人生を学べる名画座

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2021年05月16日

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.05|『明日に向って撃て!』|「次はオーストラリアだ」

弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.05|『明日に向って撃て!』|「次はオーストラリアだ」



ジョージ・ロイ・ヒル監督の、とても粋でお洒落な映画です。

同じ監督でポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが主演した『スティング』(1973年)という作品があります。この映画はアカデミー賞を独占しましたが(作品賞・監督賞・脚本賞・ミュージカル映画音楽賞など)、僕の好みでは断然この『明日に向って撃て!』のほうが上ですね。

『明日に向って撃て!』の年にアカデミー賞(作品賞・監督賞・脚色賞)を獲ったのは、ジョン・ボイトとダスティン・ホフマン主演の『真夜中のカーボーイ』。この映画は公開当初、Xレイト(現在のR指定)になったこともあって話題となり「アメリカン・ニューシネマの傑作」ともいわれたもので、同年の『明日に向って撃て!』があれほどいい作品なのに作品賞も監督賞も獲れなかった。対抗馬に素晴らしい作品があったのは、運が悪かったとしか言いようがありません。

そこで、アカデミーの会員が「申し訳ない」ということで、同じ監督、同じキャストによる次回作『スティング』に賞をあげたという説もあるくらいなんです。

ロバート・レッドフォードは、この映画のずっと後に『サンダンス・インスティテュート』という若手の映画製作者を支援する団体の主宰となりましたが、この「サンダンス」という名称は、「明日に向って撃て!』で演じたサンダンス・キッドからとったものなんですね。数多くの映画に出演したレッドフォードも、この映画は特別に気に入っているということでしょう。

メインキャストは、銀行強盗のブッチ(ポール・ニューマン)とサンダンス(ロバート・レッドフォード)、そして女性教師でサンダンスの恋人であるエッタ(キャサリン・ロス)。この三人がアメリカを飛び出し、最終的にはボリビアまで行って強盗を繰り返すわけですが、男二人と女一人というちょっと不思議な三角関係が実にいいのです。

『冒険者たち』(1967年)や『突然炎のごとく』(1961年)にもこの関係はありましたが、サンダンスはもちろん、プッチもエッタを愛している。そして、エッタも二人を愛しているという構図です。

これがもし逆で、一人の男に女二人ということになると、血なまぐさい事件に発展、なんてことにもなります。ですが、二人の男と一人の女という場合には、男同士に妙な友情というか、連帯感が生まれることがあるんですね。

共通の好みや趣味を持った男同士に生まれる友情や連帯感。これは実際にもよくあることで、例えば、銀座のママ一人を目当てにして通いつめる5~6人の男たちがカウンターに並んでいるうちに、連帯感が生まれるというケースがあります。早く言えば恋敵なのですが、恋敵同士で一緒にゴルフをやったりする。「バーひとみのゴルフ会」とかね。「あの女のいいところをわかり合える」という連帯感なのでしょう。


(このシーンの前には、ポールニューマンがコミカルな曲乗りを披露する。)

『明日に向って撃て!』の名シーンの一つに、ブッチとエッタが自転車に乗るシーンがあります。バート・バカラックの『Raindrops Keep Fallin' On My Head』をバックに、恋人同士のような二人が楽しそうに自転車に乗っている。まるでCMかなにかのプロモーションビデオのような美しいシーンですが、それを温かく見つめているサンダンスのまなざしがいい。了見の狭い男であれば「俺の女となにしてるんだ!」というようなシーンですからね。

ブッチとサンダンスの男の友情、三人に流れている友情と愛情、連帯感や信頼感、そういったものが、この映画全体に粋に描かれているのです。

この作品にはたくさんの名シーン、名台詞がありますが、やはり秀逸だと思うのはラストシーンです。

『明日に向って撃て!』の二年前に、ウォーレン・ビーティとフェイ・ダナウェイの『俺たちに明日はない』(1967年)という映画がありました。この二本、日本でのタイトルも似ているし原題も主人公二人の名前、ラストシーンは主人公の二人がハチの巣になって死んでしまう、といったいくつかの共通点があります。

『俺たちに明日はない』のラストは、リアルにハチの巣になるという凄絶な最期がスローモーションで映し出されて衝撃的でした。そして一方の『明日に向って撃て!』のラストは、軽口を叩き合った二人がスッと出て行った姿がストップモーションとなって、壮絶な銃声だけが残る。ここが対照的なのです。僕の好みでは断然『明日に向って撃て!』のラストシーンですね。映画史上に残る、忘れられない名演出だと思います。

ブッチとサンダンスは、銀行強盗を繰り返した挙句、ボリビアの警察と軍隊に幾重にも取り囲まれてしまう。持っている弾にも限りがあるし、こちらはたった二人。まさに絶体絶命です。少しでも動こうとすれば、銃弾が雨あられと降り注いでくる。ついに二人とも何発かの銃弾を浴びて重傷を負う。

生き残れる可能性がゼロだということは、いくら陽気な二人でも自覚していたでしょう。

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血だらけの二人、壁にもたれながら拳銃に弾を込めている 

ブッチ:オーストラリアだ 次はそこだ 本音は知りたかったろ? 

サンダンス:それで?

ブッチ:英語が通じる 広い国だから存分に暴れられる 海で泳いでも...... 

