『ジョーカー』が人々を魅力する「5つ」の理由
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics
是枝裕和監督『真実』で幕を開けた第76回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門の最高賞・金獅子賞に、アメコミ原作映画『ジョーカー』が選ばれました。
歴史と伝統のあるヴェネチア国際映画祭で、アメコミ原作の映画がコンペティションに名前を連ねるだけでも快挙と言える中で、まさかの最高賞の受賞。山が動きました。
実際に映画本編を見るとアメコミ映画、バットマン映画という枠組みには収まらない圧倒的な存在感と説得力のある作品に仕上がっていて、早くも来年のアカデミー賞レースの有力候補が登場したなという作品でした。
そこで、映画『ジョーカー』の傑作ポイント5+αをまとめます。
1:ヴェネチア国際映画祭最高賞・金獅子賞を受賞
近年のヴェネチア国際映画祭の金獅子賞は、ギレルモ・デル・トロ監督のアカデミー賞4部門受賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』。アルフォンソ・キュアロン監督のアカデミー賞三部門受賞の『ROMA/ローマ』と話題作が並んでいます。
この列に『ジョーカー』が並びました。
ジョーカーを演じたホアンキン・フェニックスの熱演の噂は聞こえてきていたので、俳優部門での受賞はあるのではないかと予想しましたが、作品全体への高評価のあらわれとも言える最高賞・金獅子賞受賞という結果には驚かされました。
同時に作品の持つ力の強さがあることが分かりました。
作品として評価されたアメコミ映画としては、アカデミー賞作品賞の候補作品枠を10枠までに拡げさせたとも言われるクリストファ・ノーラン監督の『ダークナイト』。
そして、メインキャスト・スタッフを黒人で固めアメリカでは社会現象となり、アメコミ映画初のアカデミー賞作品賞ノミネートを果たしたライアン・クーグラ監督作品の『ブラックパンサー』があります。
『ジョーカー』は映画史に残るこの二作に続く作品になり、アメコミ映画の格をさらに一段上に押し上げました。
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2:ヴィランだけで語りきったピカレスクロマン
アメコミ映画と言いましたが、『ジョーカー』は普通のアメコミ映画とは全く違います。
ヴィラン(=悪役)と対になる存在(=バットマン)が最後まで登場しないのです。
この画期的な映画を創り上げた監督がトッド・フィリップス。監督としては『ハングオーバー』シリーズなどのコメディ作品を撮ってきた監督です。
また、プロデューサーとして『ハングオーバー』シリーズでブレイクしたブラッドリー・クーパーと組んで彼の初監督作品『アリー/スター誕生』に関わっています。ブラッドリー・クーパーは『ジョーカー』にプロデューサーとしても参加しています。
監督に加えて、共同脚本も手掛けているトッド・フィリップスはジョーカーを主役にした名作コミック「バットマン:キリングジョーク」などの原作を参考にしつつも、犯罪王・サイコパスというジョーカーのあり方を根本からひっくり返し、全く新しい人間アーサー・フレックというキャラクターを創出します。
ジョーカーの誕生は、様々な方法で語られてきましたが、今回の最大のポイントはやがてジョーカーになる男・アーサー・フレックが犯罪の被害者になっても加害者にはなりそうにない人間である点です。
映画『ジョーカー』はコメディアン志望の売れないピエロでしかない最底辺の存在・アーサーという男が、やがて犯罪の道化王子=ジョーカーと呼ばれるようになっていく一種の“ピカレスクロマン”となっています。
ホアンキン・フェニックスはこれまで、ジャンル映画は敬遠してきましたがこのアイデアと脚本にほれ込み出演を快諾しました。
コメディには実績があるトッド・フィリップス監督ですが、まさかここまで練りこまれた犯罪物語を作ってくるとは思いませんでした。
ただ、“喜劇と悲劇は表裏一体”と言う言葉があるように実はそちら(=悲劇)の側にも大きな素養があったのでしょう。
本作を見て改めて思ったのですが、アメコミ作品のヴィランで単独で主演作が成り立つのはジョーカーだけと言っていいかもしれません。
そんな『ジョーカー』を独りで抱えきったのがハリウッドきっての“くせ者”ホアンキン・フェニックスです。
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3:ついにオスカー獲得なるか?ホアンキン・フェニックスの怪演
作品のために俳優廃業を宣言したり、すっかりくせ者感が強い俳優とのなったホアンキン・フェニックスですが…。
