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弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.19| 『ロシアより愛をこめて』|「期待通りの男かな?」
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弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.19| 『ロシアより愛をこめて』|「期待通りの男かな?」
007シリーズは、言わずと知れた超娯楽大作。第一作の『007/ドクター・ノオ(007は殺しの番号)』(1962年)から、20作品以上が作られています。
007シリーズが出る前は冷戦の影響もあってか、「スパイは暗い」というイメージがありました。そんなイメージをジェームズ・ボンドが吹き飛ばしたのです。
ハラハラして、しかも楽しい。セクシーなボンドガールも登場する。
007シリーズは、つらいときに観るには一番いい映画だと思います。なにしろアクションに次ぐアクションで、息つくひまもないのです。
普通の映画には、イントロがあって、真ん中でイントロに対する説明があって、最後はどんでん返しがあって、という流れがありますが、007は冒頭からアクション・シーンの連続です。中には意味のないアクションもありますが、そのノー天気さが好きですね。
頭が疲れているときには「あ、007を観よう!」と、なにも考えずに観られる。例えば『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)や『ピアノ・レッスン』(1993年) のような映画は、疲れているときにはとても観づらいのです。
僕がこのシリーズを初めて観た頃は、「ゼロゼロナナ」と呼ばれていました。第一作目は、「ゼロゼロナナは殺しの番号」でした。それが「ゼロゼロセブン」になって、その後、映画の中でもそう呼ばれている「ダブルオーセブン」になった。この変遷も面白いですね。日本語では「ゼロ」ではなく「れい」ですから、「れいれいなな」というのが正しかったような気がしますが、それではいくらなんでもカッコ悪かったのでしょうか。
『ロシアより愛をこめて』の日本公開時のタイトルは、『007/危機一発』。
「危機一発」という四字熟語は間違いで「危機一髪」が正しいのですが、このタイトルは当時配給会社にいた水野晴郎さんがつけたそうです。水野さんは、拳銃などのイメージからわざと一発にしたと言っているそうですが、一方では本当に間違えたという噂もあります。真相はどちらなのでしょうね?
とにかく、この映画があまりにも有名になったおかげで、当時は多くの学生が国語の試験の四字熟語の問題で「危機一発」と書き間違えたそうです。
シリーズの原作者であるイアン・フレミングという人は、実際に第二次世界大戦中はイギリス軍のスパイ活動をしていたため、その経験を活かして007シリーズを書いたといわれています。
彼は1964年に亡くなっていますが、現在まで007シリーズが映画化され続けているその最大の理由は、ジェームズ・ボンドというキャラクターの魅力でしょう。
「もし、生まれ変われるとしたら誰になりたいか?」と問われれば、僕は「ジェームズ・ボンド」と答えます。そのくらいボンドはカッコいいですね。フランク・シナトラや長嶋茂雄など、多くの人に愛されているスーパースターは少なくありませんが、ボンドにはかないません。まず、ボンドは絶対死にません。仕事をやらせれば有能だし、その上、美食家でハイセンス、女性にも優しいからモテますし、いろいろな美女とのラブアフェアが楽しめる。実在すれば、ボンドに勝るものはないでしょう。
そして、ボンドを演じたショーン・コネリーが実にハマっていました。彼が出演を辞退した後、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナンと代わっていきましたが、ショーン・コネリーほどボンドが似合う俳優はいません。ロジャー・ムーアも多くの作品でボンドを演じましたが、ちょっと軽すぎた感じがありましたね。
ショーン・コネリーは25歳で映画デビューを果たし、27歳でテレンス・ヤング監督の『虎の行動』(1957年)という作品に出演。そのときの印象から、ヤング監督は「タキシードの似合うセクシーな英国紳士」であるボンド役にショーン・コネリーを推薦したそうです。
第一作の『ドクター・ノオ』は、低予算で作られたB級映画でした。それでも、ジェームズ・ボンドのテーマや、007という文字に拳銃を組み合わせたロゴ、ショーン・コネリーのカッコよさなどもあってヒットを記録。二作目の『ロシアより愛をこめて』から、正真正銘の娯楽大作になりました。
シリーズの最高傑作は、『サンダーボール作戦』(1965年)とも、『ゴールドフィンガー』(1964年)とも言われていますが、僕はこの『ロシアより愛をこめて』を推しますね。
以降に続いていく「毎回のお約束」を確立させたのがこの作品です。『ドクター・ノオ』にも美女は登場しますが、「ボンドガール」と呼ばれるようになったのは『ロシアより愛をこめて』のダニエラ・ビアンキからですし、新たに開発された秘密兵器が本格的に登場したのもこの作品から。ボンドの敵役に有名俳優を配したのも、『ロシアより愛をこめて』に登場するロバート・ショウからです。
僕がこの作品を初めて観たときは10代でしたから、007の世界に憧れたものです。特に、ボンドガールとの絡みには毎回しびれましたね。
『ロシアより愛をこめて』のボンドガールは、タチアナというソ連のスパイ。このタチアナ演じるダニエラ・ビアンキというイタリア女優が、歴代のボンドガールの中でもピカ一の色っぽさなのです。
タチアナは、実は犯罪組織「スペクター」に騙されているのですが、そうとは知らずに母国のためにボンドに近づこうとする。その近づき方がすごいのです。
ボンドが部屋を空けている隙に、生まれたままの姿にチョーカーだけをつけて、ベッドに忍び込んで彼を待っている。人の気配に気づき、銃を構えて部屋に入ってくるボンド。彼はベッドに座り、タチアナと言葉を交わす。会話はだんだん妖しいムードになって、「私の口は大きすぎない?」とボンドに聞きます。このときアップになるタチアナの口の中で、彼女の舌が非常に色っぽく動く。このシーン、忘れられませんね。
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〜ベッドの上半身を起こしてボンドに抱きつき、背中を撫でるタチアナ〜
ボンド:何を探してる?
