2022年08月25日

『異動辞令は音楽隊!』内田英治監督インタビュー|「成功者を描きたいとは思わない」

『異動辞令は音楽隊!』内田英治監督インタビュー|「成功者を描きたいとは思わない」


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阿部寛主演の映画『異動辞令は音楽隊!』が8月26日(金)より公開される。

犯罪捜査一筋の鬼刑事・成瀬(阿部)は、警察音楽隊への異動を命じられる。すぐに刑事に復帰できるものと考え、当初は練習にも全く身が入らないばかりか隊員たちとの衝突も絶えない成瀬だったが、次第に音楽隊の存在意義に気づきはじめる。1度はどん底まで落ちた男が、人との繋がりの中で輝きを取り戻していくヒューマンドラマだ。

本作で監督と脚本を務めたのは、『獣道』『ミッドナイトスワン』などを手掛けた内田英治。

今回cinemasPLUSでは、作品の成り立ちから映画制作する上で核となっているもの、内田作品に登場するキャラクターたちが魅力的な理由についてお話を伺った。

描きたかった“中年のストーリー”



──『異動辞令は音楽隊!』はオリジナル脚本の作品になりますが、そもそも警察の音楽隊に着目したのは、何がきっかけだったんでしょうか?


内田英治(以下、内田):愛知県警音楽隊の演奏している映像がYouTubeにアップされていて、その映像をたまたま見たんですけど、それがすごく良かったんですよ。勤務時の制服で演奏していて、こんなふうに演奏するんだって興味を持って、いろいろと調べていったんです。そしたら、普段は警察官として勤務していて、その合間に練習して演奏活動をしているメンバーもいる。これは大変だろうと思ったのがきっかけですね。

──ストーリーはどうやって組み立てていったんでしょう?

内田:もともと、時代の変化についていけなくなった中年の話を作りたいなと、ずっと思っていました。『レスラー』とか、ああいう作品ですよね。そんなことを思っているときに、警察の音楽隊の映像を見たんです。先ほども言ったように、調べてみると音大卒などのメンバーがいる専任隊が存在する一方で、通常の警察の仕事をしなくてはいけないメンバーで編成された兼任隊も存在する。そこにはいろんな人間ドラマがあるので、そこにもともとやりたいと思っていた中年の話をミックスして、ストーリーを組み立ていきました。

内田監督が今の時代に思うこと



──時代の変化についていけなくなった中年の物語に、創作意欲を掻き立てられるのは?


内田:時代の変化についていけなくなる人って、どの業界にもいますよね。そういう人たちって、ひたすら真面目に、不器用に生きてきた方々なんですよ。不器用だから時代の変化に対応できなくて浮いていくんですけど、そういう人たちを今の時代はスポイルしていくパターンになりがちだと思います。でも、そうやって突き放すんじゃなくて、今回の成瀬みたいに一つの指標さえあれば、ガラッと変わることができる。だから、時代についていけない人を遮断するんじゃなくて、その人の指標をガラッと変える発想ってどうなんだろうっていうことで、この脚本を書いたんです。時代についていけないから悪だとか、時代についていけているからいいとか、そういう二次元的な発想はあんまりよくないなと、僕は思うんです。この作品が、そんな時代に対する指標にもなればいいですけど。



──今回の作品に限らず、監督の作品には一貫して不器用な人への眼差しがあると思います。

内田:今考えると、確かにそうですね。世間から弾かれた人は、題材にすることがすごく多いかもしれないです。成功者を描きたいとは思わないんですよね。

──サクセスストーリーではないものを描きたいという、思いの根っこにあるものは?

内田:子どもの頃から魅力を感じるのは、やっぱりちょっとドロップアウトした人だったんですよね。うちの父親とかもどっちかっていうとドロップアウト組ですけど、そういう人のほうに感情移入していました。僕の父親はサラリーマンだったんですけど、僕が20歳ぐらいのときに突然「これからは自由に生きる!」って言って会社を辞めて、海外で事業を興してその会社を潰して、また新たな事業を興してって、そんな人でした。母親や親族は、本気で迷惑ですよね(笑)。でも僕は、「好き勝手やってて、楽しそうだしいいんじゃない?」って思っていました。僕の父親だけじゃなく、昔はいっぱいいましたよね。「お前は何なんだ?」っていう、身元不透明な人が(笑)。



──理屈じゃなくそういう人に惹かれる、強い魅力が何かある?

