映画コラム

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2022年12月14日

『ラーゲリより愛を込めて』中島健人が表現した「希望」

『ラーゲリより愛を込めて』中島健人が表現した「希望」

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2022年12月9日(金)より公開中の映画『ラーゲリより愛を込めて』。本作は、第二次世界大戦終了後に日本兵が抑留された、シベリアの強制収容所(ラーゲリ)が舞台。不当に抑留され、誰もが残酷な日々に絶望する中で、「生きて日本に帰る」希望を捨てなかった山本幡男(やまもと はたお)を描いた作品である。

山本幡男を演じた二宮和也の他、松坂桃李(松田研三役)・中島健人(新谷健雄役)・桐谷健太(相沢光男役)・安田 顕(原 幸彦役)といった豪華メンバーが出演。

ベテランの顔ぶれが揃う中で中島健人は、戦争がテーマの映画作品に出演するのは今回が初めてである。

これまで彼は『桜のような僕の恋人』(22/Netflix)や『ニセコイ』(18)など、恋愛や青春がテーマの作品に出演する機会が多かった。“アイドル”というイメージも相まって、キラキラした表情や言葉がキャラクターと上手くマッチしていた。

しかし戦争作品となると、これまでとは全く違う演技力が問われる。中島健人は、作中でどんな演技を披露していたか。本記事では、『ラーゲリより愛を込めて』で見せた中島健人の演技について綴っていく。

※本記事では『ラーゲリより愛を込めて』の一部ストーリーに触れています。未鑑賞の方はご注意ください。

映画の重要なポイントで登場した新谷健雄

まず、中島健人が演じた新谷健雄という人物について紹介したい。

新谷が初めて登場するのは、山本が事実無根のスパイ容疑で再びラーゲリに収容された時である。一度「ダモイ(帰国)」と通達があり、数年ぶりに家族と再会できると喜んだ矢先の出来事だった。収容所での過酷な環境でも仲間を励まし続け、体が弱い仲間を支えるなど慕われていた山本。しかし再びラーゲリに収容されると、生気を失い、仲間を気遣う余裕も無くなってしまう。

そんな絶望の淵に落とされた時に、新谷と出会うのだった。

新谷は、足が不自由なため徴兵はされなかったものの、漁の最中に連行される。教育を受けておらず、読み書きもできない。これだけ見ると“かわいそうな男”だと同情するが、彼は自分の人生を全く悲観していなかった。山本と初めて出会った時から常に笑顔で、一緒に話しているだけで元気をもらえるような、明るくて真っ直ぐな男だった。山本は、新谷と仲良くなってから再び希望を取り戻し、「生きて帰る」ことを励みに歩み始める。

“素朴な”笑顔で周りを楽しませる

新谷はいわゆるムードメーカー的存在。表情は明るく、声に張りがあり、返事の威勢がいい。そこまで面白くないことに対しても「アハハ」と率先して笑うので、気づけば周りにも笑顔が伝染して、穏やかな空気が流れる。

彼が存在するだけで、暗い雰囲気だった収容所が一気に明るくなった。この様子は、アイドルとしての中島健人と通ずるところがある。しかし決定的に違うのは、笑顔に“キラキラ要素”がない点だ。新谷の笑顔は、飾り気のない素朴な笑顔。誰かを喜ばせようと笑うのではなく、ただ自分が楽しいから、自然に笑っている。アイドル要素が0の、新谷健雄としての笑顔がそこにあった。

そして新谷は、過酷な環境の中でも希望を見つけ、未来に前向きである。山本から読み書きを教わると、積極的に練習に励む。俳句を詠むことが好きで、休憩中はみんなを巻き込んで作句していた。

足が不自由でも、教養が備わってなくても絶望せず、自分ができることを一生懸命に行う。こうした姿勢が暗かった収容所の雰囲気を変えたのだ。中島健人が扮する新谷は、ラーゲリの希望として存在していた。