〜ボンドの腰の上にある銃痕に触れながら〜
タチアナ:傷跡、資料ですべてを知ってるの
ボンド:期待通りの男かな?
タチアナ:分かるわ
〜ベッドに横たわって〜
タチアナ:朝には......
〜熱い口づけを交わす二人〜
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実にエロチックな会話です。「いつかこんな美女と、こんな会話を交わしてみたい」「こんな状況にいつか遭遇してみたい」と真剣に思ったものです。しかし朝までは、カンベンしてほしいですね。
とにかく、ボンドはモテる。モテまくるのです。休暇中のボンドは、いつもどこかの美女といいことをしている最中ですし、仕事絡みで知り合った美女たちも、みんな彼のとりこになってしまう。ボンドが口説くというよりも、女性のほうから惚れてしまうのです。
このイメージは、僕の作品の主人公・島耕作にも通じるものがあるかもしれません。
島耕作の場合、作品上相手がいろいろ変わるので男性側からアプローチするとセクハラになってしまう。それで、勝手に女が来て勝手に去っていくというシステムにしたのですが、その結果、やたらとモテる男になってしまいました。
島が次々に女性を口説いて相手を代えていたら、とんでもない奴になってしまいますから、女のほうが島を遊びの対象として選ぶようにしたのです。島が遊んでいるのではなくて、実は遊ばれている。ある意味、男の夢ですからね。
僕が思う「モテる男」のポイントは、まずは清潔感です。不潔な男は絶対にモテません。ジェームズ・ボンドも常に清潔感を漂わせ、スマートでおしゃれ。どんなときにでもスーツをビシッと着こなしています。
『ロシアより愛をこめて』では、オリエンタル急行の列車の中で、屈強な殺し屋とボンドが繰り広げる死闘があります。やっと殺し屋を倒したボンドが最初にしたのは、ネクタイを締め直すこと。この辺がいかにも英国紳士といった感じでした。
モテたいと思うのであれば、ボンドとまではいかなくとも、ある程度服装には気を配りたいですね。高級なスーツに身を包む必要はありませんが、外に出る前にはちゃんと鏡を見て、清潔感のある着こなしを心がけるべきでしょう。
それから、女性にモテるためには、相手に対する思いやりや優しさも必要です。その点でもボンドはすごい。オリエンタル急行に乗り込んだボンドとタチアナは周りを欺くために新婚夫婦を装っているのですが、突然の出発だったので彼女は洋服を用意できなかった。そんな彼女のためにボンドは、自分のスーツケースの中にドレスをちゃんと用意しているのです。優しい振りをして甘い言葉をいつも囁くのではなく、ときどき見せるこんな心遣いが女性の心を掴むのかもしれませんね。
周りにいるモテる男を観察してみると、女性に負担を感じさせたり、しなだれかかったりしない、というのがあるように思います。「僕には君しかいないんだ」なんて言う男は、情熱的なようで、実はあまりモテない。
でもまあ、『冬のソナタ』があれだけ流行ったのですから、そういうのが好きな女性もいるのでしょうが、基本的にはあっさりしている男のほうがモテているような気がします。島耕作も、自分から女性を追いかけないし、ガ ツガツしていません。ジェームズ・ボンドも基本的にはそうですよね。
要するに、人生の中での優先順位の一番が恋愛という男は、結局はモテないと思うのです。やはり、男は仕事が一番。ボンドも島も、その点がぶれないというのが、第一のモテる要素なのだと思います。恋愛で飯は食えません。飯を食うためにはまず仕事です。「君のためなら、なにもかも捨てられる」なんて言う男は、そのすぐ後で生活に困るようになるのです。
主演のショーン・コネリーは、ボンド役を離れてから一時低迷したものの、現在でも高い人気を保っています。最初にボンドを演じた32歳の頃からカツラだったともいわれていますが、最近では禿げた頭を丸出しにしながら渋い演技を見せていますよね。『薔薇の名前』(1986年)なんか最高でした。「禿げたオヤジは嫌い」と言う女性に「じゃあ、ショーン・コネリーは?」と聞いてみると、「あの人だけは別!」と言わせる彼の魅力はなんなのでしょう。
前にウィスキーのCMに出演していたときのコピーは「時は流れないそれは積み重なる」というものでしたが、その言葉がとてもよく似合っていました。ショーン・コネリーは「歳を重ねた男の魅力」を出せる、数少ない俳優の一人ですね。
弘兼憲史 プロフィール
弘兼憲史 (ひろかね けんし)1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。
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