(C)2022「あちらにいる鬼」製作委員会
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映画コラム

REGULAR

2022年11月12日

映画『あちらにいる鬼』寺島しのぶ・豊川悦司・広末涼子の「普通は理解できない人間」の説得力

映画『あちらにいる鬼』寺島しのぶ・豊川悦司・広末涼子の「普通は理解できない人間」の説得力


寺島しのぶの生き様の魅力と、単純な言語化ができない衝撃

実質的な主役である、寺島しのぶ演じる長内みはる(モデルは瀬戸内寂聴)もまた、「不倫相手」という前提があるからこそ、やはり簡単には感情移入はできない人物だ。だが、屈託のない笑顔はチャーミングで憎めず、奥ゆかしく見える一方で自由奔放でもある「生き様」も魅力的に思えてしまう、ある意味で豊川悦司演じる白木篤郎とも似たキャラクター(だからこそ2人は惹かれ合った)とも言える。

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寺島しのぶは自身の演じたことの役について「“すごく生きてる”っていう人」「無駄がない生き方というか、やりたいことは全てやるし、突き進むし、我慢しない」などと、魅力を語っている。これらの言葉は確かに実際の瀬戸内寂聴のイメージに近いし、見た目そのもの全く異なっていても、「瀬戸内寂聴=寺島しのぶ」に本当に見えてくる。

白眉となるのは、やはり「出家」をするまでの一連のシーンだろう。もちろん「髪を剃って」尼さんになるわけだが、そのシチュエーションそのものと、寺島しのぶの表情に鳥肌が立った。美しいとか、哀しいとか、単純な言語化ができない衝撃も、そこにはあったのだから。

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「他の人とは違う」価値観を描く

振り返っても、やはり「夫の不倫を黙認して平穏な夫婦生活を続けていく」物語は、個人的にはどうしても共感はできないし、拒否反応を覚えてしまう人は多いだろう。だが、そうした「他の人とは違う」価値観を描くことこそ、本作の意義なのではないか。それをはっきりと示した、原作者の井上荒野と、豊川悦司の言葉を、少し長めではあるが引用しておきたい。



井上荒野「一般的には夫に愛人ができたら、相手の女を憎むのが普通だと思われているけれど、普通なんてどこにもないんですよね。どういうふうに思い、どういう態度で処するかは、人の数だけ違うんだなと思います。もともと母は、父の他の女の人のことを私たちの前で悪く言ったことはないんです。きっと、怒るとしたら父に対してであって、寂聴さんに対してはむしろ、どうしようもない男を愛した者同士としてのシンパシーがあったのかなと思います。寂聴さんのことはむしろ好きだったんじゃないかな」
※朝日新聞の本の情報サイト「好書好日」2019年2月8日公開の記事「作家・井上光晴とその妻、そして瀬戸内寂聴…長い三角関係の心の綾 井上荒野さん「あちらにいる鬼」より抜粋

豊川悦司「今、この関係を日本で成立させようとしても、数の論理でバッシングされ、否定されてしまうでしょう。でも、文化というものが実在するとしたら、数の論理で否定してしまう風潮が一番の敵なんじゃないかなと思います。5人いて4人が『これは良くない』『これは正義じゃない』と言うと、残りのひとりはもう何も言えなくなる。そういう同調圧力がどんどん広がってきている。でも、文化というのは、こんな愛し方っていうのもある、こんな関係もあると、世界で、たったひとりで立っている人に向かって語りかけ、それについて自由に考えるものであってほしい
※マスコミ向け資料より抜粋



確かに、不倫を黙認することを含め、愛の形は人それぞれだろう。もちろん、本作で描かれた関係を理解できない方は、そのままでもいいとも思う。ただ、「こういう関係がある」ことを知ることは、それだけでも意義のあることなのではないだろうか。

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なお、『あちらにいる鬼』というタイトルは、登場人物が「鬼さんこちら」と、まさに鬼ごっこをしているような感覚も表しているのだという。3人が3人ともが鬼であり、楽しんで鬼ごっこをしていた人生を送っていた考えると、彼らのことを少しだけでも理解できる……?のかもしれない。

ドキュメンタリー映画『全身小説家』も要チェック

余談ではあるが、作家・井上光晴を追ったドキュメンタリー映画に、原一男監督の『全身小説家』(1994)がある。



こちらは、「いかに井上光晴を崇拝しているのか」という彼の生徒たちの語りが続く様に圧倒される内容だった。しかも井上光晴が「虚言癖」を持っていたこともつぶさに語られるのだが、それもまた「嘘を含めてその人を愛する」という価値観へと転換していき、さらに彼が描いている「嘘そのものの小説」のフィクション性をも肯定していくようでもあった。

『全身小説家』と『あちらにいる鬼』を合わせて観れば、井上光晴と、その周りにいる人たちに「すごい人生を送っている」「こんな愛の形があるのか」と、ある種の畏怖の念を抱くのではないだろうか。ぜひ「他の人とは違う」価値観に触れる、貴重な体験をしてみてほしい。

(文:ヒナタカ)

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