『ソング・トゥ・ソング』レビュー:映像詩人と豪華キャストによる神々しい愛欲のLIVE
増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」
『地獄の逃避行』(73)『天国の日々』(78)で世界中の映画ファンからカルト的支持を得つつ、その後20年の沈黙を経て『シン・レッド・ライン』(98)で復活したテレンス・マリック監督。
21世紀に入ってからはコンスタントに新作を撮り続け、日本でも今年最新作の『名もなき生涯』(19)が公開されたばかり。
今回ご紹介する『ソング・トゥ・ソング』はそんなテレンス・マリック監督の2017年に豪華キャストと溢れんばかりの音楽を盛り込みながら、人生のLIVEそのものを美しくも高らかに謳い上げた傑作です。
4人の男女が繰り広げる
愛と欲望と音楽の世界
『ソング・トゥ・ソング』はアメリカ・テキサス州の音楽の都オースティンを舞台に、主に4人の男女によって織り成される哀しいまでの愛と欲望の世界を美しく奏で上げていきます。
大人になっても未だに人生の指標を見いだせずにいるフェイ(ルーニー・マーラ)は、富と名声を得て久しい音楽プロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)に救いを求めるかのように密かな“関係”を続けています。
そんな彼女ではありましたが、売れないソングライターのBV(ライアン・ゴスリング)のモーションの数々を受け、徐々に心惹かれていきます。
やがて双方の関係性を悟ったクックは、教師になる夢をあきらめてウェイトレスをしているロンダ(ナタリー・ポートマン)に接近していきますが……。
と、こういった展開はまだまだ序盤戦で、この後さらなる男女の愛憎が渦を巻くかのようなドラマが繰り広げられていきます。
先に記した4人のスター以外にもケイト・ブランシェットやヴァル・キルマー、ホリー・ハンター、ベレニス・マルローといった実力派キャストが集結。
またギニー・ポップ、リッキ・リー、パティ・スミスなどカリスマ的存在のミュージシャンが大挙登場することで、作品そのものの世界観をより一層奥深いものにしてくれています。
不安定で予測不可能な
人生そのものを画と音で描出
さて、こうしてストーリーだけを記すとドロドロした男女の愛欲劇ではありますが、“映像の詩人”と謳われて久しいテレンス・マリック監督はこれを映像と音楽の絶妙なるコラボレーションによって、あたかも神の域に突入しているのではないかと思わされるほどの美しい作品に仕上げています。撮影監督エマニュエル・ルベツキは『ゼロ・グラビティ』(13)『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)『レヴェナント 蘇りし者』(15)と3年連続アカデミー賞撮影賞を受賞する快挙を成し遂げた才人。
マリック監督作品も『ニュー・ワールド』(05)や『ツリー・オブ・ライフ』(11)などを担当していて、今回も阿吽の呼吸ともいえる絶妙の映像世界を展開しています。
それは単に映像が美しいということだけでなく、即興か演出かも定かではないほどに不安定な揺れが、人生そのものの揺れまで体感させるキャメラワークにもあるといってもいいでしょう。
時折キャメラのレンズがもたらす映像の歪みもまた、同等の効果を上げています。
更に特筆すべきは編集で、次にどんな画が来るのか予測もつかない大胆奇抜なカッティングの数々は、見る側をスリリングな情緒へ誘い、人生そのもののスリリングさまで醸し出していくのは驚異的!
こうして映像センスに加えて、エンド・クレジットを見て仰天するほどの楽曲を融合させながら、本作は愛と欲望に引きずり込まれる人間の業、即ち人生そのものを神々しいものとみなしたライヴのように魅せこんでいくのです。
「世界は裏切りを求める」「うわべだけ楽しい最悪の時間」「私はセックスして、贈り物を……おもちゃにした。命の灯火を弄んだ」など、キャスト個々のモノローグも実に詩的。
こうした成果によって、特にスピリチュアルに敏感な方々なら、本作に神と人の関係性をも見出すことができることでしょう。
そもそもテレンス・マリック監督はいかなる悲劇も、それこそ戦場の惨禍までもスピリチュアルな精神をもって描出してきた名匠です。
本作はそんな彼の資質が最大限に発揮された、そのキャリアの中でも屈指の傑作といえるでしょう。
特に混迷の一途をたどり、新たな年を迎えざるを得ない2020年の今、そのメッセージはより深く見る側の意識を啓蒙してくれること必至。
これぞまさしく真のエンタテインメントであると私は確信しています。
(文:増當竜也)
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