風刺的人間讃歌『葡萄畑に帰ろう』はジョージア・ワイン気分で楽しみたい






ジョージアという国をご存知でしょうか?

2005年まで日本ではグルジアと呼ばれていた国です。

ロシアに隣接し、黒海とカスピ海に挟まれ、ヨーロッパとアジアの狭間シルクロードが通る東西交易の要衝として3000年の歴史を誇り、一方ではそれゆえに侵略や紛争に巻き込まれることも多く、1918年にジョージア民主共和国として独立するも、1921年にボリシェビキの侵攻を受けて崩壊し、70年ほど旧ソ連の支配下にありましたが、1991年にソ連邦から離脱して独立を回復。

2018年はジョージアの独立100年にあたります。

そんなジョージアで映画を撮り続けてきた名称で、現在85歳の長老格エルダル・シェンゲラヤ監督が、およそ21年ぶりに手掛けた新作が『葡萄畑に帰ろう』です。

2018年のロシア・アカデミー賞では最優秀外国語映画賞を受賞。

なぜ21年ぶりかといいますと、ジョージア映画人同盟の代表を1976年から2012年まで務め、ソ連離脱後はジョージア国会として副議長として政界の仕事に追われていたからです。

しかし2006年に愛娘が死去したことで一切の政治活動を辞めて、それから12年の時を経て21年ぶりの新作を手掛けることになったわけですが……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街349》

この作品、彼の政治キャリアを大いに生かし、コミカルで辛口な政治風刺を盛り込んだ寓話的人生讃歌として万民が楽しめる逸品なのでした!

大臣の椅子の座り心地を
満喫していた男の数奇な運命



『葡萄畑に帰ろう』の主人公は政府の要職“避難民追い出し省”(何と身も蓋もない名称の省か!)大臣職に就いてついているギオルギ(ニカ・タヴァゼ)です。

長らく故郷の田舎に帰ることもなく、大臣の椅子の座り心地を満喫している彼は、早くに妻を亡くし、義理の姉マグダ(ニネリ・チャンクヴァタゼ)と息子ニカと一緒に大邸宅に住んでいます。既に大人の長女アナ(ナタリア・ジュゲリ)とは少し折り合いが悪く、離れて暮らしています。

ある日、首相の厳命で避難民居住区に赴いて実力行使に出ようとしたギオルギですが、その場が大混乱に陥っていく中で一人の女性ドナラ(ケティ・アサティアニ)と出会います。

行き場のないドナラをニカの家庭教師に雇うギオルギ。

最初はギクシャクしていざこざもありつつ、家族はドナラを受け入れ、次第にギオルギは彼女に惹かれてい行きます。

しかし、そんな折、ギオルギの属する与党が選挙で大敗し、彼は大臣の座を奪われてしまい……。




嘘と忖度まみれの政界と
葡萄畑の大地との対比



本作は嘘と騙し合いと忖度まみれの政界を大いに皮肉りながら、大臣の座を追われた男とその家族の選択を大らかなユーモアで包み込むかのように活写していきます。

象徴的なのは、主人公が新しく買った大臣用の椅子で、実はこの椅子、CGで表現されて生き物のように縦横無尽に動き回りながら主人公と行動を共にし、クライマックスに至っては何と!(それは見てのお楽しみです)

そして邦題で提示されている“葡萄畑”、これはジョージアの魂ともいえる8000年以上の歴史を誇るジョージア・ワインを生み出す大地を象徴しており、本作での主人公の田舎カヘティ地方こそはワインの一大産地なのでした。

エルダル・シェンゲラヤ監督自身、本作について「この映画をジョージアのワインにたとえるならば、有名な辛口の赤ワイン“ムクザニ”です」と語っています。

 欲望に満ちた政界と大らかな葡萄畑の大地がいつしか対比されながら、大臣の椅子=体制や権力の座に胡坐をかいて安穏と生きてきた男の心の再生が図られていくさまを簡明に描いていく本作。

おとそ気分、いやワイン気分でお正月に見るにふさわしい映画であるともいえるでしょう。

(文:増當竜也)

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