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『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』特別座談会!女流棋士の香川愛生がシャーロック・ホームズの豆知識を語る

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現在、『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』が公開されています。

本作は『コララインとボタンの魔女』や『パラノーマン ブライス・ホローの謎』などで知られるアニメーションスタジオ“ライカ”の最新作。2017年に日本で公開された『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』はSNSを中心とした口コミで話題を集めました。



ここでは、動物や海外アニメが大好きなイラストレーターのぬまがさワタリさん、シャーロキアン(シャーロック・ホームズの大ファン)でもある女流棋士の香川愛生さん、様々な映画への造詣が深い脚本家の楠野一郎さんによる、『ミッシング・リンク』の特別座談会の内容をお届けします。ライカ作品を愛してやまないお三方の濃厚な解説トークを、ぜひ映画と併せてお楽しみください。

※以下からは本編の内容に触れています。わずかにネタバレと言える記述もあるため、予備知識なく映画を観たいという方はご注意ください。

1:良い意味で軽い気持ちで楽しめる作品に

 ぬまがさワタリ:今回の『ミッシング・リンク』ですが、何よりまず「軽快」だな!と思いました。(良い意味で)誰でも「軽く」楽しめる映画になっています。これって実は、スタジオライカの新境地ですよね。

香川愛生:その良い意味での軽さがあるのに、制作期間は5年ととても長いですよね。クリス・バトラー監督は、『レイダース/失われたアーク』(『インディ・ジョーンズ』シリーズ)や『シャーロック・ホームズ』から影響を受けたそうで、王道の明るい冒険物語であるということも、今までのライカ作品とは少し違うところかもしれません。

 楠野一郎:東京国際映画祭のイベントでも少し話したのですが、今までのライカ作品が言わば「子どもの地獄めぐり」と言いますか、少年少女がすごく辛い目に遭うことが多かったんですよ。だけど、今回は初めて主人公が大人になっています。作品としては風通しが良い、シンプルにエンターテインメントになっていますよね。何よりも「楽しい」という言葉がいちばんふさわしい作品だと思います。

 ぬまがさワタリ:とにかくカラッとしてますよね。例えば『KUBO』は名作なのですけど、まだ子どもにすぎない主人公の気持ちを考えるとズッシリくる部分もありますから。

香川愛生:今までの作品を観ていると、またいろいろとこみ上げてくるものがありますね。

楠野一郎:今までのライカの作品を見直して見たのですけど、良い意味ですごく苦しいんですよね。少年少女らが自分の居場所を見つける、少し変えることで成長するという話になっているのですが、それまでに「ここまでの過酷な目に遭わなければいけないのか……」と思いますから。『ミッシング・リンク』は、初めて胸が苦しくなく観られる作品でしたね。

ぬまがさワタリ:ライカは作品を作るうえで、世の中に潜む問題や、人間が成長する過程で向き合うべき課題を、逃げずに描くスタジオだと思います。今回もそうした要素はしっかりあるのですが、それをヘビーにしすぎず、それこそ英国紳士らしい軽妙なギャグを交えて描いていくことが素晴らしいと思います。

楠野一郎:ライカは、ある意味で『KUBO』で作品として極めたと思うところもあるんです。特に、悪役に対する決着は究極的ですよね。ここまでの作品を作って、「次にどうするの?」と考えて、どんどん突き詰めていったら、ひたすらに苦しくなってしまうんじゃないかと心配していました。『ミッシング・リンク』の軽快さは、一回ハジけさせて、ライカ作品の流れをリセットしたいなという気持ちにもよるところがあったのかもしれません。


2:圧巻の船の中のアクション

楠野一郎:今回の『ミッシング・リンク』は単純にアクションがすごいですよね。ストップモーションアニメとして、今まで以上に製作が大変だっただろうなというシーンもたくさんあります。白眉となるのが、中盤の船の中のアクションで、それこそ『インセプション』のように舞台がグルッと回転していく見せ場がある。言い方は悪いかもしれませんが、やらなくても良いことをわざわざ手間隙をかけて、とにかくお客さんを楽しませるために、ここまでのことをやっている。「おもてなし」がすごすぎです。

ぬまがさワタリ:その船のシーンが、限定された空間ということも重要ですよね。外は嵐になっていて大波が容赦なく打ち寄せて、船が90度回転するとドアが「床」になってバタンバタンと下に開く。「これは現実世界にあるモノで作っているんだな」ということを、直感的に掴めるシーンです。ストップモーションアニメならではの「モノを使ってアニメを語る」という最大の強みが、あの船のアクションに現れています。

楠野一郎:四方がセットに囲まれていて、その中にカメラがあって、すごく小さい主人公の人形もあって……ということはわかるんですけど、それでも「どうやって撮っているんだろう」と思いますよね。すごくややこしくて難しいことを、わざわざやっていますから。

ぬまがさワタリ:ライカって、“人形遊び”の楽しさを突き詰めたスタジオですよね。ドールハウス的とも言えます。例えば子どもの頃、船の模型があったとして、この中に自分がいたらどんなアクションや冒険ができるだろう?…と(船をグルグル動かしたりして)子ども心に想像したようなことを、本当に現物を作り上げてやっている。CGで作ることとは全く違う姿勢です。

香川愛生:観ていてハラハラしますよね。劇中のアクションの「どうなっちゃうの?」ということと、製作において「どうやって撮っているの?」という疑問が重なり合って、本当に

えっ?」ってなっちゃう。

3:つららバトルもすごい! 