早逝したリバー・フェニックスを兄に持ち、姉・妹も俳優として活躍する俳優一家からの一員として子役から一つずつキャリアを進めていった俳優でした。
ところが、93年に兄のリバー・フェニックスが死亡する事件が起き、その場にはホアンキン・フェニックスもいたことで報道陣に追われ続け、一時期俳優業を休業しています。
兄のリバー・フェニックスはある世代にとっては青春の象徴のような俳優で、ホアンキン・フェニックスはなにかと比較されてきました。あまり似ていないと言われるのですが、よく見るとスッと筋が通った鼻梁などはそっくりです。
休業明けの97年に『グラディエーター』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるとそこからは性格俳優・くせ者俳優としての地位を高めていきます。
その後、賞レースの常連となり、ゴールデングローブ賞やカンヌ映画祭などを受賞していきます(グラミー賞まで受賞しています)。
そんな彼が、唯一獲得できていない栄冠がアカデミー賞です。
撮影前から監督と二人三脚で、栄養失調のオオカミをイメージした新たなジョーカー像を創り上げ24キロもの減量で心身ともに作りこんだホアンキン・フェニックスはいよいよ最後の栄冠に手をかけました。
ここで、注目なのが過去に映画でジョーカーを演じた俳優は全員アカデミー賞受賞俳優だということです。
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4:ジョーカー映画にハズレ無しの法則
実写長編映画でジョーカーが初めて登場したのが89年のティム・バートン監督の『バットマン』。演じたのは、当時としては破格のギャラとトップビリングで迎えられたジャック・ニコルソン。この時点ですでにアカデミー賞を受賞済みです(これ以降“アメコミ映画のヴィランには大物俳優をキャスティングする”という不文律ができました)。
ここでのジョーカーはギャングの大物・ジャック・ネイピアという前身を持っているキャラクターで、かつてブルース・ウェインの両親を殺した過去の持ち主であり、映画内ではジョーカーとバットマンが互いを生み出した存在として描かれます。
それまで大作映画とは縁のなかったティム・バートンですが、彼のゴシック趣味と原作の世界観が絶妙に混ざり合い、アメコミ映画の新たな地平を切り開いた一作として高く評価されました。
ジョーカーのような得体のしれない存在はその出自を描くか描かないかで映画のスタイルが変わります。ジャック・ニコルソンのジョーカーが出自が描かれたことに対してクリストファ・ノーラン監督の『ダークナイト』でのジョーカーはその背景をバッサリとカットされた存在です。劇中で語る自身の出自も二転三転して最後まで正体がはっきりしません。
『バットマン』から約20年後の08年にこの難役に挑んだのが当時20代半ばで若手俳優の有望株として注目を浴びていたヒース・レジャー。
生ける伝説ジャック・ニコルソンが演じた役を引き継ぐという、どう考えても負け戦にしかならない闘いに挑んだヒース・レジャーは一ヶ月間独り籠もりきり、一から新たなジョーカーを作り上げました。命と魂を削り演じきったジョーカーには絶賛の声が集まりアカデミー賞助演男優賞を受賞します。(一方で、『ダークナイト』自体が作品賞の候補作から外れたことには批判が集まりました)。
ところがヒース・レジャーは映画の完成・公開直前に急逝してしいます。アカデミー賞が贈られたのは彼の死後のこと、故人にアカデミー賞が贈られたのはヒースを含めて2回しかありません。
『バットマン』と『ダークナイト』の違いで言えばジョーカーの最期の描き方というところもあります。『バットマン』でのジョーカーは死亡している一方で、『ダークナイト』のジョーカーは捕まったところで終わりました。場合によっては“ヒース・ジョーカー”の再登板の可能性もあったのかもしれません。
ジョーカー三度目のスクリーン登場はノーランの“ダークナイト三部作”が完結後の16年デヴィッド・エアー監督作品『スーサイド・スクワッド』。
死んでも構わないヴィランだけのチーム・スーサイドスクワッドを描く異色アクションの本作では、実質ヒロインのマーゴット・ロビーが演じるハーレイ・クインの“想い人”としてジョーカーは登場します。
三人目のジョーカーを演じるのはジャレッド・レト。挑戦的な作品がフィルモグラフィを飾る彼は『ダラス・バイヤーズクラブ』で13年にアカデミー助演男優賞を受賞しています。この映画のジョーカーはスーサイド・スクワッドの一員でもなく、あくまでも話をややこしくするだけの存在です。性格だけ見れば原作に近いのですが、全身タトゥーの外見は最先端のマフィア的といった雰囲気で、“第三のジョーカー像”を提示しました。
