『ひらいて』映画と原作それぞれが描く青春暗黒物語
■VS企画:映画VS原作
小説「ひらいて」の思い出
本をひらいて、いつの間にか、最後のページを閉じていた……。
綿矢りさの小説「ひらいて」との出会いは、高校時代の筆者にとって、忘れられない思い出の一つだった。
描かれた物語が他人事ではなく、身近な出来事のように感じられたのだ。
他者への羨望や嫉妬、小悪魔のような主人公に距離を置いていたはずが、次第に、その内面へと入り込んだ感覚に陥っていく。
当時の自分にとって、「ひらいて」は苦くて尊い青春時代のバイブルだった。
あれから数年、「17歳の頃に原作に出会い、『ひらいて』の実写化を映画監督としての一つの到達点に決めていた」と語る監督・首藤凜によって、名作小説は、新時代の青春恋愛映画の傑作へと生まれ変わった。
今回の記事では、映画版を原作と比較することで、その魅力について語っていきたい。
『ひらいて』映画と原作の違い
筆者は、映画『ひらいて』を観終えた後、監督のカラーが色濃く出た内容に圧倒された。
しかし、改めて、原作を読み直してみると、その物語は驚くほど原作に忠実であることが分かる。
原作に最大限の敬意を払いながら、監督にしか描けない映画として昇華された本作は、何が素晴らしかったのだろうか。
ここからは、映画版ならではの3つのポイントを紹介していきたい。
ポイント1:役者陣の魅力
映画版で魅力的なのは、ほかのキャストは考えられないと思うほどに、ハマり役となったメインキャスト3名だ。
好意ゆえに暴走していく主人公・愛を演じた山田杏奈は、視線の演技が素晴らしい。
喜び・怒り・悲しみ・楽しさの感情に、羨望・嫉妬・軽蔑を抱えた複雑な心の揺れ動き、それらを繊細に表現する彼女の瞳に、多くの観客が目を奪われただろう。
彼女を引き立て、彼女によって引き立てられる同級生・美雪を演じた芋生悠の佇まいも素晴らしい。
愛にとっては片想い相手・ひとえの恋人でもあり、深い嫉妬の対象であるはずが、物語が進むにつれ、その思いさえ変化させてしまう彼女の魅力は、作品の核ともいえる。
しとやかで落ち着いた姿に「可愛らしさ」を体現しながらも、そこからの飛躍をみせる後半。
これらの立ち振る舞いは約5年の芸歴でありながらも、多くの作品への起用がやまない若き実力派女優の貫録を感じさせるだろう。
そして、特筆すべきは、ジャニーズJr.内のグループHiHi Jetsとしても活動する作間 龍斗の絶対的な存在感だ。
過去に出演した作品は比較的少ないながらも、今回の役柄は唯一無二の熱演を見せている。
主人公・愛の好意の対象として確かな説得力を持つその在り様は、彼の存在を知らなかった多くの映画ファンをも惹きつけるものとなっているのだ。
ポイント2:映像的表現の工夫
本作では、原作におおよそ忠実な物語運びながら、映画ならではの映像的な落とし込みに注目すべきだろう。
冒頭のドローン撮影から繋がる映画オリジナル楽曲「夕立ダダダダダッ」使用のダンスシーンに始まり、主人公の人格を瞬時に理解させる階段での彼女のモーション、モザイクアートから大きな桜の木へと変わったクラスの創作物など、映像として工夫された要素の一つ一つが素晴らしい。物語の後半、登場人物の対比を強調する服装の細やかなこだわりにも、是非、注目してほしい。
また、テンポの良い編集を得意とする監督らしい演出にも溢れており、学校へ忍び込むシーンや潔いラストシーンに至るまで、そのセンスが冴えわたっている。
原作ありきの本作では、監督の過去作におけるカオスな展開が極限にまで抑えられ、作品として、多くの観客が見やすくなっている部分も特徴といえるだろう。
ポイント3:「憧れ」の物語として
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映画『ひらいて』は、原作以上に「憧れ」の物語としての色合いが強く感じられる。
それは首藤凜監督が、過去作で他者への「憧れ」を一貫して描いてきた作家だからといえるだろう。
彼女の原点であり、初期の傑作とも言われる中編『また一緒に寝ようね』では、精神病を抱えた男性に尽くす女性や、高校時代から彼女に思いを寄せ続ける男などが登場する。
今思えば、タイトルそのものも他者への「憧れ」や、その執着を捨てきれない人物の強い思いを感じられる。
また、監督の代表作とも言われる『なっちゃんはまだ新宿』(17)では、片想い相手の恋人を空想上の友達にしてしまった女子高生・秋乃の数年間が描かれる。
(本作の特報からも、その世界観が垣間見えるだろう。)
このような内容からも監督の作家性が垣間見えるが、そのテーマは今回の最新作『ひらいて』でも通じているように感じられる。
片想い相手・ひとえの恋人・美雪に近づき、次第に「嫉妬」が一種の「憧れ」の感情へと
変化していく主人公・愛。
その物語は、まさしく首藤凜監督だからこそ描けるテーマであり、上記の2作品を作る以前、17歳の頃に原作に出会ったという監督のエピソードを踏まえると、実は、それらの作品の根幹にあったものこそが『ひらいて』だったといえるのではないか。
映画『ひらいて』では、物語の結末に、原作とのささやかな違いがあるのが分かる。
まさしく、テンポの良さと適切な省略を得意とする監督らしい、これ以上には考えられないラストシーン。
原作を忠実に再現し、監督が一貫して描いたテーマを象徴したラストのセリフには、是非、あなたも心をひらいて、耳を傾けてほしい。
(文:大矢哲紀)
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(C)綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会