ぬまがさワタリ:終盤の話になりますが「つららバトル」も凄いですね。断崖絶壁の氷の崖にぶら下がりながら、「垂直方向」に限定された空間の中で、すったもんだのバトルが繰り広げられる最高のシークエンスでした。あれは見たことないですよ。

香川愛生:人形だからこそ、縦の動きというのはすごく大変ですよね。どうやって撮っているのかが、やっぱり気になります。

ぬまがさワタリ:人形だから、もちろん落ちたら壊れますものね。劇中では「キャラが危ない!」、メタ的には「壊れちゃうのでは…?」という無意識の心配まで(笑)同時にしてしまうほどのスリルでした。リアルな「モノ」だからこそのハラハラ感は生まれていますよね。

楠野一郎:つららのアクションで「わかっているなあ」と思うのが、つららの先に行くほどに細くなっていく、一番下に行くほどに不安というのがちゃんと伝わってくることですね。捕まっているものが同じ太さだと、また感じ方が違ったでしょうね。

香川愛生:他にも、バーでの乱闘シーンはいちばん工数がかかったそうですね。それも納得のアクションでした。初めのネッシーが出てくるシーンでも、お魚と一緒に水がバシバシっと当たって人形が濡れていたりもする。たとえそれがCGだとしても、すごい表現力です。

ぬまがさワタリ:風景の美しさも素晴らしいですよね。小さいパペットをわざわざ作ることで、そのパノラマ的な「開けたショット」の開放感を演出したようです。様々な工夫が、過去作を超える密度で詰まっています。


4:意識する作り手の苦労

楠野一郎:本当に「どうやって撮っているの?」ということが、ライカ作品には常にありますよね。あまりそこを気にし過ぎると作品に没入できない、気持ちが離れちゃいそうでもあるんですが、ライカ作品はそうした観客の気持ちもキャラクターに沿うようにできていて、「人形なんだけど落ちたら死んじゃう」とかハラハラしつつ、でもやっぱり「どうやって撮っているんだろう?」「めちゃくちゃ手間をかけているよなあ」という考えも常にある。そのバランスが見事です。

香川愛生:映画製作に関われている楠野さんから観ても、やっぱりそういう気持ちになるんですね。

楠野一郎:映画を観ていて、作り手のことを気にしてしまうというのは、確かに私が脚本家だからかもしれませんね。この職業病のせいで、100%楽しめていないところもあるかもしれません。

香川愛生:いえいえ、誰でもライカの作品は裏側の製作過程にも想いを馳せるとは思いますよ。

楠野一郎:ここに集まった3人ともたまたま作り手でもあるので、やはり制作側の気持ちもより考えているとは思います。それでも、子どもの気持ちに戻って純粋に楽しめるというバランスは保たれているので、ライカ作品が大好きなんです。

5:悪役の誠実な描き方

ぬまがさワタリ:今回の悪役であるピゴット卿の立ち位置が興味深いです。彼は宗教的な価値観を重視していて、神が人間を作ったのだと信じている。それに対して主人公のライオネル卿は、人間は猿から進化して、その猿と人間の間には「失われた環」(ミッシングリンク)があるはずだと考えている。体制寄りな宗教に抗う、科学の人として対置してるわけです。例えば現在のアメリカでも、宗教的保守派が進化論を否定することもあったりと、文化的な断絶状態にある社会を物語に反映しているとも言えます。この辺りの批評眼はさすがライカですよ。

楠野一郎:彼は女性の扱いがひどいですよね。はっきりとセリフで「女なんて」ということを2回くらい言っていましたから。

ぬまがさワタリ:あいつ、女性の参政権にも文句つけてましたね。

楠野一郎:そうなんですよ。これはヴィクトリア朝時代のイギリスの話で、女性が人として当たり前の権利を得ようとしていた時代です。ちゃんとライカはそこを踏まえた上で、悪役にその役割を担わせたんだと思います。今回は、これまでの作品よりも明確に、悪役を罰する方向に舵を切ったのも良かったですね。

ぬまがさワタリ:(『KUBO』のように)悪役を一方的に断罪しない話も大切な一方で、(本作のように)現代の価値観では良くない考えを持つ人をきっちり「悪」として裁くというのも、子ども向けアニメの作り手として同じくらい誠実だと思います。

香川愛生:今のお話を聞いていて、ラストの直前に付き人のような人が「こいつヤバイ」と気づいて離れるということも、細かいようで大切な表現なのだと思いました。今までは信頼していた、付き従っていた人物の浅ましい価値観や、身近な人すら傷つける残酷性があったと気づいたわけですから。


6:女性が“個”を確立していく物語

ぬまがさワタリ:本作の女性キャラについてぜひ話しておきたいです。これまでのライカ作品でも、女性の描かれ方はフェアだったと思うんですけどね。『KUBO』では(女性と言うと語弊があるかもですが)サルはすごくかっこいいキャラでした。声もシャーリーズ・セロンだし! 今回はゾーイ・サルダナがアデリーナの声を担当しているわけですが、このキャラが迎える結末もすごく重要だったと思います。

楠野一郎:最後にキスをするかなと思ったら、そうじゃないところも良かったですね。

ぬまがさワタリ:あれは痛快でしたね!ふ~ん男女のLOVEエンドか、と思わせておいて…!

