『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』ザ・スミスのファンでなくとも大いに楽しめる、ウェルメイドな青春音楽映画
青春音楽映画を彩るメタル・ゴッド
『アメリカン・グラフティ』にウルフマン・ジャックが居るように、本作にはラジオDJ、フルメタル・ミッキー(ジョー・マンガニエロ)が登場する。ミッキーの役どころはまさしく天使で、ディーンの脅迫に従いながらも、彼と抱腹絶倒の音楽談義をするわ、時折諭すような会話をするわ、とにかく「いいもん」として描かれる。
「メタルを聴いてるコワモテが実はいい奴だった」というのは「不良が川で溺れている猫をずぶ濡れになりながら助ける」くらいステレオタイプで、メタルに対する大いなる偏見だし、時代錯誤な描写だとは思いつつも、もうこれが最高で、ディーンとザ・スミスVSメタル・ミュージックのバック・トゥ・バックをおっ始めたら歴史に残る作品になっていたと思うが流石にそれはなかった。
本作がシリアスになりすぎず、そこまでダレもせず、要所要所をコメディタッチで描けているのは完全にフルメタル・ミッキーのおかげで、キャスティングも含めて大成功している。ネタバレになるので詳しくは書けないのだが、彼がある行動をとるに至っては、もう、本作の主人公はクレオでもディーンでもなく、フルメタル・ミッキーだったのだと納得してしまうほどで、とにかく素晴らしい。
再び、本作は「自分が大好きなバンドが解散してしまったので、皆に知らせようとしてラジオ局をジャックする」というアイデアと、普遍的な「アメグラみたいな青春感」といった基本構造に、天使、もといメタル・ゴッドとしての「フルメタル・ミッキー」が添加されることで、全体のバランス感覚が強化される。
またまた再び、青春音楽映画やワンナイトものが好きという人、そして『ハイ・フィデリティ』のように、と書くとやりすぎかもしれないが、「ちょっぴり気の利いた、笑える音楽談義」が出てくる映画が好き、なんて方にもぜひご覧いただきたい。
90年代とか00年代初頭の、レンタルビデオ屋のあの感じ、覚えてますか?
本編とはまったく関係ないのだが、90年代とか00年代初頭、あるいはそれ以前にレンタルビデオ屋に通っていた方にとって、本作はノスタルジーを発生させる装置にもなりえる。レンタルビデオ屋に行って、何の前情報もなしにVHSやDVDのパッケージを眺める。ジャケット借りするときもあれば、裏面のあらすじに興味が湧いたから借りるときもある。
『スモーク』でも『ハイ・フィデリティ』でも『奇人たちの晩餐会』でも『WiLD ZERO』でも何でも良いが、あの頃並んでいた小品の映画に近い、今や懐かしきテイストと空気感が、『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』にはある。というか、一緒に並んでいてもぜんぜんおかしくない。
そんなビデオ屋で「何の前情報もなしにVHSやDVDのパッケージだけを観てレンタルした映画が、けっこう良かった」なんて作品は意外と記憶に残るもので、その記憶は5年後、10年後とかにいきなり蘇ることがある。
その際に発生する「ああ、あの映画面白かったな、懐かしいな」といったノスタルジーに浸るのは、少しだけ哀しいけれど、それなりに心地よい。本作もまた、かつて観たウェルメイドな小品映画と同様に、「後に懐かしがれる力」をもっている作品だといって差し支えないだろう。
ところで、「今、観られるべき映画」というのは便利なクリシェだが、『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』は「いつ観てもいい映画」である。あらゆる作品があっという間に考察され、型にはめられてしまう現在で、単純に「ああ、けっこう面白かった」と誰かに話したり、便所で、布団のなかで、まさしく独り言を呟けたりする作品の価値はいかほどか。低いわけがない。
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