『スパイダーマン:スパイダーバース』原作とは別物なのに傑作となった「3つ」の理由!




先日発表されたアカデミー賞において、見事に長編アニメーション賞を受賞した話題作『スパイダーマン:スパイダーバース』が、3月8日からついに公開された。

本国アメリカだけでなく、日本での先行上映でも多くの観客から絶賛を浴びている本作。

平行世界=マルチバースに存在する、無数の「別次元のスパイダーマン」が大挙して登場する原作コミックを、果たしてどの様に2時間のアニメ映画にまとめているのか?

個人的にも興味と不安が半々で鑑賞に臨んだ本作だが、果たしてその内容と出来はどの様なものだったのか?

ストーリー


スパイダーマンこと、ピーター・パーカーの突然の訃報により、ニューヨーク市民は悲しみに包まれる。13歳のマイルス・モラレスもその一人。そう、彼こそがピーターの後を継ぐ“新生スパイダーマン”だ。ピーターの死は、闇社会の帝王キングピンが時空を歪めたことでもたらされた。しかし若きマイルスには、彼の更なる野望を阻止するパワーは無い。
そんな彼の前に突如現れたのは、死んだはずのピーターだった!ただ、彼の様子が少しおかしい。実はこの中年ピーターは、キングピンが歪めた時空に吸い込まれ、全く別の次元=ユニバースからマイルスの住む世界に来たのだ。マイルスは真のスパイダーマンになるため、ピーターを師とし、共に戦う決意をする。
二人のもとに、別のユニバースから導かれて来たスパイダーマン達が集結する。スパイダー・グウェン、スパイダーマン・ノワール、スパイダー・ハム、そしてペニー・パーカーと彼女が操るパワードスーツのSP//dr。キングピンの計画を阻止し、全てのユニバースを元に戻す戦いにスパイダーマン達が挑む。


予告編


理由1:原作からの思い切った変更が大成功!



映画の冒頭に登場するスパイダーマンの自己紹介部分が、サム・ライミ版映画や原作コミックの名場面へのオマージュになっていたり、既にテレビアニメ化されていて子供たちにも馴染みのある、『アルティメット・スパイダーマン』のキャラクターを主役に据えるなど、複雑過ぎる原作コミックの設定や内容を、アメコミに馴染みの無い観客や子供たちにも楽しめる様に配慮して作られている本作。

今回の変更が大正解だったことは、まだまだアメコミに対して馴染みが薄い日本でも、作品に対する大絶賛の声が続出していることが証明している。

例えば、スパイダーマンの生命エネルギーを食料とする一族「インヘリターズ」と、多元宇宙の平行世界に存在する無数のスパイダーマン軍団との生存を賭けた殺し合い! という原作の設定を、名悪役キングピンの家族への想いが引き起こした時空の歪みにより、他の世界に存在するスパイダーマンが呼び寄せられるという設定に置き換えた点も見事だが、新たなスパイダーマンになったマイルスにヒーローとしての技術や心得を教えるのが、中年太りで私生活が破綻して人生詰んでいる別次元のスパイダーマン=ピーター・B・パーカーという、原作コミックとは真逆のアレンジにより、この二人の関係性が一種の疑似家族(父と子)の成長の物語へと変化している点も、後述する本作のテーマと見事に呼応するものなのだ。

本来、日本のコミック「彼岸島」の様な残酷描写が登場するダークな作風の原作コミックだけに、子供も観られるアニメとして映像化するには、やはりかなりのアレンジが必要となるのは仕方がないところ。

その点を踏まえて本作の原題を見ると、確かに『Into the Spider-Verse』と表記されており、つまり今回は『スパイダーバース導入編』といった内容であることが分かる。

そのためか、特にアメコミ知識を必要とせず、この映画単体として十分に理解・満足できる様に作られている点も、主な観客層である子供たちや親子での来場者に対しての配慮が感じられて、実に好感が持てた。




前述した「インヘリターズ」の一員である強敵モーランとの戦いにおいて、過去に唯一勝利した我々の世界(アース616)のスパイダーマンが最後の切り札になったり、次元を超えて襲撃してくる「インヘリターズ」から姿を隠して逃げつつ仲間を集めるなど、よく観ると原作コミックの設定は『ハリー・ポッター』シリーズの終盤の展開を思わせるものとなっている(実際本作に登場する、ある女性キャラの外見も「ハリー・ポッターと秘密の部屋」の登場人物にソックリだったりする)。

そう考えると、本作がヤングアダルト小説の読者をも取り込んだことが、大ヒットの要因の一つなのでは? そんな仮説も頭に浮かんでくるのだ。

今回の見事な改変により、予備知識無しの鑑賞でも十分に楽しめる作品となっている本作だが、やはり細かい部分の解釈や続編への重要なヒントなどは、原作コミックについてある程度知っておいた方が良いのも事実。

原作コミックと映画の具体的な変更点や隠されたヒントについては、改めて別記事で詳しく触れさせて頂ければと思う。

理由2:全編に繰り広げられる、未体験の映像世界が凄い!



既に観客から多くの絶賛を集めている本作だが、「映像とキャラクターの動きが凄すぎる!」など、主にその華麗な映像世界に対する賞賛の意見が多く見られた。

ただその反面、キャラクターの動きについていくのがやっとで、一度観ただけでは映像に圧倒されてストーリーまで追いきれない! そんな意見が散見出来たのも事実。

確かに本作の映像は今まで見たことが無いほど美しく、まるでコミックブックの中に入り込んだ様な質感やスピード感あふれるその動きには、「これはもう一度大きなスクリーンの3Dで観なくては!」、そんな気持ちを抱いた方も多かったのでは?