香川愛生:キスシーンがあっても良いとは思うんですけど、“家族”の物語でもあることを考えたら、すごく素敵ですよね。

楠野一郎:アデリーナは、初めは未亡人として登場していて、自身の“個”がない状態だったと言えます。そんな彼女が自分でやりたいことを見つけて、個を確立していく。最後の彼女は未亡人じゃなくて、アデリーナという1人の人間になっています。3人それぞれが、少しずつ成長して終わるというのも上手いですよね。

香川愛生:先ほども楠野さんがおっしゃっていましたが、ヴィクトリア朝時代はシャーロック・ホームズの舞台でもあると同時に、女性の活躍というのが見辛い、女性が大変な苦労をしていた時代です。衣装でも、コルセットがまず目につきますよね。

楠野一郎:コルセットで締め付けているのは、「女性は体型を良くしないといけない」という画一的な価値観によるものですよね。

香川愛生:ライカらしい造形でありながら、当時の女性の大変さという中にあるのがアデリーナというキャラクターなのかもしれませんね。

7:主人公と相棒の関係は、ホームズとワトソンというよりも……?

楠野一郎:生粋のシャーロキアンである香川さんにお聞きしたいのですが、ライオネル卿にはやはりシャーロック・ホームズらしさを感じますか?

香川愛生:ホームズは、時代のヒーローであり、理解者の少ない孤高の存在でもあります。ライオネル卿の孤独さもホームズ由来なのかな、と思いましたし。例えば、アデリーナが卿よりもわずかに優位にあるさまからは、ホームズが唯一認めた女性、アイリーン・アドラーを彷彿とさせました。

ホームズの場合にはワトソンという良き理解者であり相棒がいますが、この『ミッシング・リンク』では“ホームズが2人”とも言えますね。ライオネル卿をリンク君が支える、という一方的なものではなく、2人のホームズとしてそれぞれが欠けているところがあり、お互いを支え合っている。そんな彼らの冒険は新鮮であり、とても楽しかったですね。

ぬまがさワタリ:リンク君の前では、むしろライオネルのほうがワトソン役になったりしていましたよね。そうした役割の逆転も起きていたと思います。

香川愛生:そうなんですよ(興奮気味に)!冒頭でネッシーに食べられそうになったリントさんは明らかにワトソンっぽいキャラクターでしたが、リンク君とライオネル卿はその反対にもなったりしますね。

ぬまがさワタリ:ライオネル卿のキャラクターの成長は重要ですよね。権威主義的な白人男性中心の社会で上り詰めたい、という欲望も持っていたけど、その価値観が物語を通じて変化していく。だからこそ、アデリーナの結末も響いてくるわけです。リンク君も含めて、みんなが解き放たれていく物語になっています。

楠野一郎:最初のネッシーのシーンでは、ライオネル卿のリントさんの扱いはあまりにひどいじゃないですか。カメラの心配しかしていなかったりとか、人を人とも思っていないとか。

ぬまがさワタリ:ヤなやつでしたね!冒頭のライオネルはあんまり「人間らしくない」、はっきり言って人でなしです。そんな彼が、人間ではないのに異様に人間らしいリンク君と出会って、少しずつ「人間らしく」変わっていくという構造も皮肉なのに感動的。バディものとしても最高ですよ。


8:リンクの寂しさ

楠野一郎:リンク君に、リンクとスーザンという呼び名が2つあるというのもすごいと思います。どこまで作り手が意図しているかはわかりませんが、スーザンという女性の名前を得たことで、性別からも解き放たれているという考えもできますよね。普通に考えると、彼はたくさんの群れの中にいて、どんどん仲間が少なくなっていて、彼だけが残されたんだと思うんですよね。すごく悲しくないですか?

ぬまがさワタリ:リンク君のこれまでの人生を思うと、なかなかズシッときますね…。

楠野一郎:ずっと仲間を探していて、ライオネル卿を新聞で見て、「彼はきっと僕の仲間を探してくれる」と思って手紙を書いた。性格がとぼけているから、観る側はそういうことをあまり考えないけど、リンク君は『KUBO』や『パラノーマン』と同じく、悲しいものを背負っているはずなんですよ。

香川愛生:一人で手紙を書いているリンク君を想像すると、悲しくなってきますね。

楠野一郎:郵便局に1回行っていたりしますからね。多分変装とかしていたんだろうなあ。

ぬまがさワタリ:ライオネル卿に出会って、うれしかっただろうなあ。

楠野一郎:でも、ライオネル卿に出会ったリンク君は、最初にちょっとだけ隠れるんですよね。

リンク君は自覚的ではないにしろ、やっぱり仲間というか、仲間の輪に入りたいと願っていますよね。自分に近い種族の中に加わることで「自分の生きている意味があった」と確認したいということから始まり、実際にその場所に行ってみたら、それだけが答えじゃないんだと気づく。彼も最終的には解き放たれているんですよね。

3人とも、社会が作っている枠組みの中にわざわざ入らなくても、自分それぞれでやれることがあるし、生きていく意味もあるし、それプラス「友だちが一人くらいいるともっと良いよね」という着地にもなっているのも、素晴らしいです。

9:あれはシャーロック・ホームズの有名なセリフだった!

