(C)Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019
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2021年10月02日

『コレクティブ 国家の嘘』日本でも他人事じゃない「腐ってやがる…!」な事実に胸をえぐられまくるドキュメンタリー映画になった理由

『コレクティブ 国家の嘘』日本でも他人事じゃない「腐ってやがる…!」な事実に胸をえぐられまくるドキュメンタリー映画になった理由



2021年10月2日よりルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ合作のドキュメンタリー映画『コレクティブ 国家の嘘』が公開されている。

聞き慣れないタイトルやパッと見のイメージでお堅く小難しい内容と思われるかもしれないが、本編は全くそんなことはない。予備知識がなくてもわかりやすい、信じがたい「腐ってやがる…!」な事実に胸をえぐられまくる、凄まじい作品だったのだから。

各界から絶賛の嵐も半端なものではない。第93回アカデミー賞で国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた他、世界各国の映画祭で32の賞を獲得し、50ものノミネートを果たした。タイム誌が選ぶ2020年ベスト映画の第2位、ローリングストーン誌では第1位、ヴァニティ・フェア誌では第3位、インディ・ワイアーでは第3位となり「ジャーナリズムについて描く映画史上、最も偉大な作品だ」と評された。さらに、映画情報サービスIMDbでは8.2点、ロッテントマトでは批評家支持率99%を達成している。



それほどまでに、この『コレクティブ 国家の嘘』は恐るべき完成度を誇っている。しかも(この題材に対しては不適切な表現かもしれないが)手に汗握るエンターテインメントとしても抜群に面白く、世界のあらゆる国が直面する医療や政治が抱える問題を真正面から見つめているため「日本でも他人事じゃない」と強く思えることだろう。

あらすじ(実際に起こった出来事)はこうだ。2015年10月、ルーマニア・ブカレストのクラブ「コレクティブ」でライブ中に火災が発生し、27名の死者と180名の負傷者を出す大惨事となった。そして、一命を取り留めたはずの入院患者が、なぜか複数の病院で次々に死亡、最終的には死者数が64名まで膨れ上がってしまう。不審に思い調査を始めると、内部告発者からの情報提供により衝撃の事実に行き着く。そこには、製薬会社、病院経営者、そして政府関係者との巨大な癒着があったのだ。



冒頭から信じがたいのは「消毒液」についての事実だろう。火災から生還した患者が48時間で2種類の感染症に罹患しており、それは製薬会社が病院に納めていた消毒液が「薄められていた」ことが理由だったのだ。「どれくらい薄められていたのか?」「そもそもなんで消毒液を薄めるのか?」「なぜその事実が気づかれずにスルーされていたのか?」については、ぜひ本編を観てほしい。「事実は小説よりも奇なり」とはよく言うが、フィクションでもここまで腐りきった癒着が描かれることはないのではないか。

被害者遺族たちの痛切な声、内部告発者が「殺人はできないから会社を辞めた」「私たちはもはや人間じゃない」などと言い放ち、なんとか現状を打破しようとしても強大な権力が立ちはだかる様などは、有り体に言ってムカついてしょうがない。責任者が「それは違う文脈として出てきた言葉です」などと言い訳をするに至っては「はぁ!?」と声をあげてしまいそうなほど。カネと権力のために多くの命が蔑ろにされてきた事実の露呈のつるべ打ちに、はらわたが煮えくりかえりそうだった。



ドキュメンタリーとして特徴的なのは、インタビューとナレーションがいっさいないことだろう。それはアレクサンダー・ナナウ監督の「登場人物の近くで生活し、発見しているかのように感じられる方法でフレームに収めようとしている」「観客は、他人の人生を通して自分が成長していく過程を目の当たりにしているかのような感覚になるはず。それが映画のあるべき姿だと思う」という意向にもよるものだ。

このおかげで、普段にテレビで観るドキュメンタリー番組とは異なる、まるで「当事者」そのものの目線で事件に立ち向かう物語(事実)を、まるで劇映画のように追える内容となっている。記者や金融スペシャリストなどが話し合い計画を練り、ジャーナリズムの精神に則って巨悪に立ち向かう様は、実際の児童への性的虐待の事実を暴いた劇映画『スポットライト 世紀のスクープ』(16)も思い出した。



本作の撮影には14ヶ月、編集には18ヶ月を要し、共同制作にヨーロッパの複数の国から集まった60人のチームが参加したという。構成が緻密に計算され、濃密に情報が詰まった映像は集中力を要するため、劇場のスクリーンでじっくりと観る価値があるだろう。

そして、劇中で提示されている様々な「腐ってやがる…!」な事実は、日本で少し前に露呈した様々な問題と大きな差はないのではないか、と思わせることが悲しい。社会的に弱い立場の者がさらに苦しむことが多いコロナ禍の今ではより切実に感じられるし、はらわたが煮えくりかえるほどの怒りを感じることができるのは、作り手の意図に沿っているということでもあるだろう。何より、この信じがたい医療汚職の事実から、世界中にはびこる問題を考えるきっかけを得ることは、非常に有意義なことではないだろうか。ぜひ、劇場でご覧になってほしい。



(文:ヒナタカ)

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