映画コラム

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2021年12月15日

『ジャネット』解説:ヘドバンする若きジャンヌ・ダルクから見えるもの

『ジャネット』解説:ヘドバンする若きジャンヌ・ダルクから見えるもの


ブリュノ・デュモンとは何者か?



このような奇妙な傑作『ジャネット』を生み出したブリュノ・デュモンについて掘り下げていく。ブリュノ・デュモンは、フランス北部バイユール出身の彼は1997年に長編デビュー作『ジーザスの日々』(97)を制作し、第50回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール特別賞を受賞する。本作は、バイユールを舞台に行き場のない若者たちの退廃的な生活を捉えた作品であり、バイクの存在が若者の内なる暴力性を象徴している作品であった。

長編2作目『ユマニテ』(99)で第52回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出されるとグランプリ、男優賞(エマニュエル・ショッテ)、女優賞(セブリーヌ・カネル)の3冠に輝く。純粋無垢な警察官ファラオンが閉鎖的な村人の野蛮な生活を見て心を痛める様子を描いた本作は、ロベール・ブレッソンの『田舎司祭の日記』(51)を意識した作劇が特徴となっている。

『ジーザスの日々』から『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』(13)までの彼の作品は、ドライに事象を積み重ねていくことによって、人間の本質的な側面を捉えようとしている。2003年『欲望の旅』(03)は、写真を撮ることに関心を失ってしまったように見えるフォトグラファー(デヴィッド・ウィザック)が恋人(カテリーナ・ゴルベワ)と肉体的交わりを通じて、人との距離感を取り戻していく作品である。終始、移動と肉体的交わりを繰り返す中で、人との対話ができなくなった者の野生的暴力性を浮き彫りにする。この野生的暴力性は戦争映画『フランドル』(05)にも引き継がれている。

『アウトサイド・サタン』(11)では、泣いている女性(アレクサンドラ・ルマートル)に手を差し伸べた悪魔のような男(ダヴィッド・ドゥワエル)が、彼女の前に現れる不快なものを理由なく除去していく作品。突然、男が銃で小屋にいる者を射殺したり、暴れる女が現れると、接吻することで黙らせる。大地が業火に覆われており女が不安を訴えると、狭い一本道を歩かせ、別の恐怖を与える。不可解なアクションを連ねることによって、神の曖昧さを象徴させた作品といえよう。『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』では、精神病院を彷徨うカミーユ・クローデル(ジュリエット・ビノシュ)が他の患者の不気味な視線を通じて「自分は正常だ」と思う様を描いている。病の内側と外側の曖昧な境界線を、他者の視線とそれを受けたカミーユの反応の反復によって浮き彫りとさせた。


『プティ・カンカン』 (C)3B PRODUCTIONS-ARTE France-PICTANOVO-2014

2014年になると、ブリュノ・デュモンはデヴィッド・リンチを彷彿とさせるシュルレアリスムな作風を取り入れるようになる。ミニシリーズ『プティ・カンカン』(14)では牛の体の中にバラバラの死体が入っており、そこから捜査が始まるのだが、一向に解決しない様子が描かれている。その続編『プティ・カンカン2/クワンクワンと人間でないモノたち』では、黒いベトベトが空から降ってきて、次々と現れるドッペルゲンガーによって村が支配されていくいわゆるボディ・スナッチャーものとなっている。しかしながら、村人たちは目の前で起きている異常現象に驚きもせず事件は迷宮入りしてしまう。2016年の『Slack Bay(原題:Ma Loute)』(16)では失踪事件を軸に田舎町にやってきた富豪が無意識に現地民を愚弄してしまう様子を風刺した作品。巨漢な男が浜辺を転がりながら現場検証をしたりと、コミカルな描写を通じて人間の愚かさを掬い取ってみせている。

またブリュノ・デュモンは、2つの存在を通じて人間の本質を捉えることを好む監督だ。『ハデウェイヒ』(09)では、敬虔なキリスト教とであるハデウェイヒが教会から追い出され、イスラム原理主義に染まっていく話である。キリスト教とイスラム教を並べることで、神を信じることによって自己の精神を安定させていく宗教の役割について掘り下げている。

本作では、ハデウェイヒの背後に改装中の教会を映す特徴的な場面がある。これは考え方が変わりゆく宗教の中で、元々の考えを貫き通そうとする者の存在を強調する演出となっており、イスラム原理主義はもちろん敬虔さとは何かについてを読み解く補助線となっているのだ。また、この発想は『ジャネット』にも引き継がれており本作でも論じられている。

レア・セドゥ主演の『France』(21)では戦地の凄惨さを感情的に伝える一方で、高級な衣装に身を包み貴族的な生活を送るジャーナリストが交通事故によって生活が一変する物語だ。戦場と私生活の対比を通じて、我々が観たい真実を投影するメディアの存在を暴く作品になっている模様である。



彼のフィルモグラフィーを踏まえて『ジャネット』を観ると、ジャンヌ・ダルクと周囲との関係性から、出る杭を打たれてしまう社会を物語っていると考えることができる。そしてブレイクコアやラップを用い、神話から民話へと歩みよる。これにより続編である『ジャンヌ』ではひたすら揚げ足を取られるジャンヌ・ダルク像から、グレタ・トゥーンベリや大坂なおみといった21世紀の怒れる若き女性とそれを抑圧する社会の構造が見えてくる作りになっていると言えよう。

『ジャンヌ』に関しては、別の記事で詳しく掘り下げていく。

【関連記事】<解説>映画『ジャンヌ』を読み解く4つのポイント

(文:CHE BUNBUN)

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