インタビュー

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2022年11月19日

窪田正孝×石川慶対談「自分を形成しているのは自分じゃない」、『ある男』の撮影を振り返る

窪田正孝×石川慶対談「自分を形成しているのは自分じゃない」、『ある男』の撮影を振り返る

芥川賞作家・平野啓一郎の同名小説を原作にした映画『ある男』が、11月18日(金)に公開される。メガホンを取ったのは『愚行録』や『蜜蜂と遠雷』などで知られる石川慶監督、劇中で谷口大祐(ある男X)を演じるのは窪田正孝だ。

窪田が演じる大祐の死をきっかけに、「大祐が大祐ではなかった事実」が明らかになり、その真相を大祐の妻・里枝(安藤サクラ)の依頼で弁護士の城戸章良(妻夫木聡)が追い始める──そんな幕開けからスリリングな展開を見せる物語に、石川監督と窪田はどんな思いで臨み、何を見出したのか?

狂気を宿らせる窪田正孝を見たい

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──まずは監督に伺いたいんですが、「(原作の)『ある男』に強烈に共鳴してしまった」というコメントを出されていましたが、具体的にはどんな部分に対して「強烈に共鳴」したんでしょうか?

石川慶(以下、石川):原作に、バーでふと“ある男”の出自を自分の出自として話してしまうシーンがあるんですけど、普通に生活していて急に自分じゃない何かへの変身願望のような感覚って自分にもあるなと思ったんです。ミドルエイジクライシスじゃないですけど、そういう部分に共鳴したっていうのが、すごく大きかったです。

──そんな強い共鳴を抱いた作品を映画化するにあたり、重要な役柄に窪田さんをキャスティングした理由を教えてください。

石川:もちろん最近の活躍も見ていましたけど、『ある男』の脚本を担当した向井康介さんが同じく脚本を手がけた『ふがいない僕は空を見た』に出演していたときの窪田くんが、すごく印象に残っていたんです。内に秘めた狂気みたいなものを宿らせると、本当に表情などが違ってくるし、こっちの心をすごく掴んでくるものがあるなぁと。そう思っていたので、今回も狂気みたいなものを宿らせる窪田くんをイメージして大祐のキャラクターを創っていった部分がありますね。

窪田正孝(以下、窪田):ありがとうございます。そんなことを言ってもらえて、すごくうれしいです。『愚行録』を始め、監督の作品はずっと見ていたので、今回ご一緒できたのは役者冥利に尽きるところがありました。なかなか難しい役どころではあったのですが、大きなやりがいを持って演じることができたと感じています。大祐はグレーゾーンがすごく広い人間で、そのグレーな部分を自分で勝手に染めないようにしようと意識して演じました。それを染めるのは、大祐が死んだあとの城戸や里枝だと思っていたので。

石川:窪田くんって、あんまり役について僕らと話し込むタイプではなく、どちらかというとちょっと感覚的な感じというか。だから、具体的にこう演じると決め込むのではなく、「ここの大祐は、痛いのか悲しいのか、どっちなんだろうね?」とか「ただ泣くっていうよりは、かきむしる感じなんじゃないのかな」とか、そういう感覚的なコミュニケーションを取りながら。こういう話の仕方って、通じる人と通じない人がいるから、言わないようにすることもあるんだけど、窪田くんの場合はむしろそういう感覚的なコミュニケーションの仕方を通じて、自分は通じ合えた気がしたんです。役として窪田くんに一回やってもらって、その感覚をこっちに戻してそれを少しずつ修正していくみたいな。それは、自分にとってもちょっと新しい感じの演出だった気がする。

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窪田:現場での監督は、見えないものを掴もうとしているんだろうなという印象でした。正解を決めないで、テイクを何度も重ねながら、現場で正解につながる一本の糸をたどっているイメージ。何がダメだったのかわからないテイクもあったけど、監督にしかわからない何かが出たときにオッケーが出る。モヤモヤがあるんだけど、そのモヤモヤさえ気持ちよく感じたのは、監督への信頼があるからこそ、監督の感覚に委ねられていたからなんだと思います。

石川:自分が強烈に共鳴したものの根源を知るために、大祐の中にあるものと自分の中にあるものの共通点を探っていたところも実はあって。それは、窪田正孝という役者の中を探っていた部分もあるのかもしれない。その“中”が見えたときに、オッケーを出す。

窪田:なるほど。

石川:そう考えると、窪田正孝の臓腑を見た感じがするんですよね。

窪田:それは、初めて言われましたね。じゃあ監督は、城戸と妻夫木さんの両方を見ている感じなんですか?