香川愛生:『ミッシング・リンク』はシャーロック・ホームズをすごく意識していることがが、いろいろなシーンから伝わってきます。例えば、序盤にライオネル卿に手紙が届いたシーンで、「動き出したぞ、ふっと」と言いますよね。なんのことやらというシーンに見えるかもしれませんが、これはホームズの正典……正典とは言わないか(笑)、原作小説の有名なセリフで、たびたび出てくるんですよ。原文は"The game is afoot." 「獲物が動き出した」などとよく訳されますが、つまり、事件が進行していることを意味する表現です。卿の台詞は英語のfootとafootを引っ掛けたジョークになっているのですが、日本語字幕では「ふっと」とかけていましたね。言葉遊びも英国紳士の嗜みの一つですよね。

楠野一郎:さすがです。ヴィクトリア朝の街を俯瞰で見て行くことも、シャーロキアン的には嬉しいですよね。

香川愛生:ビッグベンという高い建物から、街に入って行って、石畳も見せて行く感じが大好きでしたね。この街の撮り方はホームズのファンにはたまらないなと。

ぬまがさワタリ:部屋の空間の活かし方にもホームズ感があるんだとか…?

香川愛生:部屋の間取りもそうですよね。ライカが得意とする衣装と背景のこだわりが、当時の壁の模様などの特徴に反映されていて、それがまさにホームズらしくて、ファンとしては居心地が良いし、ホームズを知らない人でも世界の中に没入できる作りになっていますね。ダイナミックなアクションが目立つ作品ですが、誰も気づかないところにもめちゃくちゃ手が込んでいます。

楠野一郎:“隠れキャラ”的なものもいましたからね。1回だけじゃわからないので、2度3度と観たくなります。

ぬまがさワタリ:ライオネル卿の部屋に様々な動物(標本や模型ですが)がいること、それ自体が科学的知性の大切さを描いているとも言えます。先ほど香川さんが仰ったホームズ(文学)ネタもですが、本作のディテールの徹底っぷりが(テーマにも繋がる)科学や文明へのリスペクトにもなっているなと。


10:「これしかない」動きのすごさ

香川愛生:シャーロック・ホームズには映像化作品がたくさんありますが、どの俳優さんでも、アニメであっても、その“動き”がすごく優先されていたと思います。ライカ作品における子どももバタバタと動いているのですが、今回の『ミッシング・リンク』のライオネル卿は、英国紳士らしい洗練された動きをしていましたね。彼の“杖芸”もすごいと思います。

楠野一郎:最初のネス湖のシーンでも、ライオネルの余裕綽綽な様子とか、イヤミったらしいところも出ていましたね。それを、1秒24コマで表現するのだからすごいですよね。実写だとNGを出しても「じゃあもう一度やってみましょうか」となるところですが、ライカのストップモーションでは、「これ違うな」ってなったら、どうしているんだろう?

香川愛生:NGとか出しづらいですよね。

ぬまがさワタリ:ライカの凄みって「これしかない」という動きしか作らないことにもあると思うんです。ちょっとした動きにも莫大なコストがかかるから、よっぽど「これだ」と思わないとやらないはずなんですよ。だから「決め打ち」の連続みたいな、すごい画ばかり続くっていう。

楠野一郎:先ほどもお話ししましたが、今までのライカ作品で胸が詰まる思いをしているのは、やっぱり作り手の気持ちを考えてしまうことにもありますよね。加えて劇中の物語においても、キャラクターたちの生き様もまざまざと見えるのですから。

11:『インディ・ジョーンズ』シリーズからの影響と、社会への批評性

楠野一郎:今回は監督が『レイダース/失われたアーク』を参考にしたそうですが、実際にいろいろな影響があるんですよ。例えば、アデリーナというキャラクターもそれらしい。主人公が探究心を持って旅に出て、その先で因縁浅からぬ女性と出会って、彼女とのコミュニケーションを取らないと情報がもらえないので、一緒に目的地に向かうという流れが『レイダース』と一緒ですね。そちらでは最終的に2人は結ばれるというパターンですが、今回のアデリーナは、ちゃんと現代的な女性らしさをもって、語り直されていますね。

ぬまがさワタリ:昔ながらの作品のエッセンスを取り込みながらも、社会の体制に対しての批評性もあるのが良いですね。

楠野一郎:劇中の年代ははっきりしていませんが、ちょうどこの頃に、ダーウィンが進化論を発表しているんですよ。当時の英国は絶頂期ですから貴族もイケイケですし、進化論の対極にある神の存在といった価値観を大事にしている人間たちもいる。だから、ライオネル卿は分断されているんですよ。貴族に自分も加わりたい、でも科学を信じているから調べている、でもやっぱり社会に認められないのは嫌だっていう、気持ちが、彼にはありますよね。

ぬまがさワタリ:そのことを考えると、リンク君が人間と猿を「繋ぐ」存在だっていうのは、すごく重い意味を持っていますよね。彼はある意味、科学を象徴する存在でもある。見た目はザ・獣って感じであんまり科学っぽさはないですけど、作品全体からすれば現代的な価値観、それこそ科学の発展や知的好奇心や多様性といった概念を一身に背負う、面白いキャラクターだと思います。


12:生き物描写、特に脚の長いゾウがすごい!