心温まるクロとの交流

新谷について語るうえで欠かせないのが、ラーゲリ内で飼われていた黒毛の犬の「クロ」の存在。常に緊張感が走っていた収容所だが、クロがいることでほっこりとした空気になっていた。抑留者たちの中で一番クロと関わりがあったのは新谷だ。そもそもクロと名付けたのは新谷であり、わずかな自分の食料を分け与えるなど、とても優しく接していた。

劇中、新谷とクロの場面はとても自然に描かれていた。新谷は心からかわいがっていたし、クロも新谷になついているようだった。より自然に思えたのは、中島健人が愛犬家だからというのもあるかもしれない。中島健人は自宅でトイプードルのボニータを飼っており、溺愛っぷりを自身のブログ「Ken Tea Time」やメディアで公開している。中島健人のクロへの愛情が、クロにも伝わったのだろう。

初日舞台挨拶でもクロを連れて一緒に登壇していた。キョロキョロするクロを慣れた様子で落ち着かせたり、最後は抱きあげて退場したりと、かわいがっている様子が伺えた。

クロはラーゲリで何度も奇跡を起こすが、全て実話である。その点にも注目して、クロとの場面を観てほしい。

過酷な川遊びでのシーンを演じ切る

新谷を演じた中で、後に中島健人が「ハードな撮影だった」と語るのは、川遊びのシーンだ。

川での作業後、特別に許可が出た抑留者たちは川遊びに興じた。その際、新谷はふんどし姿で魚を手づかみする描写がある。撮影当日、気温は1度を下回り、水は「痛かった」そう(※)。

だが新谷は周りの大人を巻き込むような、底抜けに元気な青年。寒さなんて気にしてない様子で川に入り、笑顔で魚を持ち上げていた。その表情が無邪気で、観客すら笑顔にさせる。アイドルとしての中島健人が持っていた“オーラ”とは別の、力強い生命力が顔に表れていて、彼から目が離せなかった。

山本との交流を通して成長したラストシーン

新谷は笑顔のシーンがほとんどだったので、怒りを表したり、泣き叫んだりすることはなかった。彼が涙を見せたのは、山本の命が尽きた時だ。

その涙は、彼が出演した他の作品で見せた涙とは違う。静かに噛み締めるように泣いて、山本の死を悼んでいた。山本がいなくなった悲しさかもしれないし、何もできなかった悔しさかもしれない。ずっと笑顔だったからこそ、新谷の涙は心に訴えるものがあった。

しかし、彼が泣くのはこれっきり。山本の子どもたちに遺書を届ける際は、晴れやかな表情だった。少し大人になった顔つきをして、のびやかな声で暗唱している姿から、新谷の成長が感じられるはずだ。

ラーゲリの中の希望となった新谷健雄

新谷は、ラーゲリの希望だった。あまりの過酷さに脱走を試みる人が少なくない中、彼は今を楽しみ、未来に希望を持って生きていた。

彼の前向きな生き方は他の人にも伝染し、次第にラーゲリ内に温かい空気が流れるようになった。この点で、アイドル・中島健人の生き方と重なるところがある。思えば、中島健人は以前から自身の活動の中で平和の大切さを訴えることがよくあった。ソロコンサート「Summer Paradise 2017」では争う子どもたちを止めて、合唱曲の「Believe」を歌ったり、終戦記念日である8月15日に自身のブログ「Ken Tea Time」にて、平和な今に感謝を綴ったりしたことがある。

日頃から平和の尊さについて考えている中島健人が、戦後を生きて平和を願った新谷を演じたことに、縁を感じる。演技には、観ている人の心を揺さぶるような強い想いが込められていた。彼が新谷を演じたことで、20代半ばの筆者のように戦争を経験してない若者世代にも平和の大切さが届くはずだ。

『ラーゲリより愛を込めて』が、平和の兆しとなってほしいと心から願う。本作を観て、感想を誰かに伝えることが、平和を守ることに繋がるだろう。

※参考書籍:『ラーゲリより愛を込めて』劇場用プログラム

(文:きどみ)

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©2022『ラーゲリより愛を込めて』製作委員会 ©1989 清水香子

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