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弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.01|『アラビアのロレンス』「家庭を大切にしない奴は男じゃない」 (1972年)

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弘兼憲史人生を学べる名画座|『アラビアのロレンス』 |運命などない

『アラビアのロレンス』は、僕がこれまで観てきたすべての映画のベスト10、いや、ベスト5に入る作品です。

監督はデビッド・リーン。彼はこの作品も含めてアカデミー賞監督賞を二度も獲っている名匠で、他にも素晴らしい映画はたくさんありますが、僕の個人的なベスト作品は、この『アラビアのロレンス』です。

この映画を僕が初めて観たのは、高校生の頃。でも、描かれている第一次世界大戦当時のイギリスのアラブ政策、歴史的背景などを当時はあまり知らなかったもので、内容的な深いところまでは理解しきれませんでした。そこで、早速家に帰って、その辺りのことを調べてもう一度観直してみると、もっと深い部分で感動できたのです。

これ以降、僕はこういった歴史ものや実話を元にした映画を観る前には、ある程度の歴史的背景を勉強しておく、ということをポイントにしました。

2004年に公開された『トロイ』にしてもそうですが、映画で描かれている歴史的背景がわかっていないと、「なんでわざわざ木馬を贈るんだ」といったことが理解できない。二時間程度の映画の中やパンフレットに書かれている解説だけではどうしても詳しく説明できませんから、事前に時代背景を頭に入れておくほうが、ずっとその映画を楽しむことができるのです。

『アラビアのロレンス』の中で僕が注目した台詞は、ロレンス(ピーター・オトゥール)が、アラブのハリト族の族長・アリ(オマー・シャリフ)に向かって言う、「運命などない」という言葉です。

ロレンスはわずか50人で、アラブと敵対するトルコ軍が占領している軍事的要衝“アカバ”という港を奪還しようとします。しかし、そのためにはアラブ民族から「神が作った最悪の土地」と呼ばれる死の砂漠“ネフド”を横断しなければならない。

ロレンスの作戦を聞いたアリは「正気ではない」と反対するのですが、彼の人並みはずれた意志の強さと実行力に賭け、ネフド横断という過酷な挑戦に同意します。

灼熱の砂漠が延々と続き、水も食料も枯渇する。しかし、何度も挫折しそうになりながらも、ついに一行は一番の難所を超え、たどり着けない遥か彼方にあると思われた目的地、アカバの目の前へと迫ります。

夜明け前、さすがに一行は精根尽き果て、全員がラクダにしがみついているような状態になっている。そのときロレンスは、乗り手を失った一頭のラクダに気づく。そのラクダの乗り手であるガシムという一兵士は、限界を超えた行軍のために体力を消耗し、いつの間にかラクダから落ちてしまっていたのです。

ロレンス「引き返そう」

アリ「死にに行くのか ガシムはもう死んだ ガシムは寿命が来た 運命だ」

ロレンス 「運命などない!」

〜ガシムを救うために引き返そうとするロレンス〜

アリ 「勝手にしろ アカバは諦めたんだな」

ロレンス 「必ず行く それが運命と書かれている ここにな」

と自分の頭を指差す。ラクダに鞭を入れ颯爽と砂漠へ引き返すロレンス



そして、ロレンスは再び死の砂漠へ引き返します。残された一行は仕方なくアカバへと向かうのですが、ロレンスを慕っている一人の少年だけが、その場でじっと待っている。

やがて夜が明け、灼熱の太陽が砂漠を射す。激しい砂嵐も襲ってくる。ロレンスの帰還を信じて待っている少年も、半ば諦めかける。

そのとき、砂漠の地平線上に小さな影が見える。遥か彼方に目をこらして見ると、それは落伍したガシムをラクダに乗せて、フラフラになりながらやって来るロレンスなのです。

待っていた少年がロレンスに向かってラクダを走らせる。ここでカメラがグーッと引いて、画面の両側から二つの影が近づく。勢い余って一度行き過ぎてしまって、やがてひとつになる二つの影......。

このシーン、実に感動しました。

ロレンスは、「死は運命だ」と言われたガシムを助けに行き、その命を救う。そして、この行動によってアリから、「運命を造る者は、一人でも族長だ」と、アラブの族長の衣装と短剣をプレゼントされる(ロレンスはとても喜んで、その衣装を身にまとって一人で舞うのですが、このシーン、2003年の『ラストサムライ』の中で、トム・クルーズが初めて甲冑を身にまとう場面と似ていると思いました。エドワード・ズウィック監督、この映画からインスパイアされたのかもしれません)。

しかし、運命のいたずらとでもいうのでしょうか? そこまで苦労して助け出したガシムの命を、ロレンス自身が奪うことになってしまうのです。

ガシムはその後の行軍の最中につまらない諍いの末、同盟を結んでいた違う部族の男を殺してしまい、異民族を束ねる立場であるロレンスは、犯人であるガシムを自らの手で処刑するしかないという状況になってしまうのです。