実際、コンピューターで作られた全てのCGに、最終的に人の手で描かれたものを重ねるという、最先端のCGアニメーションと昔ながらの手書きアニメーション技法を合わせた今回の表現方法は、1人のアーティストが1週間費やしても、僅か2秒分しか仕上げられないほど非常に手間も時間もかかるものとなっている。


こうした手間と努力を惜しまない製作体制により、まるで『くもりときどきスパイダーバース』とでも呼びたくなる様な、大人から子供まで楽しめるエンタメ作品に生まれ変わった、この『スパイダーマン:スパイダーバース』。

普段洋画のアニメ作品に馴染みの無い方にも、きっと楽しんで頂けるその素晴らしい映像は、是非劇場で!

理由3:実は誰もが共感できる、家族の物語だった!



今回原作コミックから大幅に変更されたのが、平行世界の危機を招く原因となる悪役(ヴィラン)を、キングピンに設定した点だった。実はネットの感想やレビューにも、何故悪役にキングピンという生身の人間を起用したのか分からないとか、悪役の背景をもう少し描いて欲しかった、などの意見が多かったようだ。

実は、初期の原作コミックの重要な悪役だが、後年は同じマーベルコミックスの「デアデビル」の悪役という印象が強かったキングピンを今回メインの悪役に起用したのには、重要な理由がある。

もちろん、今回の映画版の実質的な元ネタになっている『アルティメット・スパイダーマン』に登場している点も大きいのだが、キングピンが暗黒街の帝王でありながら、彼の妻と息子に対しては善き父親であり家族を大事に思っているという二面性が、本作の悪役起用への大きな決め手なのだ。

原作コミックでは度々描かれてきたこの設定を、今回の事件の原因・動機として据えたことで、「家族への愛」という真のテーマがより浮き彫りになった点こそ、本作のクオリティを押し上げた大きな要因と言えるだろう。




更に本作のもう一つの大きなテーマは、「ピーター・パーカーが存在しない世界に、果たして彼の意志を継いでスパイダーマンとして闘う者は現れるのか?」という点であり、スパイダー・グウェンやマイルスの存在は、その可能性や未来への希望を示唆するものとなっている。

加えて原作コミックでは、マイルスにスパイダーマンとしての技術やヒーローの心得を教えるのが、死んだピーター・パーカーの女性体クローンなのに対して、本作では別次元からやって来た、私生活が破綻した中年太りのピーター・パーカー! という点も、素晴らしいアレンジとなっているのだ。

この見事なアレンジによって、突然スパイダーマンになったマイルスの成長だけでなく、教える側のピーター・B・パーカーもまた彼から学んで成長し、最終的に自身の世界で生活を立て直す! という展開に繋がるのが泣ける!


死亡したピーター・パーカーの家を訪れたマイルスたちが、彼の残した様々なスパイダーマンの装備やガジェットを目の前にして、残された者の責任や自身が負う使命を再認識して最終決戦に向かう展開は、必見です!

最後に



原作コミックの複雑な設定や内容を大幅に変更しながら、見事に独立した一本のアニメ映画として成立させた本作。

確かに原作とは全く別物の内容だが、むしろこの大英断こそが本作成功の重要なカギとなったのは間違いない。何故なら原作コミックをそのままアニメ化した場合、観客側が相当な予備知識を必要とする上に、原作ファンやコアな映画ファン向けの作品で終わってしまった可能性が高いからだ。


特に賢明だったのが、登場するスパイダーマンの数を思い切って絞り込んだこと! なにしろ各次元に存在するスパイダーマンの総数は軽く100人を超えてしまうので、今回は外見が特徴的で観客が見分けやすいキャラクターに絞って登場させた点は、正に大正解だったと言えるだろう。




ただ個人的には、日本が誇る3人のスパイダーマン(原作コミックでは、池上遼一版は主人公の小森ユウの名前が出てくるだけだが、東映版『スパイダーマン』と『スパイダーマンJ』はちゃんと登場している)の登場を、やはり心のどこかで期待していたのも事実。だが大丈夫、そんな原作ファンの期待をしっかりと受け止めるラストのサプライズこそ、本作の原題が『スパイダーバース導入編』である理由を象徴するもの!

ラストに登場した“あの存在”が誰なのか? それがすぐ分かるほどの原作ファンなら、この後の続編こそが本当の『スパイダーバース』なのだ! との喜びに、きっと心の中でガッツポーズを取ったのではないだろうか。


そう、何しろ“あの存在”が原作コミックでは非常に重要な役割を果たす上に、東映版『スパイダーマン』に登場する巨大ロボの「レオパルドン」とも大きく関係するとなれば、これはもう続編での「レオパルドン」登場は約束された様なものだからだ。

今回アメコミ知識の有る無しに関わらず、これほど多くの観客が絶賛・興奮している理由は、単にアニメの動きが凄い! とか、絵が超絶にきれい! という見た目の問題だけでは無い。

原作の「インヘリターズ」VS「スパイダーマン軍団」という直線的なストーリーを、観客の誰もが共感できる「家族愛」や「受け継がれる正義」といったテーマに置き換えた見事なアレンジこそ、『ボヘミアン・ラプソディ』並みに観客が熱狂している要因なのだ!

本作の公開翌週には『キャプテン・マーベル』が公開され、更に4月には、DCコミックスの『シャザム!』に、マーベルコミックスの『アベンジャーズ/エンドゲーム』が公開されるなど、更に本格化するアメコミ映画の日本上陸。

今後のアメコミ映画公開ラッシュに備えるためにも、是非この『スパイダーマン:スパイダーバース』の素晴らしさを体験して頂ければと思う。

(文:滝口アキラ)

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