楠野一郎:ぬまがさワタリさんにお聞きしたかったのですが、本作はUMAや未確認生物、具体的にはイエティやビッグフットがモチーフになっていますよね。劇中でリンク君が森の中へ逃げていくシーンがあるのですが、これがパターソン・ギムリン・フィルムという60年代にビッグフットをアメリカで撮影したと言われている有名な1分くらいのビデオにそっくりなんですよ。

ぬまがさワタリ:冒頭の怪物も思いっきりネッシーだし、UMAの怪しげな楽しさを全編に散りばめていますね。

楠野一郎:パターソン・ギムリン・フィルムやUMAが好きな人は「来た来た!」という感じだと思います。

香川愛生:動物もたくさん出てきますよね。ぬまがさワタリさんが特に注目したのはどの動物ですか?

ぬまがさワタリ:ライカ作品の生き物描写はすごく面白くって、最初のネッシーの造形も大好きですね。パカっと口を開けてるのかな…と思っていたら、「そこが開くんかい!」っていう。ああいうまさかの「展開」も、リアルにモノを使ってやることで驚きが増す。ライカの良い意味で「意地悪な」ユーモアが、動物の造形そのものに滲み出ていて最高です。

香川愛生:現実にいそうな動物にも、すごいインパクトがありますよね。

楠野一郎:途中でシーンしか出てこない犬も印象的でしたね。「犬っぽさ」がすごいんですよ。

ぬまがさワタリ:あの犬は、目の前に圧倒的に強そうなリンク君がいるから、寝返っちゃうというか、優先順位をコロッと変えちゃうんですよね。現実の犬も(序列を重視する生態的に)そういうところがあり、皮肉が効いてます。ライカはやっぱり、現実にいる生き物の特徴をリアルに捉えながらも、デフォルメしたデザインに落とし込むのが上手い。

カモメもすごいんですよ。一瞬アップで映るんですが、よく見ると目の周りが血走ってるみたいにギラギラしてて、「か、可愛くねー」って(笑)。そこがまた、現実の鳥らしいハズレた魅力を生んでるんですけどね。

そして、今回の最優秀賞は、なんと言っても中盤で登場するゾウですね。ライカ作品のキャラクターって実は「脚」がかなり特徴的なのですが、このゾウは鼻と同じくらい長い脚で歩いている。それが現実のゾウとは全然違うはずなのに、ゾウの本質ともいうべき特徴を鮮やかに捉えていました。ゾウのちょっと不気味なヌーッとした動きや造形を、あのデフォルメで表すというのは、本当にすごいセンスですよ。



楠野一郎:言われてみれば、現実のゾウとのフォルムがぜんぜん違いますね。

香川愛生:バーって走ってもおかしくなさそうですね。

ぬまがさワタリ:あの場面は森の雰囲気もすごく良いですね。ライカ恒例のエンドロールでのメイキングで、この「ゾウの像」が出てきたときは「やったぜ!」と。

楠野一郎:それを実写でもCGでもなく、基本1秒に24コマ、象の動きをやっているわけですから。

ぬまがさワタリ:すごいモチベーションですよね。ライカの造形の基本は「動かして楽しい」ということもあると思うんです。このゾウも「普通のフォルムよりも、スラッとした脚のほうが(動かした時に)面白いだろう」っていう発想から生まれたと思うんですよ。その作り手のワクワク感が、造形に反映されていて面白いなと思いますね。

13:ドードーが示しているもの

楠野一郎:ぬまがさワタリさんは動物イラストレーターとして、ドードーに興奮しませんでした?

ぬまがさワタリ:本作のドードー、めっちゃ好きなんですよ! ずんぐりしていて、ボケーッとした顔つきで、出てきたときは笑っちゃいましたね。

楠野一郎:ドードーは人間が乱獲したから絶滅しちゃったんですよね。

ぬまがさワタリ:その通り。ドードーは人間を恐れず、しかも飛べないので、人間が連れてきた犬や猫などの動物に狩られて絶滅しちゃったんです。あのドードーもそういう意味では、リンク君を連想させるアイテムなのかも。

楠野一郎:貴族クラブが狩りをしているんですよね。それは彼らにとっては探検かもしれないけど、動物を食べるわけでもないし、ほぼほぼ意味なく殺していっています。ドードーにしても、いろいろな理由はあるにせよ、人間の身勝手な行動によって絶滅したわけですよね。でも、ライオネル卿はドードーを大事には思っていて、自分の部屋に飾ってある。いろいろ問題のある言動もしているけど、彼は基本的には悪い奴じゃないですよね。

