのか、そして今も自分は母のことを……。



 

 (C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会



母ではなく人間としての
心の闇を見事に描出



一見壮絶そうな内容に思われがちで、実際それに見合った虐待シーンもあれこれ出てくる映画ではあります。

ただし、それでも主人公のタイジ同様、観客の我々も、この母を憎み切ることができません。

それは彼女の人間としての闇がきちんと描出されているからであり、その闇は実は誰もが持ち合わせているものであることを、こちらも肌で察しているからです。

今でも母性愛といった言葉に裏付けされながら、「母親とはこうあるべき」みたいな理想論が語られがちではありますが、現実は親だってイライラする日もあれば、情緒不安定に陥るときもある。

子どもが数人ると、気づかぬうちに誰かをひいきして、誰かを邪険に扱うという、実際はそんなこともあることに気づかぬふりをしながら、いつしか人は母を思い出の中で美化して育っていくものなのかもしれません。

しかし、この映画はそうした虚飾を剥ぎ取って母と子の関係性を鋭くも慈愛に満ちた眼差しで見据えていくことで、そこらの“感動作”とは段違いのカタルシスをもたらしてくれています。

何といっても主演の吉田羊がお見事です。

今年は映画『ハナレイ・ベイ』でも絶賛されている彼女ですが、秀逸な演技力だけではない、役者としてのオーラを自然に醸し出すことに長けた名優ゆえの今回の存在感には圧倒されっぱなし。

吉田羊以外の女優がこの役を演じていたら、この映画は成立すら困難だったのではないかと思えるほどで、おそらく多くの観客は彼女に、共感とは一線を画しつつもどこか不可思議なシンパシーを感じてしまうことでしょう。

一方、タイジ役の太賀の繊細な心を隠そうとして隠し切れない佇まいも、今の若者特有のナイーヴさと巧みに結びついているように思われますが、それ以上に子供時代を演じた小山春朋くんの健気さには心かき乱されるほどで、またそれゆえに彼に優しく接する“婆ちゃん”(木野花)が出てくるだけで、思わずホッとさせられるものもあります。

監督の御法川修は、これまでも『人生、いろどり』(12)や『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(13)TV『宮澤賢治の食卓』(17)など奥深い観察の中から優しく人間を見据えた秀作を連打し続ける才人ですが、そんな彼のデビュー作『世界はときどき美しい』(07)が象徴するように、とかく困難に満ちた世界ではあれ、実はそうそう捨てたものでもないとでもいった、いわばマイナス目線からのプラスへの転換を信条としているのかもしれません。

だからこそ、一見過酷に思われそうなこのタイトルの映画を、深い感動へ導くことも可能となったのでしょう。

映画ファンには『鬼畜』(78)『愛を乞うひと』(98)などと並べて語られるに足る作品といえば、すぐにわかってもらえるかと思われます。

親の目線、子の目線、いろいろな視線からも語られてしかるべきこの作品、ひとりで見るのも良しですが、いっそ親子で見て、鑑賞後に何某かを語り合うというのも大いにありかもしれません。

(文:増當竜也)
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