サンダンス:泳ぎの話はやめろ! 銀行はどうだ? 

ブッチ:熟れていい匂いだ。 

サンダンス:銀行か女か? 

ブッチ:両方さ

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絶体絶命の二人が交わすこのやりとり、実に洒落ています。お互いに死ぬとわかっていながらも、こういった軽口を叩き合う。そこが好きなんです。

こういったメンタリティは、日本人にはまずないでしょう。日本の場合、死ぬとなったら深刻になって、「もう教わりだ。でも後悔はしていない。靖国で会おう」といった暗い台詞になるんですね。

僕はこの映画を観て、人生の中で窮地に追い込まれて「もうダメだ」と諦めてしまったら、最後には洒落というか、軽口というか、そういうことをやってみたいな、と思いました。そういうときにこそ、あまり深刻にならずにギャグをかましてみる。

寿命が来て死ぬ前には、残された最後の元気を振り絞って、一回死んだフリをしてみる。

みんなが「おじいちゃ~ん!」と泣きつくか、あるいは「ああ、やっと死んだ」とホッとしたような顔をするのか。それを見てから「まだまだじゃよ」と眼を見開く。

そういう冗談をやってみたいと、この映画を観て思いました。

つまり、「死」をそんなに悲しいものと捉えないほうがいいということです。誰にでも死はやってくるのですから、早いか遅いかの違いだけだし、どっちみちどんな幸せな人生を送ったとしても、死ぬ直前の心は千々に乱れているでしょう。

そうだとしたら、避けられない死が訪れたときには、軽口でも叩いてできるだけ明るくいきたいな、と思うのです。

これは、僕が常日頃から心がけている「現状を素直に受け入れる」という精神に共通するものがあります。

死だけではなく、人生には避け難い現実に直面するときがあると思います。それは耐え難く、受け入れ難いものかもしれません。でも、だからといって、そうした現実に背を向けていてもはじまらない。暗く落ち込んでしまっても仕方がない。「まあ、いっか」と、開き直るしかないのです。

『明日に向って撃て!』のラストシーンは、そんなことを考えさせてくれました。

そんなラストの演出も含めて、この映画は実に洒落ているんです。 


(C)弘兼憲史/講談社

(「課長 島耕作」京都編での鈴鴨かつ子との最初のベッドシーン。この場面はサンダンスとエッタのワンシーンからインスパイアされたそうである。)

取り上げた台詞の中でサンダンスが「泳ぎの話はやめろ!」というのも、ちゃんとした伏線があります。ブッチとサンダンスの度重なる犯行に業を煮やした銀行家が、腕利きの賞金稼ぎであるレフォーズを雇う。レフォーズは自分の名誉にかけて、ブッチとサンダンスを執拗に追いかける。このシーンも名場面の連続でした。

いくら逃げても逃げても追いかけてくるレフォーズ、ついに二人は岩場に追いつめられてしまう。前からはレフォーズたちの追っ手が迫り、後ろは断崖絶壁、その下は激流という状況です。

いくらサンダンスが銃の達人とはいえ、やはり多勢に無勢。ブッチは自分の腕に自信のないこともあって、激流に飛び降りようと提案します。でも、サンダンスは「俺は戦う」と言って聞かない。敵に背中を向けないサンダンス、「カッコいいなあ」と思って観ていました。

ところが、最終的にサンダンスから出た言葉は「I can't swim!」 早撃ちで百発百中、泣く子も黙るサンダンス・キッドは、勇敢に戦いたかったわけではない。実は、ただ泳げないだけだったのです。あれはもう大爆笑でした。

他にもこの作品には、無声映画のようにフィルムがカラカラと回る感じの冒頭シーン、 それに続く酒場でのポーカーのシーン、(就職した?)ブッチとサンダンスが金貨を運んでいる途中で山賊に襲われるシーン、列車強盗のとき、生真面目な銀行家を説得できずに列車を爆破するシーン、貨車の中から追っ手がドッと馬に乗って飛び出してくるシーン......。

数え上げればきりがないほどに、名シーンが散りばめられています。

僕はときどき、誰かに追いかけられている夢を見ます。いくら逃げてもどんなに巻こうとしても、追っ手がどんどん追いかけてくる。こんな夢を見るのは、もしかしたらこの『明日に向って撃て!』が原因かもしれない......。そんなことを思うほど、この映画は印象に深く残っています。

この映画の二人の主人公であるポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。二人とも実に味がある名優だと思いますが、『スティング』ではポール・ニューマンのほうがよかったけど、この映画ではレッドフォードのほうが断然カッコよかったですね。

ロバート・レッドフォードはデビュー当初、美男であるがゆえに大根役者という烙印を押されて、冷や飯を食わされた時期があります。でも、本当は演技もすごくうまいし、後に監督になって『普通の人々』(1980年)では作品賞も監督賞も獲っているほどの才能のある俳優です。美男であるがために損をしてしまったということでしょう。

そのレッドフォードに見出されたブラッド・ピットも、やはり美男である自分が嫌だったようで、麻薬中毒患者や殺人狂など、初期の頃には小汚い役を好んで演じていました。 ひょっとしたらピットも今後、映画監督として優れた作品を生み出すかもしれませんね。

弘兼憲史 プロフィール

弘兼憲史 (ひろかね けんし)

1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。

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