ぬまがさワタリ:生き物を愛する、自然を愛するっていう心は持っていますよね。生き物への愛が向上心につながっているというのも、ライオネル卿らしさなのかなって思いますね。

楠野一郎:ライオネル卿は、リンク君と出会った時、まあまあすぐに打ち解けるんですよね。普通は引くかもうちょっとびっくりするんでしょうが、それも生き物への興味が強いからでしょうね。

香川愛生:ライオネル卿は動物と打ち解けられる自信があったんでしょうね。彼は「こういう生物がいるに違いない」っていう気持ちでいたのだと。その自信や尊厳を象徴するような出会いのシーンですよね。


14:『KUBO』と出会えた衝撃

ぬまがさワタリ:今までのライカ作品についても語っておきましょうか。私はやっぱり『KUBO』がいちばん好きで、ライカの集大成であり最高傑作だと思います。シンプルなエンターテインメント性と、深いテーマ性が本当に素晴らしい。


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楠野一郎:その前の『ボックストロール』が日本で公開できなかったということがあったので、4年ぶりに作品が日本で観られるということにも、ライカファンとしての大きな喜びがありましたね。香川さんは『KUBO』からライカを知ったんですよね。

香川愛生:そうですね。『KUBO』の前はライカの存在も知りませんでした。『KUBO』を初めて観た時も、ストップモーションアニメということも知らずに観たんですよ。すごいアニメーションだなあと思っていたら、エンディングでメイキングが流れた時に、頭が真っ白になって。「どういうことなの?」って、本当に何が起こったのかがわかりませんでした。パンフレットを買って、やっと「こうやって作っているんだ」というのがわかって、一気にファンになりました。

楠野一郎:それでポートランドまで行っちゃったんですものね。

香川愛生:そうなんですよ。ちょうどその冬くらいにポートランドで1ヶ月半くらいライカ展をやっていて、衝動で2泊3日の旅行に行ったんですよ。直行便がなかったので、移動がすごく大変でした。もう展示では様々な人形やパーツが凝縮して展示されていて、目を疑う光景ばかりでした。

ぬまがさワタリ:ぎっしり並んだ小道具や衣装が、本当に“ある”んですものね。

香川愛生:本当にこれは人の手によって作られたんだっていうことを改めて実感して、本当に信じられない気持ちでした。それくらい衝撃を与えてくれた作品ですから、やっぱり私も『KUBO』がいちばん好きですね。

楠野一郎:香川さんは『KUBO』のパンフレットを20冊買って、いろんな人に配ったんですよね。

ぬまがさワタリ:オタクの鑑ですね。

香川愛生:当時の私は映画館で映画をほとんど観ていなかったんですけど、『KUBO』について何も表現ができなかったのが悔しくて、それから作品としての魅力みたいなものを語れるようになったらいいなと思って映画を観るようになったんですよ。だからこそ、ぬまがさワタリさん、楠野一郎さん、ヒナタカさんの『KUBO』の座談会の記事も噛み締めるように読みました。

※こちらの記事を参照↓
『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』特別座談会!闇の姉妹の魅力やストップモーションアニメの意義を大いに語る!
それまでは、『名探偵コナン』などのシリーズものや劇場版でのアニメをよく観ていましたね。こうしたオリジナルのアニメ映画は、ほぼ初めて観たかもしれません。

ぬまがさワタリ:それこそ「映画」的な…つまり単独の完結した物語のアニメ映画との出会いが『KUBO』だったんですね。

香川愛生:そうですね。それが『KUBO』だったということにまた感動です。めちゃくちゃ贅沢な体験をさせていただきました。

15:『ボックストロール』の尖りっぷり

香川愛生:『KUBO』の後は、『ボックストロール』を日本で観られなかったので、海外版Blu-rayを取り寄せて観たりもしました。


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楠野一郎:『ボックストロール』は日本での公開が初めはなかったのですが、『KUBO』の後に、恵比寿の東京写真美術館ホールで上映されていましたね。初日の午後の初めの回を観に行ったんですけど、人形をパシャパシャ撮っていた熱心なファンがいるな、と思ったら、それが香川さんでしたね。

ぬまがさワタリ:ガチ勢の行動ですね(笑)。

香川愛生:ライカの作品って、展示をよくやってくださるんですよね。目の前に人形があるということに、また感動するんですよね。

ぬまがさワタリ:目の前に俳優がいるようなものですからね。

香川愛生:確かに!