ジャレッド・レトのジョーカーが嬉しいことは今後も映画に登場する可能性が高いところでしょう。アナウンスされているだけでも二作品が鋭意準備中で、ジャレッド・レトは初めて映画で複数回、ジョーカーを演じる俳優となりそうです。
ジャック・ニコルソンのクラシカルなギャング、ヒース・レジャーの正体不明のテロリスト、ジャレッド・レトのマフィアと三者三様のジョーカーを経て、ホアンキン・フェニックスの『ジョーカー』が公開されます。
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5:全く新しいジョーカーのいる街
ジョーカーになる男アーサー・フレックを主人公にした物語を創るにあたって、監督のトッド・フィリップスは全く新しいゴッサムシティを創り上げました。
見本になったのは監督自身が育ったNew Yorkの街並み。しかも経済が停滞し、犯罪率が上がり続け治安が悪化の一途たどった70年代後半から80年代前半のNew Yorkです。
監督のフィリップスと美術のマーク・フリードバーグはゴッサムシティを最底辺の人間が暮らすには過酷すぎる街と設定し腐敗がはびこり機能停止に陥った都市を創り上げました。
クリストファ・ノーラン監督は『ダークナイト』を撮影するにあたって、マイケル・マン監督の犯罪映画『ヒート』の影響を受けたと語っていますが、この『ジョーカー』は明らかにマーティン・スコセッシ監督の76年の作品『タクシードライバー』の影響下にある作品です。重要な役どころで『タクシードライバー』の主演俳優でもあるロバート・デ・ニーロを起用していたのも狙いでしょうし、アーサーが手を拳銃のようにして打つふりをするのも『タクシードライバー』オマージュと言えるでしょう。
元を辿れば、バットマンの舞台ゴッサムシティのモデルはNew Yorkで、名前もNew Yorkの通称の一つGOTHAM(ゴッサム)から来ています。
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映画『ジョーカー』は映像美にも目が奪われます。
日本版ポスターにも採用されている緑の背景に恍惚の表情で空を仰ぐジョーカーの顔。イラストのように見えますが、これは映画本編の場面から抜き出した画です。
このシーンは予告編も確認できる場面でコメディアンを志しているものの実際には失業寸前のピエロのアーサー・フレックが、ついに悪のカリスマとして華開き、ジョーカーとなる映画全体で鍵になるシーンです。
セリフを思い切り削ったシーンなのですが、恍惚感あふれるホアンキン・フェニックスの表情だけですべてを語りきります。
撮影を担当するのはトッド・フィリップス監督と組み続けるローレンス・ジャー。『ゴジラキング・オブ・モンスターズ』などの撮影も担当していたローレンス・ジャーは、それを流麗でダイナミックなカメラワークで追いかけていきます。
+αの小ネタ
本作に原作はありませんがアラン・ムーアによる「バットマン:キリングジョーク」は読んでおいてもいいかもしれません。アメコミは翻訳版であっても読みにくいという感覚があると思いますが、この作品は正味50ページしかないので手に取りやすいです。
ティム・バートン以降のバットマンに大きな影響を与えたと言われているフランク・ミラーの「ダークナイト」「バットマン:イヤーワン」も読んでみれば楽しいのですが、こちらはボリュームもあるので、余裕があればというところでしょうか。ちなみに『ジョーカー』にはコミックの「ダークナイト」(バットマンのダークナイトという呼称を定着させた作品でもあります)そのままの描写もあります。
「キリングジョーク」はアニメ化もされていてジョーカーの声はあの『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーのマーク・ハミルです。マーク・ハミルのジョーカーは評判が良くて、足掛け20年以上に渡ってアニメやゲームでジョーカーのボイスキャストを務めています。
『タクシードライバー 』オマージュがあることは先に触れましたが、バットマン映画の旧作からのオマージュシーンも見ることができます。ブルース・ウェインの両親が襲われるシーンはティム・バートン版の『バットマン』によく似ています。ブルースの母親の真珠のネックレスが飛び散るあたりはそっくりです。
パトカーに乗って街を突き進むジョーカーの姿は『ダークナイト』のパトカーのシーンを思い起こさせます。
ジョーカー映画初のジョーカーが主役の映画であり、ジョーカー俳優が主演俳優の映画でもある『ジョーカー』、必見です。
(文:村松健太郎)
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