石川:そうですね。

窪田:本人の役者としての実体みたいなものを見ようとされていたんですね。僕は、今回の作品では自分自身を抹消して、“ある男”としていることが役割だと思っていたけど、まさか僕の中身をめくって見ようとしていたとは(笑)。

石川:この役者、こういう人なんだろうなってことが知りたくて。でも、そこで残ったものが、窪田正孝にしかない“何か”だと思うんだよね。例えば、劇中で何度もテイクを重ねた慟哭するシーン。あのシーンに残った塊みたいなものは、窪田くんが元来持っている原始的な何かなんだろうなって。いろいろ全部剥ぎ取って、生まれたてのままのものが残るというか。

窪田:どんな役でも、自分を100%削ぎ落とすことはできないですからね。

実体は実在しているのか? という問いを抱えながら

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──窪田さんのコメントでは、「人の皮を被った怪物が、自分の身体の中からずっと自分だけを見ている」という言葉が印象的でした。

窪田:その言葉は、現場で監督とを話しているときに生まれました。なんか、その言葉がすごくしっくりきたんですよ。誰しもの心の中に怪物みたいなものは潜んでいると思うし、それは大祐も同様で。その怪物が原因で、どうしても世の中でうまく生きていけない人間になってしまっているのかな、というイメージで演じました。

石川:すごく難しかったのは、大祐が抱えている問題をあんまり言葉で説明したくはないという部分で。

窪田:そうですね。

石川:だから、本当に感覚的に演じてほしかった。そういう意味でも、窪田くんと感覚で通じ合えたのは大きかったな。

窪田:台本でも、谷口大祐という男は言葉で説明されていない。どういう人物なのかは彼がいなくなってからわかっていくという物語の構成なので、その前に僕が意味のある言葉を残してしまうと答えを提示することになる。そうなったら大祐の役割は成立しないので、ずっとグレーのまま生きていることが今回の僕の役者としての仕事でした。そう意識して演じる中で感じたのは、大祐の実体は本当に実在しているのかなっていう。特に冒頭の部分では、里枝にしか見えていないのかもしれないというイメージで演じました。だから言葉もないのかもしれないなって。

石川:実在しなかったかもしれないっていうのは、確かにそうだなと思うし、そういう意味でグレーだし。でも、それって大祐だけじゃなくて、僕たちにもある感覚かもしれない。普段、実際に生きている自分たちがいるけど実はいないのかなって、たまに自分の輪郭がわかんなくなっちゃう感覚って、たぶんみんなが持っていると思う。そういう意味では、すごく普遍的な問題をはらんでいる物語なのかなって思います。

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──映画が完成した今、あらためてこの作品で描きたかったもの、伝えたかったものを言葉にするとしたら?

石川:作ってみて、余計にわからなくなった部分も大きいなと思っていて(笑)。里枝と息子の悠人のストーリーに関しては、“愛にとって過去は必要なのか?”という大きな命題に対しての明快な答えがあったと思うんです。でも、城戸のことを考えると彼は結局どこにたどり着いたんだろうって、自分の中での答えは逆に迷宮の中に入っちゃった部分があるなーと。ただ、そういうもんかなとも思います。やっぱり、城戸や“ある男”が抱えたものっていうのは、明確な答えが出るほどシンプルじゃないよねって。

窪田:人は本当にいろんな顔を持っているけど、今はそれが良しとされない世界な気がしています。そんな中で世界は便利にはなっているけど、便利ゆえに人の心がどんどん不便に、窮屈になっている気もするんです。そこで思うのは、自分を形成しているのって、実は自分じゃないのかなってことだったりもして。『ある男』の中でも、大祐の実体を周りの人たちがどんどん捉えていってくれる。城戸は、大祐の人生を追っているうちに、自分自身も何者なのかという問いに奮い立たされる。何を大事にして生きるのか、たった一度の人生で選択するのはすごく難しいことかもしれないけど、それが人生の面白さでもある。ある部分の“日本人らしさ”、“日本人の良さ”が描かれた作品でもあると思うので、海外の方にも見てもらいたいなと思いますね。

石川:今の話を聞いて思い出したのは、最終的には編集でカットした城戸のセリフ。城戸が自分の人生を列車に例えて、「今の自分はこの列車に乗って動いているけど、本当は自分が途中下車してほかの人が乗って進んでいったほうが、周りの家族も含めて自分よりもっとうまく人生を乗りこなしてくれるんじゃないか。自分もひょっとしたら、違うレールを走っている列車に乗るほうが合ってるんじゃないか。そう思うことがある」って。なんか、その感覚がすごくわかるなーって思うし、それでも今と同じ列車に乗っていくのが人生でもあると思うし。何が正しいのか、正解が出しづらい。今の列車に乗っていくのが正解なのか、でも一歩外れたい願望は自分の中にもあるし……それは、今の社会が抱えている問題なのかもしれないですけど。

──いずれにせよ、見終わったあとにはいろんな問いかけが自分自身に対して生まれる作品だと思います。

窪田:見てくれた人たちみんなが、「俺って誰なんだ?」って(笑)。

──気が早いですけど、またお二人がご一緒する作品を楽しみにしています!

石川:ぜひぜひ!

窪田:もちろんです! またお願いします!

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『ある男』という作品、谷口大祐という役を作り上げるにあたって、感覚を共有した石川監督と窪田。言葉にはできない、しかし通底するものがある。2人が掴んだ感覚とはいかなるものだったのか? ぜひ劇場で目撃してほしい。

(ヘアメイク=高草木剛(VANITÉS)<窪田>/スタイリスト=菊池陽之介<窪田>/撮影=藤本和典/取材・文=大久保和則)

<窪田衣装協力=Tシャツ=N.ハリウッド アンダーサミットウエア(ミスターハリウッド TEL:03-5414-5071)/パンツ=イズネス(アルファ PR TEL:03-5413-3546)/カーディガン=スタイリスト私物>

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