ぬまがさワタリ:それにしても、『ボックストロール』はめちゃくちゃ尖った作品ですよね。『KUBO』はかなり観やすい万人向けの作品でしたから。そこから遡って、色々観てもやっぱり大好きというのは、香川さんとライカの相性が良かったんでしょうね。

香川愛生:ライカは、本当に“職人さん”の作品なんですよ。1人1人がすごすぎる技術とすごすぎる執念で、こだわり抜いて作っているという、その姿勢に刺激を受けていると思います。私も普段は将棋という勝負の世界にいるので、そうしたヒリヒリ感で作られているのだと。

楠野一郎:『ボックストロール』の尖りっぷりと言えば、“ハコを着ている鬼”という発想がすごいですよね。しかもチーズのような、自分たちから見たらどうでもいいものがとてつもなく大事なものになっていることが、社会風刺にもなっています。キャラがスプーキーなんだけど、可愛い部分と気味が悪い部分が同居していて、物語としても最後には胸が熱くなります。


16:『パラノーマン』への強い思い入れと、ライカ作品に通ずる共通する“孤独”

楠野一郎:『コララインとボタンの魔女』と『パラノーマン』はアメリカでは1億ドルを超える大ヒットをしていたんですよ。だけど、『パラノーマン』は日本では本当にお客さんが入っていませんでした。当時の日比谷の映画館で、250人くらいが入れる映画館で6、7回は観たんですが、毎回5、6人くらいしかお客さんがいなかったんですよ。Twitterがギリギリ始まっていた頃で、発信もしていたんですが、結果が出ずに上映が終了してしまいました。『ボックストロール』が日本で公開されなかったので、もうライカの映画は日本でスクリーンで観られないんじゃないかと思ってたくらいでしたから。『KUBO』も日本で公開されるまでに、1年くらい時間がかかりましたよね。

ぬまがさワタリ:『KUBO』は解説イラストを描いて良かったな、と改めて思いましたね。「みんな観て!」っていうイラストが拡散して行く流れもそうですが、SNSの発達のおかげで、本当に良いものは良いという熱量を持って語る人が増えたというのは嬉しいことです。


楠野一郎:『KUBO』はTwitterをみんなが使ってなじんでいる頃に出てきたというタイミングの良さがありますよね。とにかく、『パラノーマン』は、日本のお客さんになかなか届かなかったことも含めて、すごく思い入れがあるんです。

香川愛生:『パラノーマン』の作品としての魅力についてはいかがですか。

楠野一郎:ライカ作品に通ずる共通点として、孤独な人に寄り添っているということがあります。それがいちばんわかりやすく、胸に迫る感じで作られているのが『パラノーマン』でした。主人公には周りに人がいっぱいいる、家族もいる、友達も一応いるけれど、特殊な能力を持っているが故に、内面ではいちばん孤独を抱えている。物語の初めに、主人公のノーマンが街の中を歩いていて、それは変わった子がブツブツ言っているだけに見えるんだけど、スーッとカメラが回っていくと、彼はいろいろなものが見えているんだよということがわかる。あれだけで涙腺が決壊してしまいます。

ぬまがさワタリ:あそこは音楽も良いんですよね。

楠野一郎:『パラノーマン』のそれは極端な描き方ではありますけど、どんな人でも通ずると思います。例えば、香川さんにとってみれば将棋かもしれないし、ぬまがさワタリさんにとっては動物への愛かもしれない。そうしたことが、なかなか他の人には簡単には理解されない。それがわかりやすい形で描かれていますし、実際にそういう子どもたちがいっぱいいるはずです。「自分の趣味趣向が間違っているのかもしれない」と思っている人には届くし、救われる物語であると思います。

ぬまがさワタリ:『パラノーマン』が素晴らしいなと思うのは、一種のフィクション論、もしくはホラー映画論みたいなところもあることです。あまり自慢できるような趣味ではないこと、それこそ(一見)悪趣味なフィクションだとか、幽霊のような現実にない何かを愛するということが、人を救うんだよというメッセージにもなっています。

楠野一郎:一般的にマイノリティと呼ばれる趣味嗜好であっても恐れることでもないし、恥じることも全くない。それをわかってくれる人は絶対に世の中にいるはず。その彼にしか解きほぐせないこともあるんだよ。これはすごくわかりやすいメッセージですし、子どもが見てもわかりますよね。

17:ライカに訪れた転換点と、その志の高さ

ぬまがさワタリ:『パラノーマン』は魔女狩りの悲惨な過去をはっきりと物語に反映していて、アメリカの暗部というか、もっと言えば世界の歴史の負の部分をまっすぐ見つめる作品でもありますよね。

楠野一郎:その文脈で言うと、『コララインとボタンの魔女』からの流れもあって。『コラライン~』のヘンリー・セリック監督は、元々は『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』をティム・バートン監督と一緒に作っていたので、ライカの始まりって映画ファンとしてはセリックがまた映画を作ってくれたんだという印象が強いんです。彼は鬼才ということで有名で、その後に作った『モンキーボーン』という実写映画が大コケしちゃったんですよね。この後もセリックが映画を撮れるのかな、撮れないのかなと心配していて。その時に誕生した『コララインとボタンの魔女』は、良い意味でやりたい放題だなと。セリックの趣味って、変わったもの、気味が悪いものであり、変わった子には変わった子なりの考え方があるというものです。その価値観が、セリック監督ではないライカ作品の『パラノーマン』に受け継がれていますね。

香川愛生:ライカは15周年を迎えましたが、作品数で言うとまだ5作だけです。これからライカの“らしさ”が、これからもさらに確立されていくのかもしれませんね。今は、そういうタイミングなのだと思います。

