人生を学べる名画座

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2021年08月29日

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.20| 『シンドラーのリスト』|「努力すればもう一人救えたのに」

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.20| 『シンドラーのリスト』|「努力すればもう一人救えたのに」



スティーブン・スピルバーグは、『激突』(1972年)、『ジョーズ』(1975年)、『未知との遭遇』(1977年)、そして『E・T』(1982年)などのエンターテイメント作品を次々と世に送り出し、大ヒットを記録、巨額の富を手に入れました。

ですがその一方で、「所詮スピルバーグは、娯楽作品しか撮れない」と、いろいろなところで言う人が出てきた。これは完全にやっかみなのですが、スピルバーグ自身もカチンときたところがあったのだと思います。

そこで彼は「人間ドラマも撮れるんだ」ということで、『カラー・パープル』(1985年)、『太陽の帝国』(1987年)といった人間ドラマを描くようになった。そしてついに、この『シンドラーのリスト』で、念願のアカデミー賞作品賞、監督賞を獲得したのです。

原作は、トーマス・キニーリの『シンドラーズ・リスト―1200人のユダヤ人を救ったドイツ人』という、ホロコーストから生き残った人々の生の声を記録したドキュメンタリー作品です。原作が実話なだけに、この映画を観たときの衝撃は強烈なものがありました。事実として、約600万人のユダヤ人が収容所で殺されているのですからね。

チェコ出身のドイツ人実業家・オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)は、戦争を利用して大儲けを企んでいる成金主義者。彼はポーランドのクラクフという街で、ナチスの将校たちに賄賂を使い、迫害を受けているユダヤ人から資金を集め、工場を開業する。しかしシンドラーは、将校たちとの折衝やPRなどは得意なものの、会社経営の才はあまり持っていない。そこで、ユダヤ人の優秀な会計士・イザック・シュターン(ベン・キングズレー)に実質的な経営を任せ、賃金の安いユダヤ人労働者を使うことで利益を貪ろうとするのです。

シンドラーの巧みな交渉術とシュターンの経営手腕によって、鍋などのほうろう製品を製造するシンドラーの会社・DEFは飛躍的に成長を遂げ、彼は巨万の富を得る。その一方で、ナチスによるユダヤ人迫害は、激しさを増していくのです。

ユダヤ人たちは、住んでいた家を追われ、狭く汚い居住区に押し込められる。そして、すべての財産を没収され、強制収容所へと送還されるのです。これは送還というよりも「ユダヤ人狩り」といったもので、ドイツ兵は逃げ惑うユダヤ人を執拗に追いかけ、平然と射殺してしまう。

この惨状を、乗馬をしていたシンドラーは丘の上から目撃します。顔色を変えるシンドラー。このとき、彼の中でなにかが変わりはじめたのでしょう。

街の中に、一人の少女が歩いていました。親とはぐれてしまったのか、一人ぼっちでとぼとぼと歩いている。その少女の服だけが、パートカラーによって赤く映し出されるのです。



この後、強制収容所は閉鎖され、ユダヤ人たちはすべてアウシュビッツへ送られることになる。閉鎖のために、収容所の周りに埋められていた死体を掘り起こし、焼却するようにとの命令が下される。収容所の周辺は、ユダヤ人を焼却した灰が雪のように降り注いでいます。

死体を運搬する荷車が画面を横切る。その上には、赤い服を着た少女の死体が無残に置かれているのです。あの可愛かった女の子が、ボロクズのようになって運ばれていく.....。

このシーン、実に印象的でした。

『シンドラーのリスト』は、このようなパートカラーを効果的に使っています。

冒頭シーンは、ユダヤ人家族がお祈りをしているフルカラーの映像で、テーブルの上に置かれた蝋燭がだんだん短くなっていくたびに、全体の色がだんだん落ちていって、蝋燭の炎だけがカラーになる。その炎が消えたとき、完全なモノクロームとなるのです。

パートカラーを使ったのは、スピルバーグが非常に影響を受けている黒澤明の『天国と地獄』(1963年)からヒントを得たものではないでしょうか。『天国と地獄』では、煙突から吐き出される煙だけがピンクに映し出されるといった手法を使っていました。

この映画をモノクロームにしたのは、スピルバーグのリアリティにこだわった演出によるもので、今まで目にしたホロコーストの映像がすべてモノクロだったために、「真実を伝えるにはモノクロームしかない」と判断したそうです。

この判断は成功だったといえるでしょう。ホロコーストを題材とした映画は多くありますが、リアリティにおいて『シンドラーのリスト』は群を抜いていると思います。

強く印象に残ったシーンは随所にありました。

収容所内のバラックの工事中、一人のユダヤ人女性が「基礎をやり直さないと建物が全部崩れます」と、アーモン・ゲート少尉(レイフ・ファインズ)に意見するシーンがありました。彼女は、ミラノ大学で建築を学んだ専門家なのですが、それを聞いたゲートは一言「こいつを処刑しろ」と言う

ドイツ兵は彼女をひざまずかせて、頭に拳銃を当てる。「私を殺してなんになるのです!」 彼女は必死に叫びますが、ドイツ兵は「そうだな」と、バン!と撃つ。その後で、ゲートは部下に「基礎を全部やり直せ」と命令するのです。