命を救い「運命を変えた」と思っていたのに、自らが処刑しなければならなくなる。

「結局、運命は変えられないのか」......。

この後ロレンスは、自分を慕っていた少年の一人が目前で砂地獄に飲まれて命を落としてしまうという不運もあって、しばらく放心状態になってしまいます。

ですが、ロレンスの取った行動がまったく無意味だったかといえば、それは違うと思います。あくまでもそれは結果論。たとえ結果が同じだったとしても、結果に至るまでの過程というものが存在する。その過程は決して消えないものだと思うからです。

結局、ガシムは命を落としてしまいましたが、ロレンスに助けられたことで数日は生き ながらえた。たとえそれがもし数時間であったとしても、その時間の中で得た幸せ感や交 わした会話、見た風景などは、かけがえのないものです。

僕は、この映画でデビッド・リーンが伝えたかったことの一つに、「努力すればなんでも できる」ということに対するアンチテーゼがあると思います。もちろん、なにかを成し遂げるためには努力は必要ですが、いくら努力をしても、成し遂げられないこともある。実社会においては、「なんでもなせば成る」ということは決してないですからね。

子供に「頑張ればなんでもできる」と教育するのはいいのかもしれません。でも現実は、いくら頑張ってもできないものはできない。それは否定できない現実です。

ただ、先ほども書いたように、大切なのは「結果的にできなかったとしても、その努力は無駄にはならない」ということ。結果が変わらなかったからといって、「すべては無駄な努力だった」というのは間違った考え方だと思います。

だからこそ、ロレンスの「運命などない」という台詞が素晴らしい。

人生の中でネガティブな場面に遭遇したとき「運命だからどうしようもない」と諦めてしまい、努力も工夫もしなかったら、なにも変わらないのは当然のことです。

理不尽なことも不公平なことも多い世の中、「運命なんだ」と投げ出してしまうほうが楽なこともあるでしょう。でも、それを言い訳にしてはいけない。

変わらない、変えられないかもしれないけど、精一杯やってみる。無理かもしれないけどチャレンジしてみる。この精神が大事なのだと思います。

そして、精一杯チャレンジしてみて、それでも変わらなかったら、それでも変えられなかったら、今度はそれを潔く受け入れる。ここがまた、とても大事な精神です。無理な状況をひっくり返そうとして、いつまでもしつこく粘っていてはダメ。世の中には、変えられないもの、どうしようもないことも確かに存在しているのですから。

先ほどエドワード・ズウィック監督のことを書きましたが、実は僕もこの映画からは大変な影響を受けて、作品にその要素を活かしたことがあります。

『加治隆介の議』の中で、加治がPKOの視察のためにカンボジアに行き、ゲリラ組織に拉致されてしまうという話がありました。その中に、『アラビアのロレンス』の二つの要素を取り入れているのです。

一つは、加治の帰還を信じて、ずっと待ち続ける元愛人の一ノ関鮎美と、そこへ過度の栄養失調と極度の疲労でヘロヘロになって帰ってくる加治との再会のシーン。

もう一つは、ゲリラのアジトから一緒に逃げ出してきたクミールという少年が、底なし沼にはまって命を落としてしまうというシーンです。クミールは、必死の逃亡でやっと一息つけたかなというときに、空腹を満たすために沼に入ってザリガニを採る。何匹か捕まえたので、加治が「もういいんじゃないか 十分だ」と言うのですが、「あと少し採ったらあがります」と答えたとき、ズ~ッと底なし沼に入っていって、あっという間に沈んでしまう......。


(C)弘兼憲史/講談社


あのシーンは普通だったら、差しのべた手が届かないまま、お互い見つめあう二人がいて「今まで本当にありがとう」とかネチネチ台詞を言わせながら沈めるのですが、『アラビアのロレンス』を参考に、あえてスパーンと殺してしまうことで喪失感を表現しました。
(このシーンの少し前、クミールは日本で高等教育を受ける約束を加治と交わしていた。一瞬のうちに沈んでいく、彼の左手が切ない。)

とにかくこの映画、感動的なシーンが随所に散りばめられています。砂漠の美しさを、あれだけのスケール感で観せてくれたのも初めてでしたね。

冒頭シーンも忘れられません。

アラビアの景色からはじまると思っていたら、真上からオートバイに乗る男を映し出す。 「なにがはじまるんだ?」と思わせて、延々とバイクが走っていく。そして、反対側から来た自転車をよけ損ねて事故となって、倒れたバイクの車輪がカラカラと回る。

実在のロレンスは結局、本国に帰ってオートバイ事故によって亡くなるのですが、そのシーンを最初にもってくるというリーン監督の素晴らしい構成、素晴らしい演出です。

それから、モーリス・ジャールの音楽も大変素晴らしい。

最後に蛇足になるかもしれませんが、映画では長身のピーター・オトゥールがカッコよく演じているロレンス、実際は身長が166センチほどしかなかったそうです。

後に「アラブの救世主」とも呼ばれたロレンスは、一方では「ペテン師」とも「ホラ吹き」ともいわれています。実際にアラブで活動しているうちに、自分でもイギリスのために働いているのかアラブのために働いているのかがわからなくなってしまうようなところもあったようですね。

そういったロレンスの不安定的な側面は映画中にも語られていますが、彼自身の出生の 問題や、身長に対するコンプレックスもあったのではないでしょうか。

弘兼憲史 プロフィール

弘兼憲史 (ひろかね けんし)

1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。
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