楠野一郎:ライカにとっての歴史の転換点になっていますよね。

香川愛生:『ミッシング・リンク』は何しろ製作に5年をかけていますからね。それを大々的に見せていないというのもすごいなと。

楠野一郎:作り手からすると、5年前から作り始めるという孤独感は、凄まじいものがあると思いますよ。

ぬまがさワタリ:それこそ『パラノーマン』のような気持ちになりそうですね。

楠野一郎:人形を作る前に脚本の開発から始まるわけで、その段階で「本当に形になるのかな」と思うと考えると……。今の僕が5年後にどうなっているかって、全くわからないですから。ものすごく尊敬に値します。

香川愛生:クリス・バトラー監督のインタビューで私がすごく好きだったのが、進んだ映像の技術に対しての言葉ですね。「これまでの映画制作と比べて簡単になりますか」と問われると、「私たちはそうではない」と。「常に製作において少し難しいところを感じていて、そこに向かって挑戦していくため、私たちの製作が簡単になることはない、と。すごくカッコイイし、志が高いです。

ぬまがさワタリ:こんなに集中して1つの物語世界を作ろうとしている人が、本当にいるんだっていうことを再認識できますね。


18:どんどん広がっていく舞台

香川愛生:これまでのライカの作品では、小さくて精巧に作られた舞台が、壊れたり崩れ去ったりするんですよね。それが物語以上に胸が痛くて……。もちろんCGの部分もあるのでしょうけど、こんなに一生懸命に作ったものがなくなっていくという悲しさを、いつも抱えているんですよ。今回は場所を転々としていくので、その胸の痛みは少ないですね。

楠野一郎:ライカ作品を振り返ってみると、舞台がどんどん広がっていますよね。『コララインとボタンの魔女』は基本的に家の中の話で、『パラノーマン』が街の中、ボックストロールは国というか島。『KUBO』は旅はするけど基本的には日本のような国。家、街、島、国と来て、今回は初めて世界の話になったから、それを含めて風通しの良い作品になったのだと思います。そう考えると、次は冗談抜きで宇宙じゃないかと。宇宙という無重力の舞台で、ライカがどのような挑戦するかを観たくないですか?

香川愛生:ちょっと鳥肌が立ちました。宇宙が舞台のライカ作品って、めちゃくちゃ観たいですね。

ぬまがさワタリ:無重力のストップモーションアニメって、完全にどうかしていますね(称賛)。観る側の期待のハードルもどんどん上がってしまいますが、きっとまた驚かせてくれるはずです。

19:それぞれのまとめ

ぬまがさワタリ:たくさん語ってきたので、そろそろまとめましょうか。

『ミッシング・リンク』は、タイトル通りに「なくした(ミッシング)もの」を埋めていくという物語ですよね。なんらかの欠落を抱えた人であっても、好奇心を大切にして進んでいけば、なくしたものを埋められるさっていう前向きなメッセージを感じます。社会の古い価値観など、立ち塞がるものは多いかもしれないけど、それでも知的探究心を忘れずに楽しく行こうと。生き物ファンとしても元気が出る映画です。

香川愛生:作り手がホームズファンというだけで、思わず親近感を得たんですよね。やはり、そのこだわりと執念がすごすぎます。十分に良い作品ができてしまいそうなところでも、誰も気づかないようなディテールまで、1人1人の職人さんが技術を駆使して作ってくれている。それが本当に素晴らしい作品が生まれている理由なのだと。私もその姿勢に刺激を受けていて、これからもライカ作品を楽しんでいきたいですね。『ミッシング・リンク』はもちろん劇場でも観ますし、次回作も楽しみにしています。

楠野一郎:今はいろいろな国のいろいろなアニメ映画が公開されています。アイルランド・ルクセンブルク合作の『ウルフウォーカー』だったり、中国の『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』もそうです。今はコロナ禍で映画館に行きづらいという人もいるとは思うのですけど、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』で初めて映画を観に行った子どもたちがたくさんいると思うんですよ。いろんな国でいろんなアニメがあって、いろんな人がいろんな物語を紡ごうとしているということを、子どもたちに知って欲しいですね。いろんな映画が公開延期されて寂しいという気持ちもあるのですが、その中で無事に『ミッシング・リンク』が公開されたことも喜ばしいですし、そういう世界の広さ、作品の多様さ、技術の素晴らしさが、世の中にもっと受け入れられると嬉しいですね。

■座談会参加者プロフィール

ぬまがさワタリ:映画と生き物を愛するイラストレーター。『図解なんかへんな生きもの』『ゆかいないきもの㊙︎図鑑』『絶滅どうぶつ図鑑』『ふしぎな昆虫大研究』。映画秘宝にも寄稿。(Twitter→@numagasa

香川愛生:日本将棋連盟女流棋士・YouTuber。趣味を活かした将棋以外の活動にも幅広く取り込む。著書『職業、女流棋士』。アニメハックにコラム『まなおのアニメ感想戦!』連載中。(Twitter→@MNO_shogi

楠野一郎:脚本家・構成作家。映画脚本作品は『天空の蜂』『東京喰種』『ゴーストマスター』等。21年『騙し絵の牙』(吉田大八監督との共同脚本)が公開待機中。(Twitter→@kusunopropeller

(文・構成:ヒナタカ)

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