こういうことも、実際に行なわれていたのでしょうね。

収容所の中のシーンは、目を覆いたくなるようなものばかりでした。

寒空の下全裸にされて、泥の上をドイツ兵に追い立てられるユダヤ人。

病人や役に立たない人からガス室送りになるということで、ナチスの医師による選別の前に、自分の指先を針でつついて、その血を口や頬に塗って赤くして、血色がいいように、健康そうに見せるシーン。

親から引き離され逃げ惑う子供たち。一人の子が床下や戸棚の中などに隠れようとするのですが、どこもいっぱいで、仕方なくトイレの肥溜めの中にジャポーンと飛び込む。でも、そんな汚いところにもすでに先客の子供たちがいて、「出て行け。ここは僕たちの場所だ」と言われるシーンもありました。

収容所の閉鎖を知ったシンドラーは、DEFを閉鎖して故郷へ戻ろうと決意し、それを シュターンに伝えます。

シュターンは「みんなアウシュビッツへ送られます。最後の列車に私も乗ります」と静かに言う。シンドラーは、「いつの日かこの戦争も終わる。その時君と一杯飲もうと......」と言いかける。彼はそれまで、シンドラーがいくら酒を勧めてもそれを口にすることがなかったのです。この言葉にシュターンは「今、飲みましょう」と答える。彼はすでに、自分の死を覚悟していたのです。シンドラーもそれがわかっていますから、二人はなにも言わずに見つめあい、静かに酒を口に運ぶ。

このシーンも印象的でした。そしてこの会話で、シンドラーは決意を翻すのです。

自分だけ故郷へ帰るのはやめて、ユダヤ人たちを救おう。今までのように商売のために救うのではなく、一人の人間としてユダヤ人を救おうと。

決意を固めたシンドラーは早速ゲートに談判し、今まで貯めたお金を全部投げ打って、ユダヤ人労働者たちを「買って」救うことをはじめます。

そして、「シンドラーのリスト」が作られていく。


(シュターン(右)とともに、リストを作成するシンドラー。彼の真剣な眼差しには、貧欲な実業家の影は見られない。)


彼は、自分の生まれ故郷であるチェコに砲弾工場を作って、アウシュビッツ送りになるユダヤ人たちをそこへ送ろうと決意します。とはいえ「一人いくら」で買うのですから、当然資金にも限界があります。シンドラーは、わずかな手元の金と自動車一台だけを残し、まずは出資者全員、次は子供と女性、ということでリストを挙げていき、最終的に1100人ものユダヤ人をチェコに送りました。

チェコの砲弾工場では、シンドラーはわざと不良品を作り続けます。操業七カ月間で売り上げはゼロ。当然資金は枯渇していきますが、それでも彼は、戦争に使われる武器を生産しようとはしなかったのです。

ナチスはシンドラーの工場を疑いはじめ、シュターンはついに破産を告げる。しかし、ちょうどそのとき、ドイツは連合国に対して無条件降伏するのです。

シンドラーは工場のみんなを集めて、自分はナチスの党員で、軍需工場の経営者だから逃亡させて欲しいと言います。シンドラーに救われたユダヤ人たちは、旅立つシンドラーのために贈り物をする。それは、仲間から 抜いた金歯で作った、金の指輪でした。その指輪にはユダヤの聖書の言葉「一つの生命を 救う者が世界を救える」と刻んでありました。

シュターンから指輪を受け取ったシンドラーは、感極まってしまうのです。

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シンドラー:もっと救い出せた その努力をしていれば もう少し努力を

シュターン:あなたは この1100人を救ったんです

シンドラー:金があれば あんなバカなムダ遣いを バカだった

シュターン:彼らから 新しい世代が育ちます

シンドラー:もっと大勢を

シュターン:こんなに救って?

シンドラー:車を売れた この車で10人は救えたはずだ

 〜胸のバッジを外して 〜

シンドラー:このバッジで二人救えた たとえ一人でもいい…人間一人だぞ このバッジで......

〜シュターンに抱きつくシンドラー〜

シンドラー:努力すればもう一人救えたのに しなかった 救えたのに 

〜泣き崩れるシンドラー〜

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この作品を観て感じたのは、「人間の心」です。

誰かがひどい目に遭っていたら、それが自分とまったく関係のない人であっても、人は心を痛める。それが人間だけが持つ、人間の心です。お金や名誉を追いかけるのではなく、他人の不幸に心を痛めることができるのが人間なのです。

いくらお金や名誉を手にしていても、人間の心を持たない人は決して信頼を受けることができません。シンドラーは、凄惨なホロコーストを目の当たりにして、人間の心に目覚めたのだと思います。だからこそ、1100人もの命を救いながら、「努力が足りなかった」と後悔の涙を流したのでしょう。

ラストシーンでは、実際にシンドラーに救われた人、その子供、孫たちが、シンドラーの墓の上に次々と石を置いていきます。これは衝撃的でした。シンドラーの救った1100人の血を受け継いだ人が、今は6000人以上も存在するのです。僕はこのラストでは、流れる涙を抑えることができませんでした。

第二次世界大戦中の日本にも、杉原千畝さんという方がいらっしゃいました。杉原さんは外務省の職員で、リトアニアの領事代理をしていた時代に、ナチスドイツの迫害を受けていたユダヤ人にビザを発給し、約6000人もの命を救いました。

人間の心を持った人の存在を知ったとき、人は温かい気持ちになれますね。

弘兼憲史 プロフィール

弘兼憲史 (ひろかね けんし)

1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。

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