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2022-03-31

映画『やがて海へと届く』中川監督インタビュー|ビデオカメラは作品と自身を繋ぐ“へその緒”


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岸井ゆきのと浜辺美波が共演する映画『やがて海へと届く』が4月1日(金)より公開される。

彩瀬まるによる同名小説「やがて海へと届く」(講談社文庫)が映画化された同作は、突然消息を絶った親友・すみれ(浜辺美波)の不在を受け入れられずにいる主人公・真奈(岸井ゆきの)が深い悲しみを抱えながらも前に踏み出そうとする姿を見つめる、喪失から再生へと向かう物語。

cinemas PLUSでは同作でメガホンを取った中川龍太郎監督にインタビュー。制作する上でのこだわりや、中川監督作品の魅力について語ってもらった。

※一部本編のネタバレを含みます。ご注意の上お読みくださいませ。

中川監督自身の大学時代とも重なる、真奈とすみれの存在


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――『やがて海へと届く』が映画化されることになった経緯を教えてください。

中川龍太郎監督(以下中川):「自分は大学時代、なにを考えて、なにを感じていたのか」を振り返りたいと思っていたところ、この原作をいただきました。がむしゃらに走ってきた20代の集大成となるようなタイミングでもあったので、学生時代や震災後の社会人として生きてきた個人の歴史と社会の歴史が交わるようなものを作れたらなとも思いました。

――学生時代を振り返りたいと思ったのは、なぜですか?

中川:当時の僕が何を感じていたのか、それを今の自分が振り返ったらどうなるのかに興味があったんです。

大学時代、自主制作の映画を作っていたのですが、当時は自分が映画で食っていけるとは思ってもいませんでした。それが8年経った今、一応生活できるぐらいにはなって……。今も今で不安はあるのですが、あの時の自分を、今の自分が見たらどう思うんだろうと。


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――では、同作は原作がありつつも、中川監督自身の学生時代もエッセンスとして散りばめられているのですね。

中川:そうですね。実は、この作品に出てくる真奈とすみれのモデルには、自分自身と、大学時代たくさんの時間を共に過ごした、亡くなってしまった親友もいます。冷静な眼差しで物事を見ているすみれと、親友に通ずるものを感じたんです。

――そうだったんですね……。一足先に映画を観て、真奈とすみれは友情でも恋愛でもない、不思議な関係性だと感じました。中川監督は、真奈とすみれの関係を、どのように解釈しましたか?

中川:真奈から見たら自分の片面はすみれであり、すみれから見たら片面は真奈である、お互いにもう1人の自分なのではないかと解釈しました。自分にとっての憧れの存在は、もう片面の自分がなりたい姿だと思ったからです。


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自分がどのような人間で、どういうふうに生きていくべきなのかがわからない大学時代の象徴として、相手がいるのかなと。恋愛よりも深い愛情に満ちた関係、イマジナリーフレンドというイメージを持ちました。

――そのイメージを表現するにあたり、浜辺さんと岸井さんにはどう伝えましたか?

中川:「キャッキャと手を繋いでトイレに行く関係ではなく、自立した中で相手に憧れを抱いている関係です」ということだけをお伝えしました。2人とも素晴らしい俳優さんなのでイメージ通りに表現してくださいましたね。 

アートアニメーションと生の声を組み合わせた意図


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――原作では、すみれがいなくなったことについて直接的には表現されていなかったため、映画ではどのように表現されるのか気になっていました。そのため、冒頭のアニメーションを見て納得したのですが、なぜアニメーションを用いたのでしょう?

中川:まさにおっしゃる通り、すみれの死について直接的には言わず、徐々に受け入れていく描写は小説ならではのすごさですよね。小説で描かれているような痛みと生と死が交わった描写を映像で表現したいと考えた時に、辿り着いたのがアニメーションという方法だったんです。

――色彩が美しいアートのようなタッチが印象的でした。

中川:セルアニメだとある意味で写実的になってしまうので、水彩画のような世界観で生と死を表現してほしいということをお願いしました。アニメーションを担当した久保雄太郎さんと米谷聡美さんは極めて天才的な作品を作ってこられた方たちなので、2人の才能をなるべく伸び伸びと出してもらうことに注力いたしました。


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具体的に表現してほしいことは一度詩という形式で表現した上でお伝えしたのですが、それを受けておふたりが作ってくださったイメージボードを根底に、話し合いを重ねて、あの形になりました。

――ポエムで指示したのは、どうしてですか?

中川:アニメーション部分だけに限らず、一緒に作品を作る仲間には、それぞれが持っている創造力を最大限伸びやかに再現してもらいたいなと思っているんです。そうすることで生まれる余白や、解釈のずれが、うまくおもしろさを生み出して、作品がより豊かになっていくのを楽しみたいんですよね。


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――幻想的なアニメーションシーンがある一方、東日本大震災で被災された方がビデオに向かってメッセージを話すシーンはドキュメンタリー性を感じました。あのシーンを入れたのは、なぜですか?

中川:原作者の彩瀬さんは、東日本大震災で被災した経験を持っている一方、僕自身は直接的な痛みを伴った被災体験がなかったため「この映画をどういうふうに撮るべきか」悩むことも多く、負い目のようなものを感じることもありました。

そこで、実際に被災地に足を伸ばして、被災者の方と対話したときに、やはり実際に経験された方の言葉自体を記録として残すこと、物語の中に共存させることが重要なんじゃないかと思ったんです。


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――実際の被災者の方の声と、物語を共存させることが大事だと感じたのはなぜでしょう?

中川:この物語が単なる絵空事になってしまうことを避けたかったというのはあります。映画は実際にその場で起こっているものを撮る以上、フィクションもノンフィクションもある意味で同じ地平にあります。だからこそ、現実の部分においても協力してくださる方のお言葉は取り入れさせていただきました。 

ビデオカメラは中川監督と作品を繋ぐ“へその緒”


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――これまでの中川監督の作品同様、今回もビデオカメラがキーアイテムとなっているように感じました。

中川:生きている以上、私たちは無限に死を体験していくことになります。その流れで消えていくものを、どうにか記録したいという欲求が、カメラの根源的な欲望だと思うんですよね。それは僕が映画を撮りたいと思う理由とも繋がってくるので、作中に出てくるビデオカメラは登場人物と僕を繋ぐ、へその緒のような存在でもあるんです。

――なるほど。原作ではビデオカメラを持っていないすみれに、ビデオカメラを持たせたのはなぜだったのでしょう?

中川:今回の作品の中でのビデオカメラは、記録をするという役割よりも、何かを表現する、発見するための道具としての役割が強いです。例えば散歩をするとき、何も持たずに散歩をするのと、カメラを持ち散歩するのでは「何かを撮る」あるいは「撮らない」という選択が伴うので全然違うと思うんです。そして、そういう選択をする中で、自分を発見することがあります。


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自分自身をどういう人間なのか理解していないすみれが、自分探しの道具としてカメラを持つ必要があったんです。

――最後に同作の公開を楽しみにしている方にメッセージをお願いします。

中川監督:新しい青春映画として見てもらいたいですね。痛みや、悲しみ、喪失を描く物語であるのは事実なのですが、生きていることに対する生命が触れる時間の一瞬を切り取った青春映画でもあると思っているので、そういう風に受け取ってもらえたら嬉しいです。

(取材・文=於ありさ)

 
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