映画コラム
『ある画家の数奇な運命』レビュー:邦題に偽りなしの、個人とドイツの激動史!
『ある画家の数奇な運命』レビュー:邦題に偽りなしの、個人とドイツの激動史!
(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
今回は秋の到来にふさわしい、芸術性と娯楽性の双方を併せ持つドイツ映画の傑作『ある画家の数奇な運命』をストレートに採り上げたいと思います。
戦前から戦後にかけてのドイツの激動の流れの中、ひとりの画家の人生が、まさに邦題に偽りなしのテイストで見事に綴られていきます。
上映時間189分という長尺ではありますが、その分見応えも十分!
むしろ人ひとりの人生を語るのに、そのくらいの時間は優に必要であろうかと思われます……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街508》
何はともあれ、この作品が今年度に公開される外国映画の中でも屈指の傑作であることを、まずは強調しておきます!
叔母を殺した男の娘と愛し合う
芸術家の激動の生涯
『ある画家の数奇な運命』は1937年の第二次世界大戦前夜、ナチス政権下のドイツから幕を開けます。
主人公クルトはこのときまだ子どもですが、芸術を愛する若く美しい叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンタール)に惹かれるとともに、絵画に興味を覚えるようになります。
しかしナチスのパレードの最中、精神のバランスを崩したエリザベトは総合失調症と診断され、そのまま強制的に入院させられます。
1940年、ナチスによる精神病患者や障碍者の安楽死政策が強化され、親衛隊名誉隊員でもある婦人科医ゼーバント教授(セバスチャン・コッホ)は彼のもとに送られてきたエリザベトを“無価値な命”と判定。
1945年2月、エリザベトはガス室へ。それはドイツ降伏のおよそ3か月前のことでした。
ドイツ降伏後、ゼーバンツはソ連軍に拘束され、安楽死政策についての尋問を受けますが、このとき偶然にも同軍少佐の妻が難産で苦しんでいるところに遭遇し、妻子の命を救ったことから無罪放免となったのでした。
まもなくしてドイツは東西に分割。
少し時が過ぎて1951年、成長したクルト(トム・シリング)は東ドイツの美術学校に入学します。
しかし、家族の安全のために主義を捨ててナチ党員に転向したものの、戦後はそれを理由に教職を追われた父が、失意のうちに自殺。
クルトは哀しみを癒すためにも絵画に没頭していきます。
そんなある日、彼は同じ学校に通うエリー(パウラ・ベーア)と出会い、恋に落ちます。
しかし彼女の父は、ドレスデンの病院長に返り咲いていたゼーバンツなのでした。
1956年、卒業して歴史博物館の壁画を任されたクルトですが、画家の肩書や父親が自殺している彼はエリーの結婚相手にふさわしくないと思っていたゼーバンツは、彼女の妊娠を知り……。
と、ここまでのストーリーはまだまだ前半戦にすぎません。
この後もクルトは戦後の流れとともに、どんどん数奇な運命を歩んでいくことになるのです!
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