『イエスタデイ』ビートルズ以外にも、ある感情が消えていた可能性が?



©Universal Pictures



もしも、この世界からビートルズと彼らの楽曲が消えたとしたら?

この奇抜な設定だけで既に面白そうな話題の新作映画『イエスタデイ』が、10月11日から日本でも劇場公開された。

日本にも、ビートルズのコピーバンドがタイムスリップするコミックがあるだけに、果たしてこのアイデアがどのように描かれるのか? 個人的にも非常に興味のあった本作。

果たしてその内容と出来は、どのようなものだったのか?



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ストーリー


売れないシンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)が、音楽で有名になる夢をあきらめた日。世界規模で起きた、12秒間の謎の大停電。真っ暗闇の中で交通事故に遭ったジャックが目を覚ますと、何とビートルズが世の中に存在しておらず、世界中で彼らを知っているのはジャック一人だけだった。
ジャックがビートルズの歌を発表したところ、ライブは大盛況、SNSでも反響を呼び、マスコミも大注目!
そんな中、ジャックの曲に魅了された超人気ミュージシャン、エド・シーランが突然ジャックを訪ねて来て、彼のライブツアーのオープニングアクトを任されることに。ここでも大成功を納めたジャックは、ついにメジャーデビューを飾る。こうして思いがけぬ幸運から、夢を叶えたかに見えたジャックだったが…。


予告編


ビートルズの名曲が続々登場する!



本作の見どころ、いや聞きどころは、やはり何と言っても劇中の随所に登場する、ビートルズの名曲の数々!

ジャックが友人たちの前で何気なく歌った「イエスタデイ」に始まり、単にビートルズの楽曲が劇中に流れるだけでなく、彼らの主演映画『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の名シーンや、『レット・イット・ビー』の中にも登場する、屋上での伝説的パフォーマンスなどのオマージュが登場する点も、ファンには見逃せないところ。



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自分以外、誰もビートルズの存在を知らない世界で、彼らの名曲を次々に世に発表してスターになっていく主人公ジャックだが、この状況であれば自分の名声や出世欲に踊らされて、次第に利己的な人物に変貌しても不思議は無いはず。

ところが後述するように、よくある展開や類型的なキャラクター設定を避けた本作は、次第に観客の予想を裏切る方向へと進んでいくことになる。

実際、過去の類似作品の記憶から、例えば秘密がバレて窮地に陥った主人公が、最終的にビートルズの楽曲に頼らずに自作の歌で栄光と名声を掴むなど、「先の展開がある程度予想できそうだな」、そう思われた方も多かったのでは?

だが断言しよう。本作はそうした予想を遥かに超えて、多くの観客の心に希望を与える感動作に仕上がっている。

ビートルズの消えた世界で、果たして彼らの楽曲に込められたメッセージは、ジャックによって世界に広がっていくのか?

その感動の結末は、是非劇場で!

実は消滅していたかもしれない、ある感情とは?



突然世界中を襲った"12秒間の停電"により、ビートルズの存在と彼らが残した数々の名曲がこの世界から消滅するという、実に奇抜な設定が話題を呼んでいる、この『イエスタデイ』。

その情報が日本で報道され始めた頃、日本のコミック「僕はビートルズ」との類似を指摘する声も多かった。実際のところ自分もそんな印象を持って鑑賞に臨んだのだが、その内容は全く違うものとなっていた。



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主人公がビートルズの楽曲を世に送り出す動機が、単に自分が有名になりたいという欲求だけではなく、半分は彼らの素晴らしい楽曲を世に広めたい! という、ミュージシャンとしての"一種の使命感"に駆られての行動として描かれる本作。

加えて、主人公のジャックを演じるヒメーシュ・パテルの持つ善良そうなイメージが、こうした主人公の行動や考えに抜群の説得力を与えている点も、実に見事なのだ。

ただ、あまりに善人ばかりが登場する展開に、違和感や物足りなさを覚えたという感想がネットに散見できたのも事実。

実は本作鑑賞中にずっと感じていたのが、主人公以外の登場人物に対しての妙な違和感だった。



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特に、ジャックのデビューアルバムの宣伝会議に集まった人々の態度や描写には、音楽業界がビジネス重視で動いていることへの風刺よりも、どこか人間的な感情が欠落しているように思えてならなかったのも事実。

その他にも、ジャックに対してスタジオ提供を申し出る男性の、ヒロインであるエリーに対する諦めの良さや、コンサートに集まった観客の反応、そして何と言っても、本作で重要な存在となる例の2人が取る態度など、まるで世界中の人々の心から悪意や妬みといった、負の感情が消えてしまったようなその描き方には、何故この世界には善人ばかりが存在するのか? ひょっとしてビートルズの曲と一緒に消えたものの中に、人間の悪意が含まれていたのでは? そんな考えが頭から離れなかった本作。

確かに、唯一ジャックの敏腕エージェントであるデブラのキャラクターが、映画の後半で悪役として機能するかと思わせるが、実は彼女もお金が大好きで、自身の仕事に対する自信と成功欲が強いだけの人物であることが、次第に分かってくる。

そのため、金や名声のためにジャックを裏切ったり、その楽曲の秘密や権利を独占しようとするなどの、典型的な悪役としての行動が取られることはないのだ。

そう、おそらく過去の類似作品であれば、ビートルズの盗作だと暴露された主人公が世界中から非難されて挫折を味わい、最終的に自作の楽曲で観衆の心を掴む! といった展開になりそうなものだが、実は本作ではそうした展開を避け、代わりに多くの観客の心を掴む、ある感動的な仕掛けが用意されている。



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この仕掛けの部分を踏まえれば、12秒間の謎の大停電後の世界こそ、文字通り「イマジン」でジョン・レノンが歌った理想が現実のものとなった世界であり、ビートルズの使命が果たされたので、この世からビートルズが消えたのでは? そんな仮説を立てることができるだろう。

そう考えれば、突然この世からビートルズが消えた理由にも説明がつくし、映画の終盤に用意された感動の展開にも十分な説明がつくというもの。

もちろん、これはあくまでも個人的な見解であり、観た人によって様々な解釈ができる作品なので、是非劇場で自分なりの結論を見つけて頂ければと思う。

最後に



いかに世界中が、ビートルズという偉大なアーティストによって結びつき、どれだけ彼らの楽曲が人々の心を掴んだか?

ビートルズの存在しなかった世界を描くことで、逆に彼らの偉大さや、その功績が明らかになっていく、この『イエスタデイ』。

映画の中で初めてビートルズの楽曲に触れた人々のリアクションに、思わず自身のビートルズ初体験を思い出さずにはいられない本作こそ、ビートルズにあまり馴染みの無い若い世代に観て頂きたい作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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