映画コラム
『トイ・ストーリー4』完結の“その先”を描けた「5つ」の理由
『トイ・ストーリー4』完結の“その先”を描けた「5つ」の理由
4:過去作で提示されたことに尊い”アンサー”が投げかけられていた!
前項で書いたように、ウッディは『トイ・ストーリー4』では1作目とは正反対のことを、新キャラのフォーキーに訴えているように思えるのですが……よくよく考えてみれば今回も「君はおもちゃなんだ!」という言及そのものは変わっていません。ともすれば、本人の考えよりもウッディは自分とっての幸せ、それこそ「おもちゃとして子供に大切にしてもらえるのが一番」という、画一的な考えを押し付けているのではないか……そんな危険もはらんでいるようにも思えるのです。事実、そのウッディが一番大切にしている価値観は、今回はある事態を招くことになってしまうのです。
しかしながら、この『トイ・ストーリー4』では、過去作でも提示された、はっきり言って欺瞞にも感じてしまったその価値観にも、新しいアンサーを投げかけていました。ここにこそ、最高の完結編だった『トイ・ストーリー3』の“その先”を描いた意義があったと言っていいでしょう。
具体的には、『トイ・ストーリー2』における悪役は、日本の博物館にもらわれることを切望しており、その価値観をウッディやその妹分のジェシーに一方的に押し付けようとしていました。それだけならまだしも、ウッディを救いに来たバズははっきりと「おもちゃは子供に愛されてこそ生きる喜びがある(それをウッディに教えてもらった)」という画一的な考えを口にしてしまうのです。まるで、おもちゃにとっての“大切に飾られる”という価値観が否定されてしまっているような、居心地の悪さを感じるところがありました。
しかしながら、今回の『トイ・ストーリー4』では、それこそおもちゃが飾られる場所、アンティークショップが言葉にできないほどの美しさで(さらにボー・ピープが今いる遊園地も楽しそうに)描かれています。博物館とアンティークショップという違いはありますが、『トイ・ストーリー2』で半ば否定的に提示されてしまったように思えた、“大切に飾られる”という価値観も悪くはないと、映像で肯定されたかのような感動があったのです。(もっとも、ボー・ピープをはじめとした今回のおもちゃたちは、そのアンティークショップ以外の場所で生きることを望んでいますが)
さらに、『トイ・ストーリー3』における悪役は哀しい過去を持っており、「おもちゃなんてどうせゴミ」という画一的な価値観をもって独裁者となってしまいました。その悪役が辿る結末は「納得できない」「可哀想だ」などと否定的な声も少なくはなかったのですが、今回の『トイ・ストーリー4』はそれとは全く異なる形で、素晴らしいアンサーを投げかけていたのです。(ネタバレになるのでそれ以上のことは書けません!)
さらにさらに、今回は『トイ・ストーリー』シリーズに根付く、どうしても抱いてしまう“罪悪感”にまでアンサーを投げかけていました。その劇中では捨てられてしまったおもちゃの哀しさや、大人になりおもちゃから卒業してしまった人間の姿が描かれており、「おもちゃを捨られなくなっちゃうよ!」「おもちゃを必要としなくなった自分が最低に思えてくるよ!」などと困った方も多いのではないでしょうか。
それについての1つのアンサーは『トイ・ストーリー3』ですでにあったのですが、今回の『トイ・ストーリー4』は“その先”の新たな可能性、これまでのシリーズで抱いていた観客の罪悪感を解消するかのような、これまた尊い価値観が描かれていたのです。(これもネタバレになるのでそれ以上のことは書けません!)
『トイ・ストーリー4』のキャッチコピーにある「あなたはまだ本当の『トイ・ストーリー』を知らない」「この結末は想像を超える」は伊達ではありませんでした。これまでのシリーズのテーマやメッセージを踏まえつつ、これまでは納得しにくかった、または欺瞞にも感じてしまった価値観にも真摯に向き合った尊いアンサーを投げかけ、これまでにはなかった“その先”を描き、”意外でありながら大納得もできる”、しかも“今回だけでなくこれまでのシリーズで積み重なった様々な要素”がこの1点に集中した、全身が骨から震えるほどの感動を覚えるクライマックスが待ち受けているのですから!
(C)2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。