内田:なんですかね? 自分にないからなのかもしれないですけど。

──両方の可能性がありますよね。自分にもあるからこそのシンパシーと、自分にはないからこそ探ってみたくなる欲求と。

内田:最近の時代特有の成功者こそえらい的な考え方、勝ち組負け組っていうアメリカ的な考え方は、1ミリも僕は好きにならないんですよ。時代は、日本も含めてその方向に流れてますけど。でも、だからって別に自分の映画を通して、成瀬みたいなやつが正しいとも間違ってるとも言いたいわけじゃなくて、いろんなやつがいるじゃんっていうことですよね。 

魅力的なキャラクターを生み出せる理由



──阿部寛さん演じる成瀬は、昭和の男を象徴するようなタイプの昔カタギのアウトローな刑事です。


内田:昭和が良かったっていう話は最近よく聞きますけど、別に一つの時代が良かったということを描きたいわけじゃなくて。どんな時代でも、光の部分と影の部分があるわけじゃないですか。描きたいのは、そこですね。その光と影を見せるために、できるだけ物語の中で起こることを淡々と描く。それは、『全裸監督』のときも意識していたことです。

──後半では、成瀬と成瀬に反発していた後輩刑事の坂本(磯村勇斗)の関係なども、お互いに相手の価値観を受け入れて、認めて共存していく描写があり、心動かされる部分がありました。監督の中では、2人のようになんとなく認め合いながら混在している世界が理想ですか?

内田:理想というか、人間の感情ってそういうもんじゃんっていうことですよね。坂本みたいに、成瀬のことが好きだけど嫌いっていうか。僕は、そういう映画の切り取り方をしたい。ただ単に映画で善悪を論じるんじゃなくて、坂本みたいな人もいるだろうよっていう切り取り方がしたいんです。



──成瀬と坂本以外の登場人物も、非常に魅力的です。

内田:普段からインタビュー魔なんですけど、そういう意味では誰かの人生を盗んで映画の登場人物を作っている部分は強いです。やっぱりリアルな人間の人生って、想像もつかないようなえげつないパワーを持っていますよ。逆に完全な創作で人物を描くと、想像を超えないステレオタイプな人間になってしまう気がします。

主演・阿部寛という存在感



──監督が感じた、主演の阿部寛さんの魅力を教えてください。


内田:音楽がすごく好きなんですけど、ミュージシャンの存在感ってあるじゃないですか。あれと同じような感じで役者も見ていて、演技は意外と二の次。やっぱり役者さんが持つ圧倒的な存在感に惹かれることが多くて。阿部さんは、あからさまにそれをお持ちの方ですよね。阿部さんの芝居も好きですけど、阿部さんの役者としての存在感がすごく魅力的だと感じています。実際にお仕事をしてみると、阿部さんはガムみたいな方で、噛めば噛むほど本当に味わい深い。見ているだけで面白いし、本当にいい意味で変な方で、不思議な方なんですよね。一見、ストレートな方に見えるんですけど、たぶんすごく多様な面を持っていて、熱くてストレートでまっすぐなイメージもあるし、「この人は、何を考えているんだろう?」という部分もある。今回の作品でも、役作りをこうしましょうという感じじゃなくて、その場その場で生まれるフィーリングを大事にして撮っていった感じはあります。

──成瀬は音楽によって人生が変わりますが、監督も音楽に救われた経験があると聞きました。

内田:昔は音楽をほぼ聴かない人間だったんですけど、けっこう歳をとって映画がうまくいかない時期に聴いたり、ライブに行ったりすることで、自分が180度変わったんですよ。それこそ、映画への取り組み方が変わるぐらい影響されて、成瀬と同じように本当に音楽でいろんなものが変わった。そういう経験が、音楽を通してありましたね。

──これから見る読者に向けて、注目ポイントを教えてください。

内田:『異動辞令は音楽隊!』というタイトルから受けるイメージとは違う映画になっていると思うので、じゃあ何が違うんだっていう部分を見つけてください。決して、ドタバタのコメディではないです!

(取材・文=大久保和則)

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